勇者、疑われる。
突然の出来事にロアは狼狽えた。その勝利を称賛されるのではなく。非難されたのである。
「そんな力があれば、みんな死なずに済んだかも知れないじゃない!」
彼は勝利の余韻に浸りたかったが、非難される理由に身に覚えがあるのは実感してはいた。
「すまねえ。それだけはホントにすまなかったと思う。」
ロアはジュリアから目を逸らしながら、申し訳なさそうに言う。
「謝ってすむことじゃないわよ!死んだ人たちはもう……」
戻ってこない。生き返らない。その事実だけは覆しようがない。
「俺からも一つ、てめえに言いたいことがある。」
ファルが厳しい目付きでロアに向き合う。
「お前、勇者じゃないな。」
そんな言われ方をしても当然だ。勇気がなかったから、なかなか加勢できなかったのは事実だ。
「そうだな。俺は勇者失格だな。」
ロアは観念したかのように言う。
「違う、俺が言いたいのはそういうことじゃねえ。」
一体、どういうことなのか。
「おまえは偽物だろ?俺たちの知っている勇者じゃないな?」
とうとうばれてしまったのか。勇者本人ではないことが。
「……そうさ、俺は勇者じゃない。でも、一体なんでわかったんだ?」
「一体、どういうこと?偽物って何よ?」
ジュリアもそのことについては疑問だったようだ。
「それは私も聞きたいな?どういうことか説明してもらえるかね?」
突如としてその場にいないはずの四人目の声が聞こえてきた。思わず三人は声のした方向へと体を向ける。そこにはなんと、
「ヴァル・ムング!」
彼がいた。竜食いの英雄が。彼は死んだはずなのではなかったのか?だが間違いなく彼の姿はそこにある。彼の体には傷一つない。まるで戦い等なかったかのように。
「何故、お前がそこにいる?」
「死んだとでも思っていたのかね?まあ、私は死んだ様に見せかけたのは事実だが。」
意味深なことを言う。何故、そんなことをしたのか。理由がわからない。意味がわからない。
「もし、私があの竜帝が偽物だったと言えばどうするかね?」
信じられないことを言っている。多大な犠牲を出してまで倒した竜帝が偽物だなんて信じられるはずがない。
「そうだとしても、一体どんな理由があってそんなことをしたんだよ。」
ファルが英雄に問う。
「理由はそちらの勇者に関係しているのだよ。ファル・A・シオン。」
これ見よがしにフルネームで言う。彼の素性は知っているとでも言いたいように。それにしても、ロアがファルのフルネームを聞いたのはこれが初めてだった。
「どういう意味だ?」
「ひとつは勇者の実力を見定めるため。君たちクルセイダーズの実力を見ることも兼ねてはいる。そして……、」
ヴァルがロアを指差す。
「そして、私の一番の目的は勇者の額冠を手に入れるためなのだよ。」
ロアはその一言にまさかと思った。今までの不可解な出来事はもしかしたら……、
「竜帝の力を頂くのも当初の目的だった。私の当初の計画では先に勇者の額冠を手にする予定だったのだ。」
ヴァルはそこで顔をしかめると続きを語り始める。
「勇者を仕留め損ねたのだよ。これだけは思いがけないことだったよ。私としては迂闊だったよ。勇者があんな力をもっていたとはな。」
「なんだよ、それは。」
ロアがその事について問う。
「そんなことはどうでもよい。私は計画を変更し、勇者には刺客を差し向け、仕留めることにした。その間に竜帝を先に仕留めることにしたのだ。そして、その力を手にすることができたのだ。」
「血の呪法か?」
ファルが問う。その事を肯定するかのようにヴァルは頷く。
「ご名答。その通りだ。」
「なんだよそれ。説明してくれよ。」
ロアにはさっぱりだった。聞いたことがない単語や、丸っきり検討のつかないことばかりで頭がこんがらがりそうだった。
「血の呪法ってのは、要するに倒した相手の能力、記憶を自分の物にしてしまう呪法だ。あまりにもやばいから世間では禁呪認定されているのさ。」
事情を聞いたロアは恐る恐るヴァルの方をゆびさした。その指先はふるえていた。
「じゃあ、こいつはとっくに竜帝を倒して、竜帝以上の化物になってるってことか?」
「以前、私たちクルセイダーズにある人からリークがあったのよ。竜を乱獲し血の呪法を使って能力を手にしている者がいるって。それがあいつよ!」
ヴァルを厳しい表情で睨みながらジュリアはいう。
「そういうことだ。理解したかね?ロア君。」
ヴァルはロアの困惑に染まる顔を見ながら言う。
「クルセイダーズにリークした人物は勇者ではないかね?もちろん、そこにいる彼のことではないぞ。」
ロアはクルセイダーズ二人の顔を交互に見つめた。ヴァルの一言に対して否定の色は見られない。
「勇者とは鉢会わせることが多くてね。彼にはよく邪魔をされたものだよ。それゆえ、私は勇者自身の実力はよく知っている。」
「何が言いたいんだ?」
ファルは語調を強めて、ヴァルの話を促す。
「私のオーラ察知能力は真の実力者のみに対して効果を発揮する。当然、勇者もその対象だった。以前の勇者はな。」
「それはつまり…」
ジュリアが言いかけたところで、ヴァルが言葉を続ける。
「今の勇者は以前の勇者と違い、私には察知することができなくなっている。明らかに弱くなっているのだよ。それゆえ勇者が別人、代替わりしていることには最初から気付いていた。村を発つ前にはな。」
「最初から気付いていたのか。」
ロアはうつむき、体をわなわなと震わせる。
「それに刺客は戻ってこなかったしな。ここに来るまでの間、何度も刺客を使い、あるときは偶然を装って飛竜に始末させようとした。」
ロアは今までのことを思い返してみた。ヴァルの様子や刺客に襲われたことなど、不可解なことは確かに多々あった。
「偽の竜帝まで用意したと言うのに、君はそれすら倒してみせた。例えクルセイダーズの諸君がいたとしてもだ。君からはそこまでのオーラは感じられん。何故だ?」
何故だと問われても、わからない。彼は必死に持てる力のすべてを尽くしただけだった。
「まあ、そんなことはどうでもいい。私が直々に手を下し、見定めるまでだ。勇者の額冠の力を引き出し始める前に倒すとしよう。」
ヴァルは竜殺の魔剣をゆっくりと引き抜いた。
「ちょっと待て!これが欲しいんだろ。これを外せば……。」
ロアは慌てて額冠を頭から外そうと試みた。しかし、ガッチリと固定されているかのようにびくともしなかった。
「なんだこれ?外れない。呪われてんのか?」
「それは一度つけたら外せない。新しい継承者が現れるか、勇者が死なない限りな。」
ファルは皮肉げに言った。
「だからこそ、継承した限りは覚悟してそいつを守り通すんだ!」
そう言うやいなや、彼は前へと進み出た。
「ほう、君がやると言うのかね?ファル・A・シオン! 黙って見ていれば見逃してやってもいいんだぞ?」
剣の切っ先をファルへと向け、提案する。
「君たちの実力は先程の戦いを見る限り、称賛に値する。どうだ、私の部下になるつもりはないか?」
「元々、あんたをどうにかするのが目的だったんだ。……これが答えだ。」
ファルの手元には竜帝と戦ったときのように、暴風が集まっていく。それは次第に剣のような形になっていく。
「私もよ!」
ジュリアが戦槌を構え、ファルの傍らへと進み出る。
「風刃の魔術師と破砕の戦姫か!相手にとって不足なしだ!」
例え二人がかりであっても、自分のほうが上だと言わんばかりに、ヴァルは迎え撃つ体勢をとった。それに対応するかの如く、二人は同時に彼に飛びかかっていった。先にファルの風の刃がヴァルを捉えようとする。
「これがヴォルテクス・ソードか!」
ヴァルは剣で難なく受け止めて見せた。
「並みの相手ならば、打ち合っただけで八つ裂きにされるのであろうな?」
得意気に自らには通用しないと言わんばかりに、相手の技を吟味している。
「だが、惜しいな。」
ファルを剣ごと押し返すと、前に蹴り飛ばす。そこへすかさずジュリアが戦槌を振り下ろす。
「フラクタル・ダイヤモンド。見事な武器だ。我が魔剣にもひけをとるまい。」
なんとヴァルは戦槌を素手、しかも片手で受け止めた。
「やはり、同じか。」
ヴァルはそのまま片手で戦槌ごとジュリアを投げ飛ばす。
「私と戦うには、君たちは消耗しすぎている。もう一度言う。私の部下になるつもりはないか?」
二人に対して再度問う。吹き飛ばされた二人は呻きながらも立ち上がる。無言でそのまま構えをとる。
「気丈なものだ。だがこれを見ても同じ態度をとれるかな?」
ヴァルはそう言い、片方の手のひらを、前につきだして見せた。そのまま力を込めて何かを掴むかのような動きを見せた。
「なんだ?何をするんだ。」
ロアがそう言うと同時に、背後で何かが軋む音を上げていることに気付く。思わずチラリと見ると背後の大岩が音の発生源だと気付いた。
「ドラゴン・ハンド!」
その声と同時に大岩が粉々に弾けとんだ。その破片が周囲に飛び散り、ロアは思わず両手で顔を覆った。
「見たかね、諸君?これはほんの序の口だ。私の力はまだまだこんなものではないぞ。」
信じがたい光景だった。手で握りしめる動作をしただけでこんな大それた事が平然と行えるのである。