第443話 武士の誉れ
「その剣、相当な切れ味を持つ物と見た! 突くことよりも切り裂く事に特化した刀剣であろう?」
「如何にも、その通り。これは”刀”。我が故郷にて産み出された武士の刀剣なり。」
伝説の拳王、その口ぶりからすれば、かの者はどうやら拙者のような侍にはお目にかかった事がないようであるな。千年も昔の事であれば仕方のないこと。我が国の者も異国へ出向いたという話は残っておらぬ故、見聞すら届いていなかった時代だったのであろう。その知識が無い者に対して刀剣を使用するのはいささか気の引ける事であるな。ならば……。
「うん? 刀剣を捨てるとは何事だ? お前の戦には必要不可欠な物ではないのか?」
「お主が拳闘の達人故、刀剣を使うのは武人としてあるまじき事。せめて同じ条件での死合いに挑む所存で候。」
「武器の有り無しを気にしているのか? そのような遠慮は要らぬぞ。俺は各種武器の達人達とも戦ったことがある。そして、全てそれを拳のみで打ち倒してきたのだ。俺が拳王と呼ばれる由縁はその戦いの歴史にあるのだ。」
気遣い無用と申すか。だが拙者としても気遣い程度の理由だけではない。拙者とて体術の心得はある。その技術を披露する機会は少ない。今のような機会を逃せば、拳同士で打ち合う機会など何時やってくるかわからぬ。ここは是が非でも我を通したい所存である。
「その方こそ気遣いは不要なり。武士たる者、多くの武芸を究めてこその誉れなり。剣には剣、槍には槍、体術には体術、相手に合わせて闘法を変えるのも武士の本懐でござる。」
「まあいいだろう。未知の文化圏の体術とやらを拝ませてもらおうか!」
まるで嵐に伴う暴風の様な突きの連打! 拙者の闘法の様子見のためとも言うべき息のつく暇を与え得ぬ連続的な打撃である。拙者も暴風に対してしなっていなす柳の木の如くの体術によって受け流す。
「まるで風に揺れる木の枝みたいだな! なら、これはどうだ!」
「むうっ!?」
突きの連打から一転して、横凪の蹴り! 一連の流れから拳のみの闘術と思わせてから蹴り技も組み込んでくるとは。拙者も思わず、後方へ飛び退きやり過ごすしか術はなかった。その蹴りをやり過ごしてすぐに次の攻勢が迫りつつあった。
「まだ終わらんぞ! これはしのげるか!」
蹴りの後に繰り出されるは渾身の突き! 今までの牽制の突きの連打とは明らかに重さが違う! これを食らわば、|鋼気練術《※ロアの使う硬気功と同じような技》を使えども木っ端微塵となるのも必然。防御をしたとて半端な受けでは軽減すら出来ぬ。ではどうしのぐか?
(ブワッ!!)
「何だと!?」
舞い散る木の葉の如く突き出された腕に纏わり付く様に動き、相手の上腕部を両の足で挟み込む。その上で相手の手首を掴んで、親指を天に向かせた状態で組み付いた。飛び関節技、腕ひしぎ十字固めで相手の腕を極める体勢に持ち込んだのだ。相手も拙者の動きは想定していなかったに違いない。まんまと拙者の技に捕らえられる形となった。
「ムムム! まさかそのような組技で対抗してくるとは思わなかったぞ!」
「一度捕らえたからには容赦なく極めさせてもらう!」
(ミシッ!!)
肘の筋肉をよじり、関節にも多大な損傷を与えた。これで相手は右腕をまともに使うことは出来ぬはず。相手は苦痛の声を上げるが、損傷したはずの肘で拙者の体を持ち上げようとしていた! このまま下手に動けば脱出するどころか、損傷の度合いを深めるはずだが……、拙者を高く持ち上げ、そのまま下に叩き付けるような動きを見せた!
「ヘルリバー・プランジ!!!」
「がふっ!!」
拙者の背中を自分の膝に叩き付けた! 一回だけでは終わらず、もう一度振り上げるそぶりを見せたため、技を解き一度離脱する他なかった。あのままでおれば、拙者は昏倒させられていたであろう。一度だけで済んだものの手痛い衝撃を身に受けてしまった。技を極められた状態でとっさにそれを逆利用した技を繰り出す等、大した胆力の持ち主だ。
「フフ、打撃ではなく組み技、関節技を得意としている様だな。反撃代わりに組み付いてくる相手は今までいなかったぞ。」
「お主の方こそ、大した対応力よ。痛みに怯むことなく反撃に転じる胆力には驚かされたでござる。」
「コロッセオの荒くれ共をいなすには時には大胆な方法で切り抜ける必要があったのだよ。」
拳王は話している間にも、損傷した右肘を気合いの一声と共に再び動ける様にした。外れた肘を自らの手で元に戻した模様。闘技場にて荒くれ共と戦っていたと言うが、その中には猛獣、魔物の類いも含まれていたとの記録を見た覚えがある。数々の試練を耐え抜いてきたからこその胆力と言えるのであろう。




