第440話 手段を選んでいる場合じゃない。
(相手の攻撃を受けた瞬間に脱力するのだ。その時、汝へのダメージは軽減され、反撃に転ずる事が出来るだろう。)
にわかには信じがたい話だが、格闘による打撃を脱力によって衝撃を軽減するというテクニックがあると聞いたことがある。コロッセオで拳闘が頻繁に行われていた時代に編み出されたと言われてたはずだ。
(我が対処法を提示したことにより、敗北の未来とは異なるビジョンが見えてきたはずだ。我に従えば先に進むことは出来るし、そうしなければ敗北の未来が待ち受けているであろう。)
見えていた未来の形に変化が見られた。途中から二手に別れて、異なる未来が見えているのだ。最初に見えていた部分は途中で終わっているが、見えているもうひとつの分岐は先がずっと続いている。先の方はあまりにも遠くに見えるためどうなっているのかはわからないが、試してみる価値はありそうだ。
「これで終わりだ。最後の一撃をくれてやる!」
生き延びるためにやることを確定させた瞬間、止まっていたように感じた時間が元の流れに戻った。ヤツの声によって目を醒まされたような錯覚さえした。ちょうどよかった。この際に反撃に転じることが出来れば、相手の意表をつくことが出来るだろう。
(ボスンッッ!!)
「……!?」
腹に拳は命中したが脱力したことにより、ダメージは思ったよりも小さくなり、オレの体は反動で後ろに揺らめく結果になった。その勢いで後ろへ大きく足を振り上げ、戻ると同時にヤツへと蹴りを食らわせてやった!
(ドガアッ!!!)
「むぐうっ!?」
蹴りの衝撃でヤツは思わず首への拘束を緩めた。その隙に手を引き剥がし、左肘を逆に拘束し間接を極め、肘を外すところまで持っていった。脱出を図るだけでなく、相手の左腕を封じる展開に持っていくことが出来た。これはもちろんガノスの援護によって成り立ったものだ。
「ようやく、鎧の意志を受け入れ、事態を逆転させたようだな。」
「黙れよ。お前の言うことを聞いたからではないからな。鎧自身が語りかけてきただけだ。」
とにかくヤツのお陰ということにはしたくなかった。自分の意志で鎧の本来の使い方を取り戻しただけだった。そんなつまらないやり取りをしているうちに、籠手に仕込まれたデーモン・テイルを使って剣を手繰り寄せておいた。相手はまだ素手のままだ。
「早く拾えよ剣を。このまま素手のままでやられてしまうつもりか?」
「何も言わずに私を切り捨てればいいものを。」
ヤツが剣を拾うまでオレは黙って待とうとした。……と見せかけ、ヤツが剣を掴もうと手を伸ばした瞬間に斬りかかった。ただでは拾わせはしない。さっきの礼をしなくてはいけなかったからだ。舐めたマネをしてくれたんだから、少々手荒い仕打ちをしてやったのだ。だが、当然ヤツも易々とオレの奇襲にはかからなかった。素手で剣を受け止め難を逃れている。剣は取り損ねてはいるが。
「随分と卑怯な事をしてくれるんだな?」
「当たり前だ。それにどうせオレの行動は予測済みなんだろう? でなきゃ攻撃は防げない。」
「予測できるとわかった上での攻撃は奇襲には当たらないという理屈か? 非合法を常套手段とする悪党のやり口だな。」
「オレは悪党だ。正義とかいうなまっちょろい思想なんて掲げて生きるなんて、今時ダサいんだよ!」
正義なんてものを信用していない。オレはそういう奴らに虐げられてきたから余計にな。だから手段を選ばずに相手を倒すことだけを考えればいい。ヤツに掴まれた剣を更にグイグイと押し込みながら、体勢を崩す方向に持っていく。
「中途半端に正義感なんて持ったばっかりに大切な人間まで巻き込んだ男は誰だったかな? そんな物を掲げているから、付け入れられたんだよ!」
「確かにそうかもしれない。誰かがいつか告発しなければ何も変わらないという思いだけが先行し、下準備が不十分なままだったから失敗に終わったのだ。私は愚かな男だよ。」
「今更反省をしても遅い!」
(ガクッ!!)
オレが怒声をあげ力んだ瞬間、ヤツは急に力を抜きオレの体勢を崩した。その隙を見てヤツはオレの背後に回り込み、羽交い締めにした。しかも、外したはずの左肘が元に戻っている。鎧の補助機能で元に戻したのかもしれない。今度は逆にオレが形勢逆転されてしまったのだ。だが、オレもこうなることは予測していた。
「お前の真似を敢えてしてみた。どうだ悔しいか? お前のしようとしていることなど手にとるように分かるからな。」
「フフフ。」
「どうした? 自分の愚かさが身に染みておかしく思えてきたか?」
「違うな。オレが何の対策もせずにお前の罠にかかったとでも思っているのか! ファング!!」
既に展開済みのデモン・ファングをヤツの背中目掛けて放った! ヤツは避けることすらできずに、背中にファングを突き立てる結果となった。ヤツがオレの体勢を崩し背後に回るまでの間にファングを展開しておいたから出来たことなのだ。
「フフ……どこまでも汚い戦法を貫きたいのだな。私が本当の父親だとわかっていたとしても。」
「当たり前だ! オレを邪魔する輩は誰であっても倒すのが信条だ!」
ヤツの拘束が次第に緩まってきた。後は逃れて斬り捨てるだけだ。でも何故だ? 以外と呆気なかったのは気のせいか? ヤツならもう少し抵抗をしてきてもいい筈なのに……?




