第432話 あの人は何処へ……?
「私は思わず飛び出していた。彼を守りたいと心から願って。正直、あの時は冷静さを失っていた。それほどまでに彼を愛していた。……結果、私は何日もの間、生と死の間を彷徨うことになった。当然、意識を取り戻すまでの間は何が起きていたのかは知らなかったの。私の治療に当たっていたエプリルさんから事情を聞かされるまではね。」
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「ううっ……。」
「目が覚めたのかい?」
――――私は長い眠りから目を覚ました。しばらくの間は自分が何者であったか、何をしていたのかさえ、覚えていなかった。その場にエプリルさんがいてくれていなかったら、全てに絶望して命を絶っていたのかもしれない。
「良かったよ! ほんとに! アタシが諦めずに看病した甲斐があったよ! お帰り、エルフリーデ!」
「あ、ありがとうございます……。エプリル……さん。」
――――エプリルさん、共に魔王と戦ったドワーフ族の女性。クルセイダーズの所属の神官戦士で”破砕の戦姫”の二つ名で知られる実力者。彼女が付きっきりで約一ヶ月の間、看病に当たっていてくれていたのだと言う。
曖昧になっていた記憶から彼女の名を思いだし、一つ安心することが出来た。でも部屋にいるのは彼女だけ。あの時、一緒にいた仲間達は誰もいなかった。たまたまなのかもしれなかったし、意識を取り戻す見込みが無かったからみんな去っていたのかもしれない。でも……彼は何故いないのだろう、と思った。私が決死の思いで助けた彼はどこへ行ってしまったのだろう、と疑問に思った。
「皆さんはどこに?」
「ああ……今はアタシ一人だけど、みんなしょっちゅう合間を見てお見舞いに来てくれてたんだよ! 多分みんなの思いが通じて、アンタの意識が戻ったんだろう。目覚めたって連絡すればみんなすっ飛んでやって来るだろうさ!」
「……みんな無事で……私のことを案じてくれていたんですね。会ったら、お礼をしないと……、」
「あんまり無理はするんじゃないよ! まだ目覚めたばっかり! アンタはずっと眠り姫だったんだ。普通に生活できるようになるまで、アタシが引き続き面倒見てやるからさ。元気になったら、お礼をすることを考えな。」
――――みんな? 一括りにはされているけれど、彼は無事なんだろうか? この場にいないのはなぜ? でも、彼は勇者。この世界の誰よりも多忙で困難な人生を送っているはず。きっと魔王に匹敵する驚異が現れて、その対処に当たっているのだと、その時は思うようにした。
「……彼は……シャルル様はどこに? 彼は……無事……なんですよね?」
「シャルルかい? あの男なら……、」
「どうしてここにいないんですか? まさか……?」
「いやいや、無事だよ。元気だよ、あの男は。まあ……元気?と問われると少し疑問は出るかもしれないがね……。」
「彼は生きているんですね?」
「ああ。アンタが身を挺して庇った甲斐はあったよ。あの男は無事で直後に魔王に止めを刺したからね。」
――――なんだか、エプリルさんの歯切れが悪い。彼が無事なのはわかる。あの時に私が庇ったからこそ生きている。でも、元気、とは言えない? 私の意識が戻らないことに絶望して悲しみに浸っているのだろうか? もしそうなら今すぐにでも彼に会いに行きたい。その時の私は希望的な観測でしか物事を見れなかった。この後、その思いを裏切られることになるとは一欠片も思っていなかった。
「彼は今どうしているんですか? ここには来ていたんでしょう?」
「あの男は……あの日以降、姿を見せていないよ……。一度もなかった。アンタのことなんて忘れてしまった……みたいにね。」
「……!?」
「ショックだろうけど、落ち着くんだよ。確かに薄情になったように思えるかもしれない。アイツもアンタを命の危険に晒した事を後悔しているのかもしれない。……アンタに合わせる顔がないと思って、この場所に現れなかっただけなのかもしれないから。」
「そう……ですよね……。私が心配をかけさせてしまった。私を守れなかった事を悔やんでいるだけかもしれませんよね
……。」
――――エプリルさんも詳しい事情は知らないのだろう。だからこそ、私を気遣って彼の事をフォローしてくれていたんだと思う。私を死の縁に追いやる結果になった。
世界を救うために戦っている勇者が、いつも身近にいる恋人を助けられなかった……この事実は彼の心も深く傷付けたのだと思う。私はそう思うようにしていた。きっと、エプリルさんも同じ思いだったのだと思う。少し暗い気分に落ち込んでいたら、ドアからノックの音が聞こえた。
(コンコンコン! ガチャ!)
「おう! 邪魔すんで……!? おおお!!?? 目ぇ覚ましたんか? エラいこっちゃ!! みんな呼んでこなアカンわ!!」
「ゲンコツさん、ちょいと待ちな! そんなに騒がしくしちゃいけないよ! まだ目覚めたばっかりなんだよ? 騒ぎのショックでまた寝込んじゃうよ!」
――――ダンジョン探索の専門家のゲンコツさんの訪問は私の心を癒してくれた。暗い気持ちになりかけていた私の心を例え一時でも和らげてくれたから。この出来事がなければ私はこの後に起こる出来事に耐えきれなかったかもしれない……。




