第431話 先々代の勇者に対する疑惑
「共に? それはどちらの事を言っているのかしら?」
目の前にいるお母さんは私の知っている姿とずいぶん違う印象がある。無理矢理蘇らせられ、魔王に操られているからかもしれない。随分とネガティブな精神性で私と向き合っている様な気がする。小さい頃の私には決して見せなかった暗黒面が表に出てきているのかもしれない。
「ロアの事よ。私の大切なパートナーだから。」
「嘘おっしゃい。あちらのエピオン君が本命なのではないかしら? 年下なのかもしれないけれど、男性としてみたら、彼の方が魅力的でしょうしね。」
「あの子は私にとっては弟のような存在。男性として意識している訳じゃないの。」
エピオンとはドラゴンズ・ヘヴンに捕らわれた時に出会った。共に闇の力に侵食された者同士として、実験動物の様に扱われていた。その辛い日々を乗り越えてこれたのもお互いに励まし合えてこれたから。彼と出会えたからからこそ今がある。彼がいなかったら、私の心はとっくに壊れていたと思う。
「本当にそうかしら? その割には結構親身に接しているようじゃない? 今は離れているかもしれないけれど、彼の事もキープしておきたいのではないかしらね? 彼自身もあなたのことに大分ご執心、それどころか執着しているのでは?」
「彼には寄り添える様な存在が少なかっただけ。だからこそ、私に何かあれば過剰に守ろうとしてくれる。少し距離を置けば、次第に冷静になっていくと思うの。」
「彼はともかく勇者様はどうなのかしらね? あなたには到底釣り合わないような男性のようだし。彼も勇者、いつかは戦いで命を落とすかもしれない。その時はエピオン君に戻って行くのでしょうね。」
「そんなことない! 私はずっと彼と寄り添って生きていくと心に決めたのよ!」
私にとっての大切な人、人生の転機に現れたロアは初対面の時は正直面食らった記憶がある。一見するとただの冒険者、砦に盗掘にやって来た野盗の類いかもしれないと思ってしまった。とても不器用で勇者と呼ぶには頼りない存在だった。少なくとも野盗の類いではないことはすぐにわかった。
「彼はあくまで命を救ってくれた義理だけで接しているのでしょう? 勇者と呼ぶにはあまりにも憐れだから、あなたが付いていてあげないと、まともに活躍すら出来なかたのでしょうに。」
「違うよ! 彼はそんなに弱い人じゃない! 逆に支えられていたのは私の方よ!」
それからも、一緒に行動しているうちに悪い印象はどんどん好転していった。とても不器用で勇者と呼ぶには頼りない存在だった。困っている人や助けを求めている人がいれば、打算で行動しない、見返りを求めずに、命を懸けて危険を省みずに立ち向かっていく姿に、心を引かれていくのに気がついた。
「フフ。お熱いようでうらやましいわ。そこまであなたに言わせるなんて大した人なのね。でも、あなたにやましい気持ちがなくても、彼はいつか心変わりをしてあなたを捨てる可能性だってあるのよ?」
「彼はそんな薄情な人じゃない!」
お母さんは何か酷く人間不信に陥っている様な気がする。家に残してあった遺言の中にいた幻影とは正反対の印象に変貌している。原因は多分、あの人。お父さんに裏切られて酷く心を傷付けられたんだと思う。勇者として名を馳せた人がどうしてお母さんを裏切るような真似をしたんだろう?
「教えて。お父さんとの間に何があったの? 何がお母さんをそこまでおかしくしてしまったの?」
「いいわ。聞かせてあげる。あの日に何があったのかを。」
二人の間に何があったのかは第三者の視点で見ていた人から聞いたことがある。私の両親二人と同行していたメンバーの一人、ゲンコツさんから話を聞いた。その話によると、お母さんがお父さんを危機から庇い、大怪我をしたと……。
「私と彼が牛の魔王討伐のメンバーとして地下迷宮に向かった話は聞いたことがあるでしょう? 私達討伐隊は犠牲を出しつつも魔王の討伐に成功したのよ。でも……一度倒したはずの魔王は息を吹き替えし、力を使いきった彼に襲いかかろうとした。」
ゲンコツさんの話によると、一度はお父さんの決死の一撃で魔王は倒れた様に見えたのだそう。倒しきれていなかったのか魔王は再び起き上がり、お父さんを道連れにしようとした。
でも、この出来事の背景には黒幕がいたのだと、私達が迷宮を探索したときに判明した。迷宮の更に奥深くに潜伏していた金剛石の王が魔王に肩入れをした結果、あの事件が起きたのだと。肩入れした本人が悪ふざけで行った行為が私達親子を貶める結果になった。
金剛石の王はロアの活躍で滅ぶ結果にはなったのだけれど、私達親子の問題はまだ根深く残ったまま。復讐を遂げたのだとしても、当事者達の心の傷が治る訳じゃないのだということを思い知らされた……。




