第430話 あの人物に関しての秘密
「私はお母さんを斬ってでも先に進むわ。それを乗り越えてでも守り抜きたいものが、今の私にはあるから!」
それは俺たちの事を言っている? いや、そうだろう。既に故人であるお母さんを倒してでも、俺やエピオンの事を優先すると断言したんだ。思いきった決断だ。きっと苦渋の決断だったに違いない。
本音としては争いなんて回避したいと考えているだろう。でも、その方向に進めばハリスの企みは阻止できない。これはある意味、過去よりも未来を選んだのだと言えるのかもしれない。
「親である私よりも愛した男性を選ぶと言うのね? しかも、あなたにとっての大切な男性は二人いるということ。全く、誰に似たのかしら?」
「お母さんに似てしまったのよ。私はお母さんの娘だから。」
「お母さんねぇ……あなたはお父さんに似てしまったとは思わないのかしら?」
「お父さんは関係ないと思う。きっと誰がお父さんでも……、」
エルは父の事を口にした途端、言葉に詰まってしまった。もちろん俺も彼女の父親の正体は知っている。この国の人間なら誰もが知っている、あの人物だ。知ってはいるが、まだ会ったことはない。その弟子筋の人物には会ったことはあるが……。
「意中以外の異性にも気を向けるなんてね……。あの人そっくりよ、あなた。私にはそういう真似は出来ないわ。たった一人しか愛せないもの。」
「な……そんな事ないはず! 私のお父さんはそういう人じゃない!」
「会ったことはないでしょう? 会ったこともないのにどうしてそんな事が言えるの?」
「ううっ……。」
え? ちょっと、どういうこと? あの人物と言えば、英雄だ。英雄っていうからには品行方正で清く正しい存在のはずだ。元勇者なんだし。でも、「英雄、色を好む」という言葉もあるしなぁ……。
奥さんだった人が言うからには何かあったんだろうな? 実は浮気性だったのか? いや、それを認めてしまったら、エルがその特徴を引き継いでしまった事を認める事になるしなぁ……。なんか、俺まで心が苦しくなってきたよ。
「知らないでしょう、あなたは? あの人がどういう人なのか? 少なくとも、あの人の英雄譚の中での彼しか知らないのでしょう?」
「そ、それは……、」
「あの人……シャルルはあの日のあの出来事を境に人が変わってしまったのよ。」
ああ……ついに言ってしまったか……。当然の様に周囲からはどよめきが起きている。一部の人間は思った通りだという声も上がっている。サヨちゃんやファル、ブレンダンまでもがそのような声を漏らしている。彼女の父親の正体についてある程度目星がついていたのだろう。シャルルの逸話や彼の仲間から推測すれば、わからない事実でもないからだ。
「お父さんは……そんな薄情な人じゃない……。」
「それはどうかしら? その証拠にあなたの前には決して姿を現そうとしないじゃない。私達を見捨ててしまったのよ、あの人は。」
「嘘よ……、」
シャルルが二人を見捨てた? なんで? 実の娘と奥さんをか? そんなのありえない。だって元勇者だぞ? 英雄と呼ばれた人物だ。勇者カレルの師匠じゃないか? そんな人が薄情な態度を取る筈がない!
「姉さんを泣かせる奴は許さない!」
先々代の勇者の真実の片鱗が語られ始めたその時、エピオンが話を妨害しようとエルフリーデさんに斬りかかった。エルが動揺している様を見て、黙っていられなくなったんだろう。猛然と斬りかかるが、それを遮る存在が立ちはだかった。アディンだ!
(ガギィィィィィン!!!!)
「お前の姉とも言うべき女性が言っていたことを忘れたのか? よその家庭事情には首を挟ませないと、な。」
「うるさい! そこをどけ!」
「全く困った男だな。先程は私にしか興味を示さなかった癖に。」
やれやれと呆れた様子でアディンはエピオンを軽くあしらっている。エピオン、アイツも決して弱い訳じゃない。並みの人間には止められないほどの実力はある。しかも、あのデーモン・アーマー。
アレは当人に倍以上の身体能力を与えているはずなのに、アディンはものともしていないのだ。アディンの鎧も同じくデーモン・アーマーなのだろうか? ハリスが作ったのだとすれば、猿の魔王のコアを使っているのかもしれない。感じたことのある気配の正体はどうやらそれであるらしい。
「まあ、よい。エルフリーデ殿の気遣いを不意にしてしまう事にはなるが致し方あるまい。このまま、この男を引き受けさせてもらおう。」
「ええ。仕方ありませんわ。お互い聞き分けの悪い子を持ってしまったのですからね。躾はそれぞれ親の責任でもありますしね。」
アディンとエルフリーデさんは互いに戦うことを了承し、自らの子供達と争う覚悟を決めたようだ。エピオンはアディンによって陽動され、離れた位置での戦闘を開始した。一方、エルの方はというと……項垂れていた様子から少し立ち直り、母親と再び向き合った。
「例え真実がどうあろうと、私は乗り越えて見せる。共に生きていこうと心に決めた人との約束を守りたいから!」




