第429話 親と子
「どういうこと? エピオン、あの人はあなたのお父さんなの?」
ハリスに指定されたもう一人であるエルもエピオンのとなりに進み出てきた。その言動から察すると、やっぱり彼女もエピオンの父親については何も聞かされていなかったみたいだな。姉弟のような関係だったとはいえ、エピオンは話していなかったのだろう。本人も認めないと発言しているのだし、あまり父親の事を快く思っていないのかもしれない。
「姉さん、聞いてくれ。あの男とオレの父親だった男の名前と同じってだけだ。ただ、真偽の証明が出来ないってだけだよ。オレの父の名を語る偽物かもしれないし。」
鎧の男と一緒に現れたエルにそっくりの女性……恐らくエルフリーデさんはエピオンの父親だと言っているだけだ。しかも、頭全体をすっぽり覆う兜を着けているので顔がわからない。
もし、万が一顔がわかって似ていると判定出来たのだとしても、それが父親なのだという保証はない。ただ、共通しているのは着けている鎧。どちらも禍々しいオーラを漂わせている鎧なのだ。エピオンは猪のコアを用いた物。ってことは……?
「アディンという名を聞いて理解したのだろう? 母親からきっと聞かされていたはずだ。私が生前何をしたのかを。何故、自分達が貶められているのかを。」
「ああ、そうとも。だからこそ、お前を認める訳にはいかないのさ。本物だという保証すらない。ただのオレの敵ってだけだ。どっちにしたってお前の運命は既に決まっている!」
「お父様に対してなんて事を!」
「アンタは黙っていろ! よその家庭事情に首を突っ込むな! アンタも敵だ。邪魔するようなら一緒に叩き斬るまでだ!」
この光景を見てエルはどうしていいのかわからなくなってしまっている。エピオンの父親を名乗る男に加えて、自分の母親までもが敵サイドにいるんだ。手を出したくても出せない状況にあるだろう。
自分の親が敵になっているってだけでも最悪の状況なのに……。よくもまあこんな残酷な状況を作り出したもんだ。やっぱ魔王って奴らはどこまでも意地汚い真似をするもんだなと痛感した。
「さっさと始めるぞ! お前たちを切り捨てた後はハリスだ。ここでいつまでも立ち止まっている時間なんてどこにもないんだ!」
「まるで私達を簡単に倒せるかのような物言いだな。私とエルフリーデ殿は容易に倒せるような相手ではないぞ?」
「黙れぇっ!!」
エピオンは一気呵成に弾丸の様になってアディンに向かって斬り込んでいった! 振り上げた剣には絶大な殺気が籠っている! あと少しで間合いに入るという瞬間に、エルフリーデさんが前に進み出た。魔力で防御障壁を一瞬で展開したのだ! エピオンはそのまま激突することになったが、その障壁は破れず逆に大きく弾き返される結果になった。
「ううっ!? くそっ!?」
「あなたたちを戦い合わせるわけにはいきません。私は断固として反対します。」
「お母さん!」
エルフリーデさんはエピオンを阻む形で自分の意思を示して見せた。断固としてエピオンら親子を戦わせる気はないようだ。この姿を見たエルは心苦しそうにしている。エピオンと母親、どちらの意思を尊重すべきなのか、思い悩んでいるようだ。心の優しいあの娘のことだ。心中では大きく相反する思いで葛藤し続けているに違いなかった。
「戦わせるわけにはいけないのよ。親と子が戦うなんていう状況を作り出してはいけないのよ。」
エルフリーデさんは杖を前に突き出し、その先端部に魔力を込め始めている。攻撃の魔法か?とも思ったが、特に殺気は感じないし、彼女の性格からしてそのようなことをするとは思えない。一体何をしようというんだ?
「私の娘共々、この場から退出させるまでよ!」
「そんなことさせない! 霽月八刃!!」
(バシュン!!)
大きく膨らみつつあったエルフリーデさんの魔力をエルが大鎌で一閃し消滅させた。母親と同様に戦いを回避する方向に進むと思われていた彼女がそんな行動を取ったことに、俺は驚いている。母親が取った行動にNOを突きつけたのだ!
「これは……どういうことかしら、エレオノーラ? 私の気遣いを不意にするというのね?」
「おかしいよ、お母さん。そのまま何も話さないで強制的に立ち去らせようなんて、私は許容できないよ。」
「双方が争い合わない方がいい。私はそう判断したからこそ、出ていってもらおうと思ったのよ? その方が良いと思ったの。私達は立場上、あなた達を排除しなければならないから。なるべく争わずに済む方が良いと思ったのに……。」
二人の間で張り詰めた気配が形成されつつあった。母と娘がにらみ合い、互いの意思の固さを誇示している。俺がかつて見た二人の関係性からは信じられない様な様相を呈していた。戦いは避けられないのだろうか? 割って入りたいが、ハリスにどんな横槍を入れられるかわからない以上は手出しが出来ない。
「エピオン達、二人のわだかまりは自分達との手で解消させてあげるべきだと思う。赤の他人が口出し出来るものじゃないし……。それは私達の間にも言えることだけれど……、」
「私を斬ってでも先に進むというのね、あなたは?」
「二人のことを邪魔すると言うのなら。」
とうとう二人の争いは避けられそうな雰囲気ではなくなってしまった! 俺としては止めに入りたい。だが、エルの決めたことだ。彼女の決断を尊重して信じるのが伴侶である俺の役目だろう。




