第366話 あの事件の裏側で蠢く陰謀
「それ故に私も彼にどんどん惹かれていったのですよ。彼と戦ってみたいと思えるまでにね。」
ロアの奴を褒め称えたり、妾を散々持ち上げると思うたら……。戦士としての血が騒いだということか。魔王に無理矢理蘇らせられたとはいえ素直に従っているのはどうやらそこに理由があるようじゃのう。
「勇者であったときは極力私情を挟まなかったそなたにそのような願望があったとは思わなかったぞ。戦いそのものを嫌っておたのにのう。」
「あくまでそれは私の一面だったに過ぎません。勇者としての使命を全うするために余計な願望は横に置いておいたのですよ。剣の道を極め、より強い相手と戦う。これは使命の妨げになるかもしれなかったので。」
こやつは品行方正な優等生で人々からの人気も高かった。先代の弟子ということで大いに期待され、それに応えようとしていた。その一方で剣技を極めることへの欲求を隠し持っていたのか。
「そなたがヴァル・ムングを処断しなかったのも、そなたの願望故か? 競い合う相手を失いたくなかったからこそであろう?」
「彼とは次代の勇者の座を巡って競い合った仲です。互いに違った理想を持ち、各々の力を認めあってもいました。彼は昔から実力主義的な思想を持っていましたが、最初から邪悪に染まっていたわけではありません。」
幼い頃から強さを競い合う相手がいたとは聞いていた。それがヴァル・ムングであった事も知っている。妾も特に注目はしていなかった。竜族の力を取り込むマネをし始めるまでは。しかも、禁呪であった”血の呪法”を用いているという噂を聞き、古竜族を震撼させた時は鮮明に憶えている。あの邪竜の意志を継ぐ者が現れたのだと。
「あの男を庇うのか? そなたにとっては命を奪った張本人であろう?」
「彼は勇者としては選ばれなかった。それは本人にとって不本意なことであったと同時に、ライバルを自負する私にとってもそうだったのです。競い合っていたからこそ、彼の実力は並外れている事を知っていたからです。」
「そなたはあやつを評価しておったのに、その想いを裏切られたのであろう? 恨んではおらぬのか?」
「皆さんは勘違いしているんです。いや、騙されていると言ってもいい。」
あの日のことは目撃者がいないため、状況証拠的にヴァル・ムングであるのは誰も疑っていない。ヴァル自身でさえそれを否定していない。あやつも額冠を入手する目的は持っていたようだし、勇者を殺してでも手に入れるつもりでいた。ロアの命を狙っていたのが証拠にもなっている。この事実に偽りがあるとカレルは言っている。では誰によって殺害されたというのか。
「とある人々の思惑に惑わされているのですよ。私に致命傷を与えたのは彼や彼の一派によるものではないのです。」
「他にそなたの殺害を企てていた者がおると言うのか?」
「そういう事になりますね。この先は敢えて言わないことにします。」
「何故じゃ! 渋る程のことでもなかろう!」
「この話はロアが私に勝てた時に明かすことにしています。そうでもなければ私と戦ってくれそうにないですから。」
何故言わない? 言う事自体には特に問題はないはず。魔王が口止めしているとも思えない。魔族サイドは一切関わっていないだろうし、あの事件の真相を隠し通す事にメリットなど何もないはずだ。
「ロアには私を超えていってほしいのですよ。その覚悟がなければ、この先の戦いを勝ち抜くのは難しいでしょう。強大な敵が待ち受けているのですからね。」
「強大? 一体そなたは何を知っているのじゃ?」
「私は世界の裏側を知りすぎてしまったのかもしれません。それ故に命を奪われた。久しぶりに会ったので、ついつい長話になってしまいました。また、会いましょう、サヨ様。」
「待て!」
カレルは言い淀み、途中で話を切り上げその場から消えた。転移魔術を使って魔王の元へでも帰ったのであろう。蛇の魔王の罠からわっぱどもを救い出せたのはいいが、更なる驚異が立ちはだかった。羊の魔王攻略はより混迷を極める事になるであろう。
「行っちゃったよ。何だったんだろ? 私達を倒さないで良かったのかな?」
「彼ほどの人が魔王の配下になってしまうなんて……。」
「あやつは子供やおなごを相手取る趣味はないのじゃ。苦手としていたからこそ立ち去ったのであろう。妾との戦いを避ける意味もあったのかもしれぬがな。」
「要するに舐めプされたってこと? ちょっとムカつくな! 未熟モンは相手にならないって思われてんの!」
こやつらがどれほど強いのかは未知数だ。だがしかし、力士とゴーレム小僧を同時に相手して無傷で済んでいたようだから、カレルは生前よりも強くなっているのは明白だ。この二人とて、容易に倒せるような相手ではないのだ。
「魔王の子分になっちゃっても元勇者でしょ? 今のアホ勇者よりよっぽど勇者っぽかったような気がする。あの人だったなら、尊敬してドコまでもついて行きたくなるんだけどなぁ。」
「それは勇者さんに失礼ですよ、プリメーラさん!」
「だってアイツ、ダサいんだもん! 尊敬できるとこ一つもないもん!」
「散々な言われようじゃのう。」
この小娘、ロアを完全に見くびっておる。少しばかり灸をすえてやりたいものだが、それは逆に本人の素質の高さを証明している。あやつの額冠の勇者補正を無効化しておるから、凡人としか見えていないのであろう。少し運命が違っておれば現世代の勇者はこの小娘だったのかもしれぬ。




