心の漂流
ノクトが去った後、ヴィジル6に通報して事後処理を任せて帰宅した。
早朝、いつものルーティーンが終わりリビングで一息ついている。
昨日奴が言っていたことが真実なのか調べなければならない。
だがきっと嘘だ。
犯罪者が自分を正当化するために作り上げた虚構だろう。あんな言葉に振り回されるべきではないことが分かっている。
でも何か引っかかる。
奴の言葉を無視するのも違う気がするし、奴の言う通りに行動するのも手のひらの上で踊っているようで容認できない。
結局自分の目で確かめるしかないのか。
今朝起きてからずっとするしないの押し問答を脳内で繰り広げている。
答えが無く、考察の取っ掛かりもないのが歯がゆい。
そう俺は今、思考をフル回転しているのだ。
とても忙しくしている。
それなのに……、目の前で、
「ねぇゼア 寮に家政婦アンドロイドがいるなんて贅沢しすぎ、罰が当たるよ! 仕方ない私が毎朝ご飯を食べに来てあげようっ」
昨日の事がなかったかのようにロロアがふてぶてしい態度でアンドロイドが手作りした、芳醇なバターの香りがする出来立てクロワッサンを口いっぱいに頬張る。
「あのなぁ、そもそも部屋に女性の入室は禁止なの! それにこれから出勤」
めんどくさそうにもそもそと椅子から立ち上がる。
「ええっ! 昨日も働いたのに今日も働くの? ヴィジル6は随分とブラックなんだね」
「違う、俺たちは正義感を持って奉仕の気持ちを持って活動している、誇りにブラックもホワイトも無い!」
左腕でガッツポーズをして力説する。
「うへぇ、こりゃ重症だ! ……事件が無くならない限り改善は無理そうだね」
ロロアが社会の闇を感じたのか目を真っ黒にしている。
「そう言うことだ、俺は正義で忙しい! さあ帰った帰った」
朝食を食べ終えたロロアを立たせて、背中を押しながら無理やり玄関まで追いやる。
「ちょ、ちょっと待ってってば」
ロロアが俺の手を振り切る。
「なんだよ」
ロロアがもじもじして照れ臭そうに頬を赤らめながら、
「まだお礼を言えてなかったから……その、昨日は……ありがと……」
まぁ俺が直接助けた訳では無いけどそう言うことではないだろな。
「どういたしまして、無事で良かったよ・・・」
ん~?
今日のロロアは少しおかしい。
こいつは素直に感謝を言うような玉じゃない。
こういう時は何かある。それとも痛い目に会ってやっと自重する気になったのか?
「それだけ……じゃあね!」
っ⁉
恥ずかしそうに火照った顔を隠しながら小走りで去って行った。
あれ? こんなはずじゃなかった。
あんなロロア見たことない……。
いつもと違う女性らしいロロアのギャップに心がついて行かず途方に暮れる。
「マスターそろそろお時間です」
ハッ! そうだった。アンドロイドの言葉で我に返る。
スーツに着替え玄関まで行き、
「では、行ってくる」
「いってらっしゃいませ」
挨拶を済ませ、本庁に向け出勤する。
コンコンッ。
最高司令官の部屋をノックする。
本庁に出勤すると最高司令官から部屋に来るように連絡が来たからだ。
隊服に着替え、すぐさま最高司令官の執務部屋まで来た。
次の任務の事を聞こうとしていたから丁度良かった。
「入りたまえ」
「失礼します」
扉を開けると最高司令官は執務机の回転椅子に座りこちらに視線を向けている。
目の圧が強く、見方を変えると睨まれているかのように錯覚する。
「まさか一日で売人のアジトを突き止めてしまうとはな」
一発目の会話で褒められるとは思いもよらなかった。
最高司令官には昨日の売人の事はすでに耳に入っているようだ。
「いえ、自分は運が良かっただけです」
ホントに、ただ動いただけだったし。
最高司令官は立ち上がり腕を後ろで組み自分に説いた。
「そう自分を卑下するな、運の無い人間などごまんといるぞ。君は運を掴んだ、運を掴まぬ者とは雲泥の差だ。斯く言う私も運を掴み今この場にいるのだ、誇っていい」
敬礼をして感謝を伝える。
「はい、ありがとうございます」
「うむ ご苦労であった。それで君はあのDOWNFALLと話したようだね。どのような話をしたか詳しく聞かせてくれるかね」
───最高司令官にノクトと話した内容を伝えた。
「逮捕した売人どももアントで脳がやられてて記憶捜査が出来ないようでな。巨大組織への手掛かりが無くては捜査は難しいな。それにノクトと名乗る存在自体怪しいが嘘を言う必要性が無い、もし本当だとしたらとんでもない大事件だ……」
ノクトがダウンフォールであること、薬物を売り捌く巨大組織が存在することが事実である以上、常に星都に危険が及ぶ可能性があるということだ。
「一旦薬物の捜査は打ち切り、未解決とする。手掛かりが無くてはどうしようもない」
そんな……。
「・・・」
悔しさに顔を下に背け、拳に力が入る。
「どうした?」
「いえ、今回の薬物の捜査本部で指揮をしている司令官に申し訳が立たないと思いまして……」
頭まで下げて感謝してもらったのに……捜査打ち止めが早すぎる。手掛かりが無い以上仕方ないとは言え納得は出来ない。
最高司令官は後ろを向き、過去を顧みながら、
「そうか捜査本部の司令官は彼だったな……、 気にしすぎるな、彼以外にも被害に遭った隊員は山ほどいる。 解決出来ない悔しさの炎が受け継がれ隊員たちを強くする。大丈夫、炎を受け継いだ者がいつか必ず捕まえる。今回で全てが終わる訳ではないよ」
最高司令官の過去にも多くの出来事があったのだろう、表情に陰りが見られる。
「……はい!」
ゼアの顔が晴れ、希望に満ちた目に変わる。
今日始まったんじゃない、15年前からこの事件が続いているんだ。また手掛かりが手に入ったら捜査を始めればいい。一旦、一旦だ。
最高司令官は椅子に座って言った。
「薬物の話はこれで終わりだ。次の任務だが3日後、とある場所で奴隷の不正売買がオークション形式で行われることが発覚した。君にはこれを解決してもらいたい」
「イエッサー……、しかし自分一人ですと人手が足りるでしょうか?」
人手が足りない不安が大きくて頼りない返事になってしまった。
「そういうと思って彼女を連れてきておいた。入りなさい」
そういうと最高司令官は指を組み、目線を入り口の扉に移す。
「失礼いたします」
部屋に入ってきた女性はきめ細やかな白い肌とエンジェルリングが出来るほど艶のある銀髪、出るとこは出て、引っ込むところは引っ込む、男の理想を集めたような容姿をした女性が入ってきた。彼女は上は夏の隊服を着て、下はショートパンツに黒のタイツを着ている。
「君の姉だと聞いてね。気心知れた彼女とだとやりやすいだろう」
「ミラ?」
「久しぶりゼア」
「まさかここで会うなんて、ミラとは一緒の育児機関で育ったんです。ミラが入隊してからだから4年ぶりかな」
ミラがめちゃくちゃ綺麗になっている。もちろん4年前も綺麗だったが大人になって垢抜けたことでより一層魅力的な女性になっている。
「そうね丁度4年になるわね。ゼアも大きくなってて驚いたわ。ロロアも元気にしてる?」
「あいつが元気じゃない日なんてないよ」
「ふふふっ、相変わらず元気そうで良かったわ」
ミラは昔を思い出したのか口に手を当てて微笑んでいる。
「旧交を温めるのは勝手だが任務を疎かにせぬようにな。任務の作戦だがイース隊員は潜入して突入するタイミングの合図を、ホワイト隊員には指揮官として自由に使える100名の部下を付ける、イース隊員の合図で一人残らず捕まえろ。任務までの3日間は準備期間とする。では諸君の健闘を祈る」
「「イエッサー」」
共に敬礼して部屋を後にする。
エレベーターで1階に向かいながら、
「ねえゼア今から時間ある?」
彼女は振り返り尋ねてきた。
「え? 3日間は準備期間だし今のところ特にやることは無いけど……」
むしろ何をすればいいか分かっていないのだ。
準備するものなど俺にはない、と思う。
「そう、じゃあ付いてきて」
「うん」
「それと二人でいるとき以外は敬語で喋ってよね、私の方が先輩なんだしっ」
彼女は再び振り返り、右手人差し指を立てて注意をしてきた。
「……分かったよ」
ゼアは顔を背ける。
(……ミラこそ俺の事を弟のように接しないで一人の男として扱ってくれよ)
「またそんな不貞腐れて……、実際に弟なんだし良いじゃない」
ミラは至極当然のように返答する。
「……良くないよ」
(一緒に住んでたってだけで弟扱いは納得できない……)
「どうしたの? ゼアらしくないじゃない」
「もういい、この話はおわり!」
心と体が麻痺して思い通りに動かない。いつも彼女の前だと言いたいことが言えなくなってしまう、自分じゃないみたいだ。
青髪の青年は自分の感情や言動を抑え込み、いつも通りの自分でいようとしている。
しかし、エレベーターを降りた二人の隙間は乗るときよりもより広がっていた。