入庁式
真夜中に燃え上がり紅く染まる星都を見渡し絶望する。
こんなはずじゃなかった。こんなつもりでやったわけじゃない。
本当の事が知りたくて正義感でやっただけなんだ。
罪悪感で急激に血流が上がり体温が上昇するのを感じる。鼓動の音が自分でも聞こえるほどに膨れ上がり、今にも破裂しそうなほど膨張と収縮を繰り返す。
握りこぶしで胸を押さえ、鼓動を抑えようと必死にもがき苦しみ鼓動の速さに体が耐えきれずゆっくりと視界の色彩を失っていく。
ついに立つことすらままならず横に倒れ気を失った。
今この瞬間にも沢山の星民や仲間が死んでいる。
静まり返った紅い夜空の下で緊急収集の呼び出し音が脳に鳴り響く。
時は遡る。
火星の首都、星都。
その中心の中央区は綺麗に区画整理がされており碁盤目状に土地が広がっている。
道路の中央は大きく幅を取っており、貨物などを運ぶインフラ用の中央車線、左右には一般星民が使用できる車線がある。左右に車線はあるものの移動手段では、ほとんど空を使用しているため荷物を運ぶ以外に道路を使用する必要がない。そのため、左右の細い車線は交通量は少ない。
碁盤目状にある道路との間には高層ビル群が空を覆いつくす様に軒並み建っている。
中央区はどこからの景色も代わり映えしない。
中央区の中心には白い電波塔、白槍が聳え立つ。
その白槍から約1km程離れた所にその建物はある。
治安維持部隊Vigil6の本庁がある。
白色一辺倒で塗られた厳かな建物である。
高さはさほどないが建物と土地が広く、建物の周りには様々な移動手段が並べられている。地と空両方からすぐに現場に到着出来るように充実した配備がなされている。並べられた機械を見ると航空母艦の甲板のような佇まいをしている。
その広大な土地の本庁の横に本庁ほどではないが目立った施設がある。治安維持部隊の訓練校である。外部から見ればただの学校のような見た目であるが、ここでは未来の治安を守るため正義感に溢れた若者が常日頃から訓練をしているのである。
本日は訓練校の卒業式。春にしては少し肌寒い風が吹いている。
校舎の玄関前で生徒一同が並び教官に向かって最後の挨拶が行われる。
「気を付けぇ! 礼!」
「「「一年間ありがとうございました。」」」
教官及び生徒一同向き合って敬礼。
────挨拶が終わり、生徒たちは校門を出て自分の勤務先に移動する。
青髪青目の青年ゼア・イースは校門を出て再度校舎や教官たちに向かって敬礼をする。
「ゼア、俺たち卒業だな~、寂しいよ!!」
屈強な体で高身長な短髪オレンジ頭のオルドが涙目で肩に腕を回してきた。
「重い! 俺たちは本庁勤務だしいつでも会えるだろう?」
肩を回してきた重いオルドの腕を払う。
「そういうことじゃないんだよ! ったく分かってないなぁ。ゼアはほんと冷たいよな」
「冷たいんじゃない。クールなんだよ!」
「へいへい、そういうことにしといてやるよ」
「でも一年は早かった」
「ああ、あっという間だったな」
「じゃ、俺はそのまま寮に帰るから。オルドは少しここで喋って帰るんだろ?」
「ああ、じゃあまた明日な」
オルドと校門前で別れる。卒業後は学校の寮とは違い、近くにある別の隊員用の独身寮で過ごすことになるようなのでさっさと学校の寮の荷物を移動しなければならない。急がねば。
歩みを早めようとしたとたんにやってきた。
「やあ、ゼア! 卒業おめでとぅ!」
ピンク髪に綺麗なサファイアブルー目をした幼馴染みの記者の女性。
「ロロア⁉ どうしてここにいるの?」
「ゼアに会いに来たんだよ!」
「暇なの? 俺これから引っ越ししないといけないからさ…また今度!」
「ゼアはほんとにほんとに冷たいね! こっちだって忙しんだから!」
「盗み聞きしてたやつに言われたくない! それに記者ごっこの真似事が忙しい…ねぇ!? その恰好は?」
彼女の衣服に目をやる。
ロロアは臙脂色のトンビコートの下に随分昔に存在していた高校生とか言う学生が来ていたブレザーを着ている。
「へへー! いいでしょ?」
ロロアはニコっと笑ってこちらに衣装を見せびらかしてきた。
「記者っぽくはないけどいいんじゃない? でもその帽子は探偵じゃん!」
彼女が被っているディアストーカーハットに指を差す。
「おっ!分かる? ビビッときたから買っちゃった!」
またしても彼女は笑顔で質問に答える。
「で?本当は何しに来たの?」
冗談はここまでで本題に入る。
「ふっふー! 記者の真似事をしている私ですがゼアが無事卒業しましたので挨拶をと、思いまして!」
胸を突き出し自慢げに言う。
「それはそれはご丁寧にどうも。で、本音は?」
「記者をやるには最新情報が大事だから事件が起きた時に一番に現場に入れるヴィジル6の隊員の知り合いが欲しかったの。そしたらゼアがちょうど入隊ではないですか。これは今まで以上に仲良くしとかなくちゃってね! だからお願い、情報を融通して、ね?」
ロロアは首を傾け、上目遣いでお願いのポーズをしてきた。
この誘惑に負けるわけにはいかない。
「ダメ!」
顔を逸らして否定する。
「そんなぁ、こっちが手に入れた情報も提供するから。これならWin-Winでしょ?」
「まあ……それなら」
「やったー! というわけで言質を取ったから帰るね~バイバイ!」
彼女は喜んだあと早々に 帰って行った。
台風のように暴れるだけ暴れて帰って行った。
なんか丸め込まれた感が否めない。
はぁ、大きなため息をつく。
───そのあと本庁の独身寮に引っ越しを行い、荷解き終わったのは24時を過ぎてからだった。
30㎡程度の白を基調とした独身寮らしい一室。生活物資以外は基本持たない主義なのでとてもシンプルで広々とした部屋になった。
これからここが俺の部屋かぁ。訓練校の寮は狭いうえにオルドとの相部屋だったからむさ苦しくてたまらなかったけどやはり正式に隊員になると優遇はされるようだ。
広いとは言えないが独身寮では十分ではないだろうか?
満足してる。
それにしても今日は訓練をしていないのにいつも以上に疲れた。
たぶんロロアのせいだ。そうに違いない。
そう愚痴を言いながらベッドに寝転がるとすぐに寝てしまった。
翌日。
朝起きてベッドから起き上がる。眠い。
寝ぼけているうちに立ち上がり洗面所に向かう。
ガラガラ、ペッ!
先ずはうがいをする。朝起きて口の中が気持ちが悪いのが嫌で仕方がない。寝ている間に口を清潔に保つ方法はないだろうか、いつも考えている。
次に顔を洗う。
不思議かな。顔を洗うと目がシャキッとする。
完全に目が覚め、キッチンに向かう。
既に出来上がったコップに注がれたコーヒーを持つ。
コーヒーの立ち上がる湯気と香りを嗅いで口に含む。
「はあ、朝の一杯は格別」
ここまでが毎朝のルーティーン。
お腹が空いてきた。
「朝はベーコンエッグと食パンを、それと食パンは焼いてくれ!」
「かしこまりました。少々お待ちください」
部屋に完備されている家政婦アンドロイドに朝食の準備を依頼する。
訓練校では自炊の訓練も兼ねてか配備されていなかったため、家政婦アンドロイドがいるこの生活は最高だ! もう前の生活には戻れそうにない。戻る気もないけど。
コーヒーを片手にリビングに移動して椅子に座って朝食を待つ。
待っている間に昨日起きた事件を調べよう。
視界の右上にあるニュース速報に視線を集中させて記事を開く。
またもや大活躍!? 星民の味方、DOWNFALL!
ダウンフォールと呼ばれる義賊かテロ組織だかが星民にもてはやされているようだ。いくら彼らが星民にとって都合が良いことをしていたとしても悪事は悪事だ。
捕まえなければ。
そう心に誓う。悪事には正義感を持って立ち向かう必要がある。
今後の要注意リストに入れておこう。
毎朝ニュースを見て自分が将来捕まえるリストを更新するのが日課になってる。でも大概が事件の数日後には逮捕されるのでまだリストは1件。もちろん今入れたのを含めてだ。それぐらい今日のヴィジル6の警備力や技術の発展は目覚ましい。
いつまでも、逃げれると思うな、犯罪者
字余り。心の中で川柳を詠んでみたがなかなかに悪くないんじゃないだろうか。言いたいことは伝えられたと思う。誰も居ないけど。
そうこうしているうちにキッチンからいい匂いがしてきた。
「お待たせいたしました」
キッチンからベーコンエッグとこんがり焼かれた食パンが運ばれてきた。
食欲を掻き立てる良い匂いだ。ベーコンの肉と油の匂いが余計にお腹を空かせる。
「そうだ! マーガリンを持ってきて」
「了解しました」
するとアンドロイドはキッチンからマーガリンを持ってきた。
焼けたばかりの表面がパリパリの食パンにマーガリンを隅々まで塗りたくる。
半端なマーガリンの量じゃ物足りない。最初っから最後までマーガリンと食パンのハーモニーを楽しみたい、だから多すぎても少なすぎても良くない。絶妙な量を目測で推測する。
カリカリ、ススーっとマーガリンを食パンの上で伸ばし滑らせる。
例えるならば食パン上に広がるマーガリンでバターナイフがスケートを滑っているかのような美しさだ。
食パンの熱で溶けたマーガリンの程よい香りまで部屋に充満してきた。
準備は整った。
いざ、尋常に!
食パンを口いっぱいに頬張る。それから少し噛み食パンを圧縮して口の中に空間を作る。
その空間にベーコンエッグを流し込む。
口の中でベーコンエッグと食パンが混ざり合う。
最高。
これが朝食の最適解。
我慢できず次々と口の中に詰め込み、一気に頬張る。
「食った食った」
「お粗末様でした」
アンドロイドがお辞儀をして食器をキッチンに運んでいく。
───朝食を食べ終え舌鼓をうつ。
そろそろ出勤の時間だ。
ダークスーツに着替える。初勤務だから無難な服装で行こう。
「では、行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
誰かに言われるのは気持ちがいい。アンドロイドでもだ。
「さぶっ! まだ朝は冷えるなぁ」
肌寒い春の朝風が容赦なく全身を冷やす。
ガチャ
部屋を出た瞬間に隣の扉が開く。
「おお、ゼアが隣の部屋だったのか?」
隣から出てきたのはオレンジ頭の彼だった。
隣はオルドだったようだ!
「……そのようだね」
苦笑いで返した。
訓練校の寮では相部屋だったし独身寮でも隣同士って、俺たちは赤い糸でも結ばれているのか?
そんなこと冗談でも考えたくない。
「そういやゼアはどの部隊を希望してるんだっけ?」
「別に、特に決めてない。オルドは機動隊を希望してるんだっけ?」
「おう! この筋肉を活かすには絶好の部隊だからな」
ガッハッハッハと朝から元気に笑い出す。
「だろうね…。オルドの筋肉は機動隊が一番輝くよ!」
「だろう! 俺の筋肉のことが良くわかってるなゼア!」
「・・・」
脳筋のオルドには皮肉が通じないようだ……。
「そろそろ向かおう」
「おう、初勤務楽しみだな」
───5分後、本庁の正門に到着。
近くから見ると余計にデカく感じる。それに掃除が行き届いていて清潔で美しい外観だ。
スーツを着こなした立派な大人から寝ぐせだらけのダメな大人の典型例な人まで多種多様な人が正門を行き来している。
今後は彼らと仕事をすることになるのだから第一印象を良くするために最初が肝心だ。良い関係を作るためにはとても大事なことだから手は抜くわけにはいかない。
「入庁して一発目の挨拶は元気良くしようぜ!」
「おう、元気の良い挨拶をされると気分が良いからな!」
そういうことじゃないんだけど……。
自動ドアを抜け、入庁する。
本庁の中も白を基調とした色で統一されており清潔感がある。
正面には受付があり、数人の綺麗な女性が立ち並んでいる。
受付の左右には道が続いており案内標識のピクトグラムを見る限り、左は1階のオフィス、右側にはエレベーターとエスカレーター、階段、非常階段と階層を上がるための移動手段が集中しているようだ。
受付嬢に挨拶しなければ!
「おはようございます。本日より入庁しますゼア・イースと申します。」
入り口正面にいる女性に敬礼で挨拶をする。
ふと女性の左耳を見ると機械のアンドロイドを表す青色のラインが一本、耳輪に引かれている。
記憶を移している人間のアンドロイドは白色、AIのプログラムで動くアンドロイドは青色のラインが引かれている。
アンドロイドだった、恥ずかしい。確認して挨拶すべきだった。
今からでもボケに出来ないだろうか?
「な…なんちゃって! アンドロイドにあ──」
「ブハハハ! ゼアが……アンドロイドに全力で挨拶してる。ドンマイ、ゼアでも失敗するんだな!」
言い訳する前にオルドが笑い始めた。
笑い過ぎだ!
オルドの横腹に軽く腹にパンチを打ち込む。
「おっ! 何だ、恥ずかしかったのか?」
「・・・」
無視だ、無視!
「どこに向かえばいいですか?」
「おいー、無視すんなよ!」
「新人隊員の方は10階の会議室にお集まりください。新人隊員の方は貴方たち以外は既に集まっていますよ」
「え!? もう? オルド、早く行くぞ」
「お、おう」
さすがのオルドもイジるのは諦めたようで残念そうについてきた。
エレベーターに乗り10階を目指す。
エレベーターの扉が開くと目の前に両開の扉が開いており入室すると、既に100名近くの隊員と上官が座って待っている。
これが上官の圧だろうか……会場全体が静寂に包まれている。
会場の空気に圧倒されそうだ。
オルドとどこに座れば良いか迷っていたら会場の右側の方から手招きをされた。
近づいていくと今日入庁する新人隊員の並ぶ列のようだ。
俺たちを詠んだのは同期のセレナだった。
あだ名は赤髪のセレナ。彼女の性格は明るく同期の中で面倒見が良く好印象を持たれているが訓練の時は厳しく皆から恐れられていた。
「ちょっと来るの遅くない?」
「5分前だけど」
「何言ってんの! 新人の私たちのために入庁式をしてくれるのよ、15分前には来なさいよ!」
「でも時間には間に合ってる」
「上官を待たせたらダメでしょ!」
「待たせてない 入庁式の開始時間は決まってる」
「それでも上官より遅く来て良い理由にはならないでしょうが……」
相変わらず説教臭い。
「はぁ~!」
ここまで小声で会話をしていたが、敢えて大きなため息で会話を中断する。
「なっ! 何よその態度は!?」
セレナはこの静寂した会場で大きな声で反論してきた。
「シー」
人差し指を口の前に立てセレナを黙らせる。
「っ!」
成功したようだ。
セレナがこちらを睨め付けるのを横目で見ながら会場の前の方に視線を移す。
「それではこれよりヴィジル6新人隊員の入庁式を開会致します。開会の挨拶としてヴィジル6最高司令官よりご挨拶を頂きたいと思います」
司会の人が会場全体に聞こえるように大きな声で発声する。
最高司令官らしき人が壇上に上がる。
「隊員 起立」
司会の人が合図をする。
最高司令官が演台の前に立つ。
「敬礼」
会場全体が最高司令官に向けて敬礼をする。
今度は最高司令官が隊員に向けて敬礼を返す。
「直れ」
会場にいる全員が一斉に敬礼を止め気を付けをする。
「着席」
起立、敬礼、直れ、着席、全ての隊員が一糸乱れぬ完璧な動作を行う。
最高司令官は演台の前に立ち、
「訓練校を無事卒業した皆さんにはヴィジル6の新人隊員として入庁を歓迎いたします。」
俺たち新人隊員に向けて話し始めた。
「ご存知の通り我々は火星及び月とその宙域の治安維持を務めている。しかし昨今の情勢は芳しくなく、犯罪組織の活動が日に日に増えているのが現状である。新入隊員には存分に活躍して治安維持を遂行し安心して生活が出来る環境を共に作ろうではないか。我々は悪に屈しない、挫けない、諦めない。星民の安全は我々の手に掛かっている。新人隊員諸君、今この瞬間から学生気分を捨てろ! 健闘を祈る」
演説のような挨拶を終えた最高司令官は演台から一歩下がり敬礼する。
敬礼をした瞬間会場全体に最高司令官の檄が伝播し隊員の顔から高揚が感じ取れる。
最高司令官に合わせてるように会場の全隊員が起立し敬礼をする。
無音が続く。
やっとここまで来た。
あの日から治安維持部隊ヴィジル6に入ることを夢見てきた。
手が震える、武者震いなんて初めての体験だ。
俺はこの日を忘れないだろう。
最高司令官の挨拶が終わり粛々と入庁式が進み、終わりに近づいてきた。
「それではこれより新人隊員の所属を発表致します。所属を呼ばれたものは入庁式終了後に自分の所属の先輩方に付いて行ってください」
そして順番に名前が呼ばれていく。
「セレナ・マルクール隊員は生活安全部の少年育成課所属とする」
「はい」
セレナは少年育成課のようだ。それなりに彼女に向いていそうだ。少年にお節介を掛け過ぎて嫌われなければ良いが……。
「オルド・マキアート隊員は生活安全部の機動隊とする」
「ヨシっ! あ、はい」
どうやらオルドは希望の機動隊に所属できたようだ。
更に続けて同期の名前が呼ばれていく。
「以上、所属部隊の発表を終了する」
え⁉
俺呼ばれてないんだけど、、、
同期や他の隊員の顔を見て反応を見てみる。
誰も俺と目が合わない……。
すると遅れて、
「ゼア・イース隊員はこの後最高司令官の部屋に来るように! 以上、入庁式を終了します」
ぞろぞろと会場から隊員が退出していく。
「ゼア、あなた何したの?」
「もうお偉いさんから目を付けられたのか? 流石だなぁ!」
セレナとオルドが声を掛けてきた。
「俺何もしてないんだけど⁉」
不安が込み上げてくる。
「……じゃあ行ってくるよ……」
気は重い、とてつもなく。
重い足取りで最高司令官の部屋に向かう。