導入・時代背景
時は宇宙歴456年、人類が火星をテラフォーミングして定住できる環境になった数百年後の火星。
火星には北極と南極の二拠点に巨大な都市を開発した。北の都市を星都、南の都市を裏星都と呼ばれている。
南北の間の土地はテラフォーミングをしていても寒暖差が激しく、生活するには向いていなかった。そのため、火星では人類の生活圏が北極側と南極側の2つに分かれた奇妙な生活様式を形成した。
火星には現在、星都に8000万人、裏星都には3000万人の計1億1000万人が住んでいる。
星都は広大な土地で有しており、中央には星都の神聖さを表すように全長1200mにも及ぶ超巨大な白い電波塔が聳え立っている。この星都を象徴する白い電波塔を星民は白槍と呼ぶ。
星都では白槍を中心とした中央区から北側を北区として時計回りに東区、南区、西区の5つの地域に分けている。
中央区以外の各区は星都の広さと同じくらい広いがほとんどが樹木や湖などの自然で構成されておりアクティビティなどをする遊び場となっている。
ほとんどの星民は中央区に住んでおり、中央区は高層ビルが立ち並んでいる。土地面積に対して人口が少なく、人口密度が低いのに高層ビルが立ち並んでいるのには理由がある。それは、簡単な理由だ。人の管理がし易いからである。
火星に住む星民は、とうの昔からほとんどの労働を手放した。星都の街並みには人以外にアンドロイドやロボットが移動しているのが見て取れる。星都の景観が美しいのは彼ら機械の稼働の賜物だろう。
では、人々は何をしているのだろうか?──これも簡単だ。暇を潰しているのである。もちろん働いている人もいるが人口の1割にも満たない0から1を生み出すことが出来る選ばれたごく一部の人だけだ。それ以外のその他大勢はどのように暇を潰しているかというと遊んでいるのだ。人類が太古より追い求めてきて辿り着いた終着点である。
そして、先ほどから人と呼んでいるが人と言っても様々なカタチが存在する。
人類の中にはDNAを改造して亜人となったものやアンドロイドになったものも多数存在する。彼らは人類が自然に進化してきた肉体のカタチを成してはいないが、この時代において例に漏れず人類なのである。食べ物が同じでなくとも、生息圏が変わろうとも、肉体が機械に変わろうとも彼らには人格があり、生きてきた記憶があるのだ。
そんな彼らにも人権は存在する。
当たり前だが彼らのように特異な存在は少ない。
勘違いだけはして欲しくはない。
この時代では既に死なないことは可能である。若くいるためには専用の若返りサプリメントがあるし、病気の場合はAIがその人専用の薬や手術を施すのだ。
そのため、この時代では死ぬこと無く生きながらえることが可能で、人口が永久に増え続けることが無いような施策が取り入れられている。
その施策を紹介しよう。
寿命300年。
栄養摂取が必要な肉体を持っている人間は300歳までしか生きることが出来ない。300歳以上を生きるのであれば記憶を移してアンドロイドになるか、記憶データをサーバーにアップロードして肉体と別れを告げ仮想空間で生き続けることが可能となっている。
しかし、いくら管理が必要な肉体を手放したとしてもアンドロイドや仮想空間にも枠が決まっており、いつまでも枠を占領し続けられるわけではない。
安楽死。
生きるのに疲れた人は安楽死で人生を終えるのである。肉体を持っていようがアンドロイドや仮想空間の記憶データであっても誰しもが終わることを選択する権利を持っている。安楽死を選択出来るのは100歳を超えた人、所謂きちんと生き切った者だけが可能となる。つまり100歳以下の人間は生き続けなければならない。
さて、ここまで解説をしてきたが最後にとても大事なお金の話をしておこうと思う。
人類は働かなくても衣食住が十分に満たされた生活を送っている。果たしてどうしてなのか?
それはBIが可能にしている。働かなくても全て機械がやってくれる。
毎月自分の預金に生活資金が振り込まれるのである。
働かなくても生きて行ける世界。
生きていかないといけない世界。
星民は生まれた瞬間から労働と納税の義務から解放されているのである。生まれた瞬間から自由が約束されている。何もしなくていい。何も求められない。そんな自由。
目に見えるほぼ全ての物が機械が作り出し、機械が修理を行う。その機械が壊れた時はその機械を修理する別の機械が存在する。
国もない。目的もない。欲しい物はすぐに手に入る。
努力する幅さえない。
何故なら自分が生み出すものよりも優れたものをAIや機械たちが作り出してしまうからだ。
人類が楽を勝ち取り何もする必要が無い、生きているだけの動物になった。
そんな世界。
それでは、幸か不幸かこの時代の火星に生まれた一人の青年に焦点を合わせてこの世界を覗いていこうと思う。