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【魔王戦ver】俺の兄貴は勇者。だけど必殺技をだすときに「俺はブラコンだあああ!」と言うのは、泣くからやめてほしい。

作者: りすこ

「俺の兄貴は勇者。だけど必殺技をだすときに「俺はブラコンだあああ!」と言うのは、泣くからやめてほしい。」の前。

兄貴が必殺技をだす前の魔王戦の話です。


弟が限界まで戦ったところが見たいと言ってくださった方がいましたので、書いたものです。結末に変わりはありません。


【簡単な説明】


日本人転生者がいるRPGゲーム風世界で戦う双子の勇者の話。勇者たちは転生者ではありません。


パーティメンバーは、弟勇者、聖女、魔術師、兄勇者、読書家女子。キャラ名はありません。


おにぎりはポーションです。

 



「やっと、ここまできたな……」


 目の前には、魔王がいた。


 魔王は三つの首を持つ黒いドラゴンだった。

 俺たちが豆粒に見えるほど大きく、存在感で圧倒される。


 開いた口からは、鋭利な牙が見え、口からはみ出した分厚い舌は、俺たちを食い殺そうと舌なめずりしている。

 六つの赤い瞳は細められ、俺たちを射ぬいていた。



 まだ戦闘開始になるバトルフィールドに入っていないから、魔王から攻撃されないが、こっちからの攻撃もできない。


 バトルフィールドに入れば、三人で攻撃ができる。


 俺たちができる行動(コマンド)は、攻撃・防御・庇う・逃げる。


 逃げるは、バトルフィールドから離脱。

 だけど、最終戦なので、この場所──ブレイブ・シャインから離脱するからは認められない。

 俺たちが勝つか、全滅しないと、ブレイブ・シャインからは出れない。

 回復アイテムも補充できないから、俺たちに残った道は死ぬか、生き残るしかなかった。


 バトルフィールドに入ったら攻撃メンバーはHP・MPが表示され、どっちも0になったら死亡だ。

 この数値は、俺たちの命のカウントダウンだった。


 ギフト持ち──日本人転生者の話では、俺たちの世界はRPGというゲーム世界らしく、全滅しても教会で生き返れるらしいけど、そんな奇跡、存在しなかった。

 死者は、砂に還るだけ。

 死者は、戻らない。



 攻撃メンバーは、いつもの三人。


 聖剣使い──物理単体攻撃型の俺。

 回復・防御魔法を使える聖女。

 バフ(能力強化)・攻撃魔法が使える魔術師。


 聖女が守り、回復し、二人で攻撃するのが俺たちのパーティのやり方だ。


 これまでの旅で、三人で経験値を稼いできたから、レベルは最高値だ。


 兄貴と読書家女子には、後方で待機してもらっている。

 二人は回復支援係。

 読書家女子は戦う力はないけど、戦略を練ってくれる俺たちの頭脳。

 大事なパーティメンバーだ。


 俺ら三人のうち、戦闘不能になったら、兄貴とメンバーの交代できるけど、それはさせない。

 必殺技をだすと、兄貴の体は石化して死に至る。

 兄貴は戦わせない。



「俺たちだけで、魔王を倒そう。みんなで生きて、凱旋しような」


 二人とも強く頷いてくれて、俺たちはバトルフィールドに足を踏み入れた。



 バサッ──と、ドラゴンが突然、黒い翼を広げる。

 突風が吹き荒れ、地面の砂が舞い上がった。

 あまりの風圧。

 地面に転がっていた石は、簡単に吹きとんじまう。

 俺はとっさに腕で防御したけど、風に押されて土のうえで、足が滑った。


 ──イギャアアウオワア!!


 甲高い奇声をあげられ、鼓膜がびりびりした。

 耳がイカれそうだ。キンキンする。


 ちっ。威嚇の先制攻撃かよ!


 吼えることで、戦意喪失させる攻撃だった。

 だけど、俺たちはそんなので怯まない。



「いくぞッ!」


 ドラゴンが口を閉じた瞬間、俺は駆け出した。


 最短速度で敵にたどり着けるように、体勢は低く、飄のように走る。


 二人の仲間が詠唱に入る気配を感じて、聖剣をよりいっそう強く握りしめた。


「我に答えよ。すべての英霊たちよ──」


 背後で魔術師の低い声がした。


「私の声を聞き届けよ。すべての愛し子よ──」


 聖女の声もした。

 二つの声が重なりあい詠唱を終えると、一つの光となる。

 閃光は、俺の体を包み込んだ。


 これは三人の連携技──ミョルニル。


 二人のMPが最大のうちに、大技を発動させて、ヤツの首を落とす!



 狙うのは、左の首。

 死を司るこれを落とせば、一撃で瀕死になる攻撃はなくなる。


 これは、読書家女子が古い文献から見つけてくれた魔王攻略法だった。

 ギフト持ち(転生者)が書いたそれには、魔王の攻撃パターンが記されていた。


 ──魔王の首には、苦悩、苦痛、死の意味があります。最も攻撃が強いのは、左の死の首。毒を含んだ全体攻撃をしてくるので、ここを真っ先に落としましょう。この首が落とされれば、魔王の素早さは落ちます。次の攻撃から、わたしたちの方が先制攻撃になるはずです!



 黄金の光に包まれた俺は、高く跳ねた。

 ドラゴンの赤い目が見開き、俺の体よりもでかい口が開く。


 ──ガチン!


 噛まれるすれすれで避けて、俺は剣を振りかぶった。


「はあぁぁぁああッ!」


 ドラゴンの首の根元に剣を突きたてる。


 くっ……そ。固いっ。


 骨に引っ掛かっているのか、剣が通らない。


 魔王は奇声をあげて、暴れくるう。

 振り落とされそうになって、剣の芯がぶれた。


 剣が、すべる……っ。



 俺は目を見開き、剣を持つ両手に力を込めた。

 一旦、引くなんてことはしない!


 今、

 ここで、

 首は落とすッ!!


「うおオオオオオオッ!」


 魔王の肉片に剣を食い込ませ、骨を絶つ。


 この世のものと思えない断末魔が響きわたり、間近にいた俺の耳を潰す。


 鼓膜が破れたのだろう。

 音が聞こえない。

 無音の世界だ。


 だから、なんだっていうんだ。

 ここまま、叩きってやれ!


「はあああああッ!」


 俺たちの会心の一撃は、ドラゴンの首を貫通した。



 ──どずんっ!


 重い音を立てて、黒い首が一本、土の地面に叩きつけられた。


 落ちた衝撃で、砂ぼこりが首の周りに舞い上がる。


 一本の黒い首はびくびく動き、そのまま真っ白な石となり、やがて砂となり、跡形もなくなった。


 それを見下ろしていた俺は、すぐさま地面に着地して、二人に向かって吠えた。


「攻撃くるぞ! 防御しろ!!」


 聖女が分かっているわよと言いたげに頷き、魔術師を庇うように、一歩前に出る。


 彼女の詠唱により、眩い光の壁ができた。

 それにほっとする間もなく、背後では高熱が──


「くそっ!」


 俺は体を反転させた。


 ドラゴンの右の首。

 苦痛の口からは、マグマのような火が溢れだしていた。


 ぱっくりと、地獄の釜が開いていくように。

 ドラゴンの口がゆっくりと俺たちに向く。

 生成された炎は、やがて火炎放射となった。


 ──ギャアウオアアン!


「ちっ……」


 俺を飲み込もうと迫る炎に、思わず舌打ちする。


 聖女の防御壁に入るのは、無理だ。

 間に合わない。


 目を庇い、手を前でクロスさせた。

 右手首にくくりつけてあった盾で、どうにか防げるか。


 気休めを考えている間に、煉獄のような炎に身を包まれた。

 目を瞑り、奥歯を噛み締め、ひたすら業火に耐える。


「……っ」


 全身が熱い。

 痛い。

 炎を喉の奥に突っ込まれるみたいだ。

 声まで……灰になる。


 高温の火炎放射は、大地を削りとりながら、一本の長い焼け跡を作った。



「いって……」


 熱に強い素材で作った服を着ててよかった。

 HPの消費が、半分ですんだ。

 読書家女子に感謝しないとな。

 彼女が攻略法を見つけて、対火用の防護服を着るようにをすすめてくれたんだから。


 攻撃がやんで、立ち上がると、俺の体が光の輪に包まれる。


 腰の辺りに出たあたたかな光は、俺の爛れた部位を治した。


 これって、聖女の完全回復か?

 あいつ、MP(マジックポイント)残しとけって言ったのに。


 聖女の回復魔法は、俺たちパーティの要だ。

 完全回復はMPの消費が激しいから、なるべく使ってほしくない。

 助かるけど。


 文句と感謝で、じれったい気持ちでいると。


「──勇者殿!」


 なぜか頭に、でっかいたんこぶを付けた魔術師が、俺に向かって走ってきた。


「バカっ! 下がってろ! お前はHP低いんだから、前にでてくるな!」


 魔術師は四角いメガネを指で直して、いつもように生真面目な顔をした。


「問題ありません。読書家女子にマジックポーションが入った瓶を、後頭部に投げつけられ、兄貴殿におにぎりを口に突っ込まれました。私は回復しています」


 あぁ、それで、たんこぶができてんのか。

 あいつも手荒いことすんな……

 というか、兄貴もちょっとは手加減してやれ。

 魔術師の口の端に、米粒ついているぞ。


「米、ここに付いている」

「…………ありがとうございます」


 魔術師は頬についた米粒を指でつまんで、口にいれた。


 バトルフィールドに入っても、回復支援は受けられる。

 控えの二人──兄貴と読書家女子が持っている回復アイテムを攻撃メンバーは使えた。


 二人は支援という形で、俺たちと一緒に戦ってくれているんだ。



「聖女殿も回復しています。勇者殿。右の首──苦痛は魔法攻撃はききません。勇者殿の剣だけが頼りです。私が防御力を下げる魔法をここから撃ちまくりますので、その隙に、貴殿が倒してください」


「それじゃ攻撃に巻き込まれ──」

「アタシが防ぐわよ」


 聖女までこっちに来た。

 聖なる杖を胸の前に構えて、いつものように厳しい顔をする。


「アタシが魔術師を守る。死なせやしないわ」


 二人の提案を受け止めて、俺は聖剣を握りしめた。


「絶対、死ぬなよ。俺たちは、全員で、生きて帰るんだからな」


 誰ひとり、死なせるもんか。

 全員で、俺たちは帰るんだ。故郷へ。


 頷く二人を横目に、俺はドラゴンに向かっていった。



 ドラゴンの巨大な足が、俺を踏み潰そうと持ち上がる。


 ──遅い!


 俺は足とかわして、跳躍した。

 全回復したおかげで、力がみなぎっている。

 高く、翔べる。

 文句を言いそうになったけど、彼女に感謝しないとな。


 俺はドラゴンの頭がある位置より、高く飛んだ。

 ギョロッとした赤い目に向かって、剣を振りかぶる。


「おりやああぁっ!」


 斜めに片目を切りつけて、ドラゴンが絶叫する。


 怯んだ隙に、第二撃。

 素早く連続攻撃をかける。


 三、四、五、六、七、八、九、十。


 敵に反撃の隙を与えるな。

 手を動かせ、動かせ、動かせ。

 首が落ちるまで、剣を振りまくれ。

 全神経を攻撃に集中しろ!


 痛みにのたうちまわり、口から火を吹くドラゴン。

 その攻撃はめちゃくちゃで、四方八方に火の球が散らばった。


 ──ドガン、ドガン、ドガン!


 地響きを鳴らしながら、大地が破壊される。


 俺も半身を焦がされたけど、攻撃をゆるめなかなかった。


「いい加減、くたばれッ!」


 渾身の力を込めて、斬撃を放つ。

 魔術師の魔法も効いていたのだろう。

 放たれた一撃で、ドラゴンの首が動きを止めた。


 ──メキメキっ……


 小さな亀裂が呼び水になって、苦痛の首の石化が始まる。

 ぼろっと、音をたてて崩れていく首。

 砂を撒き散らしながら、二本目の首はなくなった。



 やった!──小さくガッツポーズして、俺は地面に降りた。

 そばにいた二人も無事だ。よかった。


 ほっとしたのが悪かったのか。

 俺にできた隙を嘲るように、最後の首についたドラゴンの目が、ニタリと細くなる。


 警戒して構えをすると、ドラゴンは生ぬるい息を口から吐き出した。


 ごぼっ──と、奇妙な音を立てて、ドラゴンの体が変形した。


 残った部位が、伸びて、縮んで、肥大して。


「……なんだよ……これ……」


 ドラゴンだった塊は、無数の目と、口がついた黒い巨人となった。



 こんなの魔王攻略の文献にはのっていなかった。


 なんだ、これ……


 無数の目が一斉に俺を射ぬく。

 腰の辺りがひやりとした。


 ──びびるな! 落ち着け!


 俺は構えをして、どう攻略すべきか頭をフル回転させた。



 ズ、ンッ!


 不意に体が重くなって、俺は片膝を地面につけた。

 見えない重力がかかったのか、立っていられない。

 這いつくばるしかなくなる。


「ぐ、はっ……」


 指が、一本も動かせない。

 骨が軋む。

 肺が潰される。


「く、そっ……」


 それでも、気合いで顔をあげる。

 横目で確認すると、二人は聖女の防御壁の中にいた。

 聖女は苦しげに顔を歪めていた。

 防ぐだけで精一杯ってかんじだ。

 二人のHPの数値がゆるやかに減っている。


 俺が、倒さないと。

 二人が潰される。


 必死で立とうとしたとき、耳障りな音階が聞こえた。


「つまんない、つまんないねえ。暇潰しにもならない」


 魔王を見ると、いやらしく笑った口が、一斉に開いていた。


「二体の首を落としたから、おもしろいやつと思ったけど、やれやれ、この程度か。つまんない。つまんないねえ。もっと、興奮させてよ。時間の無駄だ。くくっ……はははは!」


 不快しかない声に言葉。

 笑うんじゃねえよ。くそったれが。


「おや? まだ、立ち上がる気かい?」


 だったら、なんだっていうんだ。

 俺はお前を倒しに来たんだ。


「無駄なことを。きみがいくら願っても、わたしは倒せない。わたしは、苦悩。きみに(すく)う弱さ、そのものみたいなものだからね」


 うねうねと奇妙に動きながら、にゅんと、一つの目と口が俺の鼻先に近づいた。

 ニヤリと細くなった赤い目が、俺を覗き込む。


「ふーん。きみは、兄を救いたいんだね」


 びくりと、体が跳ねた。


 赤い目が限界まで開かれ、つり上がった口からは舌が出て、ちょろちょろと俺を嘲るように動いた。


「くくっ……きみは兄を救えないよ? きみの望みは叶わない。だって、きみ、弱いもの」


 胸がえぐられるような声だった。


「うるせえッ!」


 無理やり腕を動かして、剣を真一文字にふるう。

 黒い物体は手応えもなく、あっさり無くなった。

 だけど、体にのしかかる重力は解かれない。

 振り上げられた腕はすぐに、地面に縫い付けられた。


「はははっ、元気だねえ。でも……ちょっと、うざいかな? きみの手も、腕も、信念も、ぜーんぶ無価値だよ。そんなもの、いらないよねえ。折っておこうね?」


 強烈な圧迫感が、肩に集中した。


 これ、ヤバい。

 骨が……


 おれ、……る。


 ゴキン──と、骨が砕ける音がして、俺は下唇を噛み締める。

 声を出さなかったのは、意地だった。

 痛いとわめいたら、こいつの思うつぼだ。

 叫ぶか。このやろう。


 それに骨の一本や二本や三本、師匠にバッキバキに折られていたんだよ。

 こんなの慣れっこだ。


 相手に向かって、俺はふんっと鼻を鳴らした。


「気に入らないなあ、その顔。ぐちゃぐちゃにしてやりたくなる……足も折る? それとも、顔をひきさこうか? じわじわいたぶって、二度と生意気な顔をさせて」


 魔王の無数の口が残忍に、つり上がった。

 その時。



「──インフェルノ!」


 背後から炎の竜巻が起こり、魔王に一撃がくらわす。

 だが、炎は黒い体に吸い込まれていった。

 隙ができたのか、体にかかっていた重圧がなくなる。


 よろけながら立ち上がった俺に向かって、誰かが近づいてきた。

 俺の腹を、武骨な手がすくいあげる。


「え?」


 驚いている暇もなく、荷物のように肩に担がれた。


「兄貴!?」

「一旦、引くぞ」


 地面に膝をつけた聖女まで小脇に抱えて、兄貴は走り出す。

 魔術師は聖女の防御壁のおかげなのか、走れるようだ。


「……逃げるの? 逃げるの? ははは、尻尾巻いて逃げるのお? 無能だねえ……!はははっ!!」


 魔王の呟きにカチンときて、俺は声を張りあげた。


「んだと! 仲間を侮辱すんな!」

「暴れるな。お前の回復が先だ」


 全速力で走りながら、兄貴は横目で魔王をみた。

 その横顔は、憎悪に満ちていた。

 普段の兄貴とは、かけ離れた表情。


 ──兄貴?


 俺は思わず口をつぐんで、じっとした。



 俺たちはバトルフィールドを離脱した。

 出た瞬間、読書家女子に泣きながら、おにぎりを口につっこまれた。

 しかも二つ。


「もおおおっ! 勇者さん、無茶しすぎです! 見ているこっちが、痛いです!!」


 そうか?と、反論しようとしたら、おにぎりをつっこまれた。

 これで、三つ目だ。

 もったいないから、咀嚼する。


 おにぎりの効果でみるみるうちに、回復していく体。

 聖女も魔術師も、おにぎりで全回復した。


「しかし、あれはなんなんだ?」


 魔王を遠くに見据える。

 うねうねと気持ち悪い塊が、こっちをいやらしく見ていた。


「あんなの……文献には載ってなかったです……」


 読書家女子が、悔しげにうつむく。

 自分は戦えないからと、懸命に魔王攻略を考えてくれたのは、彼女だった。


 悔しさは、俺もよく分かっている。

 だけど。


「そんな顔するな。絶対、倒すから」


 あえて、俺は笑顔で声をかけた。

 丸メガネの奥にある彼女の瞳がうるみだす。

 読書家女子は、わっと泣き出した。


「なんでいつも、そんなに優しいんですか!」


 え? なんで、泣いたんだ?

 それに、聖女がすごい顔で睨んでんだけど……

 二人とも、どうしたんだ?


 二人の顔を交互に見て、俺は肩をすくめた。


「もう、泣くなって」


 読書家女子の頭をなでたら、ますます泣かれて、聖女には無言で、頭をひっぱたかれた。


 なんなんだ……


 頭をさすりながら、話を魔王攻略に戻す。


「攻撃はできた。だけど、全く手応えがなかった」

「手応えが……? 実体は他にあるということでしょうか?」


 魔術師の質問に「そうかもな」と答えた。


「私の魔法も効かないようですね……最強火魔法──インフェルノが吸い込まれるなんて……」


 魔術師が眉根をひそめ、握り拳を作った。

 俺は魔術師の肩に、ぽんっと手を置いた。


「それなら、物理で攻撃すればいい。俺は切れたんだ。攻撃力を上げる援護を頼むな」


 もう一回、肩を叩くと、魔術師は珍しく微笑した。


「だけど、厄介なのは、あの重力攻撃だな……」

「それなら、アタシがあんたの周りに防御壁を作るわよ」


 聖女が声をかけてきた。


「ひとりの防御壁の方が、密度が濃いのが作れる」

「そんなの作れるのか!」

「やったことないけど」

「ないのかよ!?」


 思わずつっこんだ俺に、聖女は平然と言った。


「やったことないけど、愛し子たちに協力してもらうわ。なんとかする。だから、あんたがアイツを倒しなさい」


 いつもより厳しい眼差しで言われて、俺は深く頷いた。

 俺は黙ったまま腕組みをしている兄貴にビシッと言う。


「兄貴は待機な! もう前に出てくるなよ!」


 兄貴は切なくほほえんだ。

 そんな顔すんな。

 俺は、全員で、故郷へ帰りたいだけだ。


「俺のことが信じられないのかよ」

「……いや。信じている」

「そうか」

「あぁ……」


 俺は兄貴から視線を外した。

 必殺技だけは使わせない。

 アイツは、俺が倒すんだ。


「絶対、全員で帰ろう」


 聖女も魔術師も頷く。


「いくぞおおおおッ!」


 俺たち三人は再び、魔王へと挑んでいった。




 俺たちの攻撃が効いて、魔王はみるみる小さくなっていった。


 苦戦した重圧攻撃もなくなり、代わりに怨念のような声が、波動となって向かってくるようになった。


 聖女の防御壁で防ぎながら、攻撃を仕掛ける。

 急所は目だ。

 一つずつ潰していくと、魔王のサイズが小さくなる。

 人間の背丈までは、削ぎ落とせた。


 無数にあった目と口も、残り二つだけになった。


 あの二つの目と口を消せば、俺たちの勝ちだろう。


 だけど。


 ここまでくるのに、おにぎりもマジックポーションも使い果たした。


 あと少しなのに。

 俺たちの方が先に、限界がきはじめていた。


「しつけえな……っ!」


 思わず吐き出していた。

 腕が痺れいる。

 剣を降りすぎて、握力が落ちてんな……


 魔術師もMPが1しかない。

 細腕で攻撃しているけど、そろそろ限界だろう。

 顔が苦渋に満ちていた。


 聖女も同じようなものだ。

 MPが底をつきかけていた。


 俺らはまだ倒れない魔王を目の前にして、肩で息をしていた。


 ちくしょう。

 もう少しで倒せそうだってのに……!


 魔王の口から、呪詛みたいな声がでる。

 声はうずを巻きながら、俺たちに向かってきた。

 聖女が歯噛みして、前に出る。


「私の声を聞き届けよ、愛し子たち! 我らを守りたまえ!」


 聖女が杖を前にかざすと、光の壁が錬成された。


 白金の壁は、俺たちを庇う。

 目の前で正と負の波動がぶつかり合って、火花を散らす。


「くっ……」


 聖女の顔が歪む。

 堪えきれないのか、膝が震えだした。


 何もできないことが悔しくて、俺も奥歯を噛み締めていると。


 ──パリンッ……


 禍々しい渦は、光の壁を突き破った。

 清らかな光が、汚い色の渦に飲み込まれてしまう。


 くそったれが!


 俺はとっさに、聖女を横に突き飛ばした。

 彼女の体は大地を滑り、渦の軌道から外れてくれた。


「俺を狙えッ! このやろうが!」


 俺は渦にむかって吠えた。

 こんな攻撃じゃ、俺は死なない。

 真正面から、受けてやる。


 迫りくる渦を睨みつけていると、ふっと、俺の横にいた魔術師が動いた。


 一瞬の出来事で、わずかに反応が遅れた。

 魔術師と視線を交わす。

 彼は、微笑していた。


「私はもう攻撃できません。後は頼んだ、勇者殿」


 なんで、そんなことを──


 わずかだった。

 本当に、わずかに動揺したことを、次の瞬間、俺はひどく後悔した。


 彼は攻撃も防御もしない、味方全員の盾になる〝庇うの魔法〟を使ったから。


 ぐにゃんと、渦は軌道を変えて魔術師を飲み込む。

 彼は黒い渦の中に閉じ込められた。

 魔術師は膝を折り、四つん這いになって、絶叫する。


「ぐああああぁぁぁっ!」


 庇うの魔法は、捨て身だから、マジックポイントが1でもいけるのだと、生真面目に彼は言っていた。

 俺はそれだけは使うなと、口酸っぱく言ったもんだ。

 だって、魔術師は、俺よりも遥かにHPが少ないんだ。

 仲間の盾になるなら、HPが一番ある俺にすればいい。


 なのになんで、魔術師は使ったんだ……!


 魔術師のHPがすごい勢いで減っている。

 彼が死にむかっていることを警告する赤いアラートが、魔術師の体から出ていた。


 嘘だろ……

 このままだと、魔術師が死んじまう……


「くそっ! 魔術師から離れろ!離れろ! 離れろ!」


 俺は魔術師にまとわりついている黒い渦にむかって、剣を振り上げる。

 剣術なんて言えない、めちゃくちゃな振り方だ。


 それだって、いい。いいんだ。

 なりふりかまっている場合じゃない!


「くっそ! なんで、届かないんだよ!!」


 庇うの魔法の効果なのか、俺の剣は黒い渦の寸前で止まってしまう。

 見えないバリアに、覆われているみたいだ。

 焦りが、何もできないことが、俺の全身を沸騰させた。

 目頭まで熱くなる。


「ふざけんなよ! 全員で、生きて帰るって、約束したじゃんか! 俺の目の前で、死ぬなよ!!」


 情けなく、涙声になって。

 俺は届かない剣を振り続けた。



 その時間は、数秒だったはずなのに、永遠とも思える長さだった。



 突如、黒い渦が霧散して、魔術師が解放された。

 俺は崩れる魔術師の体を受け止めた。


 HPはどうなっている。

 まさか、0じゃないよな……


 体内から響く心音を感じながら、彼のHPを確認すると残りの数値は5だった。


 5……だ。

 0じゃない……

 生きてる……


 俺は目からあふれて落ちそうになっている涙を、乱暴に手の甲でぬぐった。


 ばかやろうっ……


 文句を心のなかで呟いていると、聖女が駆け寄ってきた。

 彼女も目を赤くして、悔しそうな顔をしていた。


 魔術師にむかって、彼女が手をかざす。

 癒しの小さな光が、魔術師を包んだ。

 彼のHPが、20まで回復する。

 魔術師はうっすらと、瞳をあけた。

 それに、ほっとしていると。


「生きていますね。ふむ。予定どおりです」


 魔術師は、四角いメガネをなおしながら、キリッとした顔でそう言った。


「ふざけんな! 死じまうかと思ったじゃんか!!」


 俺は涙声で、腹の底から文句を言った。


「無茶すんなよっ……まったく……」


 魔術師は微笑した。

 だけど、またすぐに、くそ真面目な顔をする。


「無茶はしていません。私の愛読書〝探し物屋森のくまさん〟に一文に『後は頼んだ』と出てくるので、言ってみたかっただけです」

「口調がいつもと違うと思ったけど、そういうことかよ!」


 なにか?みたいな顔をされて、俺は肩を震わせた。


「お前がその絵本、大好きなのは知っているけど、その台詞だけは使うな。 ほんと、使うな。頼むから、二度と使うな! 心臓が縮むんだよっ!」


 一通り文句を吐き出していると、聖女がくすっと笑った。


 つかの間の和やかな空気。

 終わりを告げるように、背後から足音がした。




「よく戦ったな」


 穏やかな声をだして、兄貴が魔術師に肩をかす。

 いつも通りの笑顔をして。

 だけど、俺も、聖女も、魔術師も表情を凍りつかせた。


「交代する」

「兄貴殿……」

「お前は充分、戦った」


 有無を言わせず兄貴は魔術師を担ぐと、バトルフィールドから出ていった。


 俺は声をだすこともできなくて、ただ呆然と、二人が出ていくのを見送った。


 読書家女子に魔術師を任せて、兄貴は戻ってきた。


 平然と。

 笑顔で。


 兄貴がバトルフィールドに入るとHPが表示された。

 それは、兄貴が攻撃できることを示していた。



 どくん。どくん。どくん。


 心臓が嫌な音を立てて、体の内側から反響した。



「俺たちのターンだな。行くか」


 兄貴が軽快に声をだして、魔王をみた。

 その横顔は、研ぎ澄まされた刃のようだ。

 覚悟を決めた男の顔をしていた。


 俺は聖剣を握りしめ、兄貴に向かって吠えた。


「兄貴は前に出るな! 俺が出る!」


 魔術師は助かったけど、兄貴は違うんだ。

 必殺技をだしたら、兄貴は──


 兄貴を睨んでいると、真正面から射ぬかれた。

 腰の辺りがひやりするほどの闘気を感じて、気圧されそうになる。

 俺は負けじと剣を握りしめる。


 俺と兄貴の間を、砂をはらんだ風が通りすぎた。


 兄貴はふっと表情をゆるめた。


「必殺技は使わないぞ」


 晴れやかに言われて、俺はかっとなった。


「そんな見え据いた嘘をつくな!」


 生まれた時から、一緒にいるんだ。

 兄貴の考えなんて、分かっているんだよ。


 それに、兄貴はな。


 嘘をつくのが、

 ど下手くそなんだッ!


 怒りで吠える俺に、兄貴は目を細めた。


 何も言わずに笑っているのが、俺の問いかけへの、兄貴の答えだった。


「俺の気持ち、わかってんだろ? 双子なんだから」

「わかっている」

「なら、前に出るな」


 兄貴はまた、切なく微笑む。


「双子なら、俺の気持ちもわかっているだろ?」


 問いかけられ、俺はつぐんだ。

 分かっているよ。

 だから、行かせらんないだろ。


 俺は兄貴を押し退けて、一歩、前に出た。


「俺はまだ戦えるんだ。信じて、待ってろ」


 HPはまだ、三分の一、残っている。

 これだけ残っていれば、充分だ。


 それに、魔王の残りの目は二つ。

 あと、二つ壊せば、アイツは倒せる。


 俺ならやれる。

 いいや、やるんだ。


 全員で、生きて、凱旋するんだ。


 俺は土を蹴って、魔王に突撃した。

 背中に兄貴の視線を感じたけど、俺は振り返らず走った。



 向かってきた俺に、魔王はニタリと笑う。


「あれえ? まだやるの?」

「うるせえッ!」


 俺は高くジャンプした。

 剣を逆手に持って、思いっきり腕を振り上げる。


 魔王の目の一つに狙いを定める。

 ぶっ壊すなら、ここだ。

 一つずつ的確に破壊する。


「おおおおおおおッ!」


 眼球の真ん中に聖剣を突き立てた。

 切っ先から閃光がほとばしる。


 強固な。だけど、破壊できる瞳に小さなヒビが入った──


 同時に。

 酷使した俺の剣にも、ヒビが入り、切っ先が欠けた。


 ピシッ──パリパリパリパリパリパリッ!


 パリン……


 薄いガラス玉を割ったような音を立てて、魔王の目は粉々になった。


 次だッ!


 俺は連続攻撃を仕掛ける。

 続けて攻撃すれば、兄貴は動けない。


「お前はここで、消えろおおおおおッ!」


 渾身の力を込めて、聖剣を振りかぶった。

 剣が最後の目に、ぶつかる。



 ──バキンッ!


 目に当たった直後、剣は、欠けたところから折れた。


 衝撃に耐えられなかったのか。

 それとも、これが限界なのか。


 俺は折れた剣を見て、瞠目した。


 魔王の口が裂けそうなくらいつり上がった。


「きみでは、わたしは、倒せないよ」


 魔王の背中から鋭利なトゲがでた。

 そのトゲは俺の利き腕を貫いた。


「が、はっ……」


 傷口を広げるように、トゲが俺を痛めつける。


「必殺技を使えないきみは、勇者じゃない」


 その一言に、頭をぶん殴られたような衝撃が走った。



 確かに、俺は必殺技は使えないよ。

 勇者って言っても、丈夫な体があるだけだ。

 一撃必殺なんか夢のまた、夢。

 いくら願っても、俺にはできない。


 ずたぼろになりながら、足掻いて。

 一歩ずつ、前に進むことしかできねえよ。


 でも。


 それでもな。



 俺には、守りたいもんがあんだよ。


 魔王が放ったモンスターのせいで、大地が荒れたんだ。

 食糧難になって、国民はうえた。

 それなのに、俺たちにおにぎりを作ってくれたんだ。


 初代勇者は日本という異世界の国から来た人だった。

 その人は「日本人なら米を食わねば……」と言った。


 勇者を回復させる効果が期待され、魔法を使って稲作の技術が進んだ。

 だけど、俺たちの国は稲作の風土が合っていないらしく、稲は育ちにくい。


 それでも、農民は懸命に作ってくれた。


 苦労を微塵も感じさせない笑顔で「うまく実った!」と言ってくれたばあちゃんがいた。子供がいた。


 ──たんと、お食べ。あんたは勇者なんだから。

 ──そうだよ! オレたちは勇者さまに勝ってほしいんだ!


 自分達は腹へっているだろうに。

 俺たちにふっくらとしたおにぎりを持たせてくれたんだ。


 あの米粒ひとつひとつにはさ。

 魔王を倒してくれという願いが込もっているんだ。



 俺にはおねぇだけど、めっぽう強い師匠がいた。


 ──弱いと、お兄ちゃんは死ぬよ。さっさと立ちなさああああいっ!


 散々、ぼろぼろにされたけど、俺を一人前にしてくれたんだ。



 ギフト持ちの技術者がいてさ。

 そいつは、日本人だった前世の記憶を持つ奴だった。

 前世で亡くした奥さんが忘れられないようだった。


 ──俺はとんだクソ野郎だった。クソのまま妻を逝かせた。……幸せになってくれって言われてな。


 モンスターの経験値が示される魔法道具を開発してくれて「悔いを残すな」と、煙草をふかしながら、俺の背中を押した。



 読書家女子も、魔術師も、聖女も全滅するかもしれない戦いに望んでくれた。

 あいつらは、最高のパーティメンバーだ。



 俺一人じゃ、ここまで強くなれなかった。

 みんなが、俺を強くしてくれたんだ。



 だから、俺は、諦めない。

 守りたいものを守るッ!


「おおおおおおおおッ!」


 俺はまだ動く腕で、折れた聖剣をひったくった。


 片腕だってなあ。

 剣は触れんだよッ!


 折れた剣だって、剣は剣だッ!!


 俺は力を振り絞って、相棒を魔王の最後の目に突き立てた。



 ──ぎゃああああっ!!



 魔王が甲高い声で絶叫する。

 欠けた聖剣にヒビが広がり、粉々になる直前だ。


 頼む、相棒! もってくれっ!


 魔王が貫いた傷口をえぐる。

 痛みが全身に広がり、HPがどんどん減る。


 死に向かう、赤いアラートが俺から鳴り響く。

 だけど、俺は剣を放さなかった。


 強烈な光が魔王の瞳からほとばしる。

 アラートの音が、大きく、辺りに響いた。


「刺し違えても、おまえを消す」


 ひどく冷えた声で言うと。

 魔王の声はぴたりと止んだ。


「──だから、きみは、勇者になれないんだよ」


 呟かれた瞬間、聖剣に限界がきた。

 音を立てながら、俺の剣が粉々になる。


 柄だけになった剣を握りしめ、俺は声を失った。



 ぐにゃん──と、視界が反転する。


 俺を貫いたまま魔王のトゲは、ゴムみたいに伸びた。

 力の入らない俺の体を軽々と振り回す。


「はははっ……きみは、勇者とは名ばかりの、ただの人間だ」


 トゲが俺を放り投げた。


「自分に価値はないんだと、思いしれっ!」


 反論したいのに、俺は声もだせなかった。



 なんでだよ……


 レベルは最高値まであげたじゃんか。


 それなのに、なんで、倒せないんだよ……


 ちくしょう。

 ちくしょう、



 やっぱり、俺は……

 勇者になれないのかな……


 ちくしょう。



 ドサッ──


 無様に大地に叩きつけられた俺に、聖女と兄貴が駆け寄ってきた。


 聖女が泣いていて、兄貴は苦渋に満ちた顔をしていた。


 聖女が震える手で、俺の肩に癒しの魔法をかける。


 HPが20まで回復した。

 俺はへらっと笑った。


「ありがと、また戦える」


 そう言ったら、聖女は頭を横にふった。

 何度も、何度も、ぼろぼろに泣きながら頭を横にふるんだ。


 なんで、そんな顔するんだ?

 まだ俺は死んでねえよ?


 生きているし、まだ戦える。


 あと、ちょっとだから。

 心配すんな。


 そう声をかけようとしたのに、先に聖女が口を開いた。


「アタシたちじゃ……倒せないっ……」


 下唇を噛みしめて、大粒の涙が彼女の瞳からこぼれ落ちた。


 雨のように。

 滝のように。

 彼女は泣いて、俺を見ていた。


 後ろの方で、読書家女子が声を張り上げて泣いていた。


「ああああっ! うあああぁぁあん!」


 嘆きを吐き出すような声だった。

 魔術師もうつむいて、肩を震わせている。



 なんで。


 みんな、そんなに泣いているんだ?




 俺の頭を兄貴が撫でた。


 ぐりぐりって。

 いつもみたいに乱暴に。


 いつもの笑顔で。



「後は俺に任せろ!」


 地面に膝をついた俺を置いて、兄貴は駆け出した。

 兄貴の背中に、迷いは見えなかった。


「やめっ……!」


 俺は兄貴を追いかけようと必死に体を動かした。


 俺の背中を聖女が抱きすくめる。

 震えた腕が腰に回された。


 それを振りほどく体力が、俺には残っていなかった。


 彼女と共に、兄貴の後ろ姿を目に焼き付ける。



 やめろ。


 なあ、……やめてくれよ。


 頼むからさ。


 お願いだよ、兄貴。


 お願いだからっ



 必殺技だけは、使うな……!!



 兄貴の体が、火がついたように赤くなった。

 俺の瞳から涙が流れる。

 地面に手をついて、爪をたてて砂を握りしめた。


 表示された兄貴の命(HP)は、どんどん削られていった。


 ビービーってさ。

 警告のアラートが鳴り響くんだよ。


 嫌だ。

 やめてくれ……


 逝くなよ……なあ、逝くなってっ!


 兄貴の死を告げる音を消したくて、俺は腹の底から叫んだ。



「兄貴いいぃぃぃぃぃ!!!」



 俺の慟哭が響いたのと、兄貴が必殺技をだしたのは、同時だった。





 ──────








 俺はずっと、無力だった。


 弟と仲間が、戦っているのに、見ているだけだったから。


 同じく戦えない読書家女子が「見ているだけって、結構、しんどいですね」と、呟いていた。


「そうだな。結構、辛い」


 その会話は、二人だけの秘密だ。


 弟はああゆう性格だし、二歳年上の聖女は姉さんみたいな存在だし、魔術師は……まあ……その……まっすぐな奴なんだ。


 もし、辛いと言ったら、一晩中、こんこんと三人から文句を言われるだろう。


 お説教が嫌なわけじゃないが、辛そうな顔をされるのは嫌だ。


 だから、俺は戦える力を持ちながらも、ずっと後方に控えていた。



 みんなの気持ちは、分かっている。

 俺を死なせたくない気持ちは、痛いほど伝わってきた。

 祈りのようなそれに、胸がしめつけられたものだ。



 だけど、俺もパーティの一員だ。

 仲間を、守りたい。


 俺の持てる力を全てを注いで、あいつらを守りたい。


 あいつらの未来を奪う敵が、俺は憎い。



 だから、必殺技をだすのに躊躇いはなかった。


 覚悟は、必殺技が使えると知らされた六歳のときに、できていたんだ。


 子供の頃は、内からあふれだす魔力を制御できなくて、俺は高熱をだして、よく寝込んでいた。


 ──にーちゃん、大丈夫か? おれが代わってあげたい……おれなら、体強いし、寝込まないのに……


 弟は俺を見て、よくそんなことを言っていた。

 優しいんだ、弟は。

 いつも誰かの為に、体を張っている。


 だから、俺は。

 必殺技が俺でよかったと思っている。


 例え、ここで散ろうとも、俺はあいつらの未来を守る。



 魔力を腹で練り上げろ。

 充分に高めて、一発でけりをつけるんだ。


 俺が駆け寄ると、魔王は顔をひきつらせた。

 闘気に気圧されているのか、体が後ろに下がっていた。


 ──逃がすか。


 俺は足の速度を早めた。


「きみ、死んじゃうよ。いいの? いいの? 生きていれば、たのしいことだっていっぱい、経験できるんだよ? お嫁さんもらって、家族をもって、笑う未来がきみにはあるんだよ? それなのに、死んじゃうの?」


 声を上ずらせながら、魔王が話しかけてくる。

 俺は駆け寄る速度を落とさなかった。


「──ひっ。きみが必殺技を使わなければ、わたしは大人しくするよ。ほら、そうすれば、きみは弟と帰れるよ? 生きて帰りたいだろう?」


 俺は大地を踏みしめ、怒りを声にのせる。


「黙れ。お前ごときが、俺を語るな」


 拳を握りしめ、練り上げた魔力を最大限に高める。


「お前を倒す。俺たちは、勇者だ」


 拳に火がついて燃え盛った。


 殴るとき思ったのは、弟のことだった。


 俺はお前と兄弟でよかった。

 だから。

 胸を張って、精一杯、生きてくれ。


 弟は死なせない──


「俺はブラコンだあああっ!」


 必殺技が魔王の顔面にめり込む。

 断末魔が響き、魔王の体が白く発光する。



 このまま砕け散れ。


 お前は、

 ここで、

 跡形もなく消えろ。


「おおおおおおおおおおッ!」


 バキンと──何かが割れる音がした。


 魔王を倒したという確かな手応えがあった。


 ぼろぼろの砂になって、魔王は消えた。


 達成感が全身に広がり、俺は顔をあげた。

 雲ひとつない青空が見えた。

 いい空だな。


 肺を震わせながら、俺は、ひとつ、呼吸をした。


 清々しい空気で満たされいると、体が硬直を始めた。


 石化が始まったんだな。


 でも、それがなんだというのだろう。



「やったぞ!」


 笑顔で振り返る。


 俺は満足だ。

 満足な人生だったよ。



 だから、みんな、そんなに泣くな。



 バキンと折れた足を気にすることなく、俺は仲間の元に向かう。



 頑張ってきたお前たちに、多くの幸あらんことを。



 祈りを込めて。


 弟と、仲間に、笑顔をむけた。









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― 新着の感想 ―
[一言] うぉぉぉぉ!なんと熱い戦いっ! お兄ちゃんサイドが読めて、良かったです……! 兄貴ぃぃぃぃぃ!!!(号泣)
[一言] うわあああああんっ。 泣いてまうがなぁっ。  「──イギャアアウオワア!!」とかっていう ドラゴンの咆哮に、おぉぉ、スゴイ表現っ、とか、 「読書家女子」とかに気を取られてる場合じゃなかった…
[良い点] 戦闘シーン、臨場感と緊迫感があってドキドキしました! 結末を知っているだけに、弟勇者を筆頭にパーティーメンバーが必死に戦う姿が、読んでて切なくて……。 こんなにこんなに頑張ったのに、そ…
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