衝突
遂にルーラとぶつかることに成ってしまったクリストファーだったが、そうなってみて初めて、自分が何を欲していたかを知る。
抵抗するルーラを引き摺って、北の執務室へとやって来た。
「ハンナ!申し訳ない!少々の間この部屋を拝借する!カーライツ伯爵が戻られたら教えて!」
もがくルーラを掴んだまま叫ぶ俺に、アレンの叔父貴の秘書で有るハンナが、呆然としてただ頷く。
父様の秘書で有ったルイザ首席次官同様、叔父貴の秘書で有ったエドナ次官を引き継いで、この9月から着任したばかりだった。
「君は全く!!私に迷惑をかけないと約束の上で、ここへやって来たのを忘れたのか?!」
「忘れて等居りません。私が何時貴方にご迷惑をお掛けしまして?!」
「こうして騒ぎを起こしておいてか?!父様に…オルデンブルク公に直訴するとはどう言う事だ?!」
「ですから、貴方にご迷惑をお掛けした覚えは無いと言っているでしょう?!私の行動は貴方が咎められる性質の物では無いんですもの」
正論に不意を突かれて、余計にかっとなってしまった。
「場所柄もわきまえず、騒ぎを起こす子供を、省の中に引き入れてしまった事が、俺の落ち度に成るだろうが?!」
怒鳴る俺にシュンとなることはおろか、真っ向から睨みつけ断固とした態度で反論に及んだ。
「公の場所でご自分のことを、俺と仰る貴方も充分子供だと思いますけれど?!私はカーライツの後継として、公爵にお願いに上がっただけです!」
年半分の子供に、同等だと断言されて、頭に血が昇った俺を笑ってくれ!
でも、その時はそれが自分の焦りが言わせていることに気が付いていなかった。
「未だ8つなんだからと言われたろう?!今は君自身の準備に専念していれば良いんだ!!」
「私はカーライツの継子だと言ったでしょう?リント伯爵!!貴方に指図されるいわれは無いわよっ!!」
大声に秘書室から再び顔を覗かせたハンナが、俺とルーラの剣幕にたじろいで硬直している。
その姿を目の端で捕らえていたものの、勢い付いた俺は止まらなかった。
「いい加減にしろ!大学を出てから出直せと言っているだろうがっ!!」
涙をためた顔を真っ赤にしたルーラが、何事か叫ぼうとしたところへ、彼女へ向けて叱責がとんだ。
「ルーラ・シオン!止めなさい」
「だって!おじさ…」
「父の顔に泥を塗るつもりか?!君が言った、カーライツの継子とは私の娘としての言動なのだろう?!」
叱責に、溜めていた涙をぽろぽろと零し、それでも彼女は唇を噛んでそれ以上泣かなかった。
「失礼を致し…申し訳ございませんでした」
深々と礼をとって謝罪されて、その時になって自分が何に腹を立てて居たかを悟った。
「クリストファー、俺からも…」
アレンの叔父貴にも重ねて詫びを言われかけて、居たたまれなくなった。
「いいえ…ルーラじゃ無い…私こそ、失礼を致しました。お二方に謝罪申し上げる」
それだけを漸く口にして、北の執務室を逃げ出した。
ルーラ・シオンに…彼女に腹を立てて居たのでは無く、その額に、自分には無い『印』を見て、嫉妬したんだ…
…なんて情け無い…己の不甲斐なさを、あんな小さい子にぶつけて…
こんな体たらくだから、父様にリントを継げと言われるんだ。
オルデンブルクの…跡をとることを許して貰えない。
…いいや…その資格も、力量も無いんだ…
気が付けば、1階のエントランスの近くまで降りて来ていた。俺はこのまま、仕事さえも放り出して逃げ出す積もりだったのか?!
とにかく、近くのサニタリーへ飛び込んで、涙でぐしょ濡れになった顔を洗った。
冷たい水が火照った顔を洗う度に、情け無さに涙が出てきてしまった。
俺は如何すれば良いんだ?!
お読み頂き有難うございました!
小さかったクリストファーが大学生に成って、次代を担う柱に成長する過程を書いております。一寸源氏物語の型を踏んでいるつもりなんですが…今少しお付き合い下さいませ!