姪っ子
何かの意図を持って、務めを果たそうと躍起になる姪っ子に当惑するものの、彼女を通じて、自分の真意に思い至る。
久し振りに登省した南の執務室には、次官に昇格させたルイザの代わりに、今年ソルボンヌを出たばかりの秘書が着任していた。
少しずつ仕事のコツを飲み込みつつ有って、私と、息子のクリストファー・リント伯爵が変則的に登省するシステムにも馴染んできていた。
今日もそうだったのだが、当日のスケジュールを確認に来るのにも、前任者のルイザに習って、朝のお茶を携えてやってくるまでになっていた。
その秘書が、ついさっき閉じたドアを、慌ただしいノックと、応えを待ち兼ねたようにして入ってきたのだ。
「失礼いたします!あのっ…申し訳ありません。アポイントをお取りで無い方がボスへの御面会をご希望で…」
「アデール、慌てなくとも良いよ。何方かな?!」
「姪御様で…プリンセス・ルーラ・シオン様…王女様ですっ!!」
示された名刺を試しすがめつしていたが、最後は叫んだ。
仕えている上司が何者で有ったのかを今、発見して驚いているのだったが、私からすれば、省の職員が、単なる職場とだけ思うほどに、機構として充実してきているのだと実感する機会となった。
「良いよ。お通しして」
ドギマギとどういった顔で居るべきかを迷っている心情を載せたまま、少し眉を顰めて、彼女は一旦秘書室へ通じるドアを閉めた。
「ルーラ・シオン様をご案内致しました」
「有難う。アデール」
若い女の子の好奇心を顔に載せたまま、それでも職務を自覚し直した彼女は、お辞儀をしてドアを閉じた。
彼女を見送っていた姪っ子は、私に笑顔を向けて口を開いた。
「アウルの叔父様!ご機嫌よう」
「ルーラ。久し振りだね。内務省へとは珍しい」
「リント伯爵に無理を言ってお連れ頂きましたの。将来伺う所を拝見したかったので」
「だってね。じゃあ、君の目標に引き合わせよう」
「私の目標?!ですの?!」
ドアの向こうで、アデールが聞き耳を立てていることだろう。案の定、インターフォンで呼び出すと、直ちに応えが返った。
「アデール。ルイザの手が空いたら此方へ」
「畏まりました」
間もなく、自分を引き継いだ後任に案内を得て現れた私の次官は、第一子を出産して、最近職場復帰したばかりだった。
休暇に入る前より更にシェイプされたかと思わせる完璧な肢体を、以前より少し柔らかな色合いに変えたスーツに包んで現れた彼女は、変わらない笑みを湛えて会釈の顔を上げた。
「ルーラ。内務省首席次官のルイザ・クシュナーだ。貴女がここへ入省の頃には、直属の上司に成られる方だよ」
「ご機嫌よう。ルーラ姫。ようこそ内務省へ。将来此方をお望み頂けて恐縮致しております」
艶然と微笑む未来の自分に、少し気圧されて、ルーラの瞳がルイザに魅入っていた。
「…ご機嫌よう。ミス?!ルイザ」
「ミセスとおよび下さいな」
「結婚してらっしゃるの?!」
「最近、母と成られて、復帰なさったばかりだ」
「まぁ!凄い」
嬉々として目を輝かせて、矢継ぎ早に質問を浴びせる様子に、彼女もまた、何かしらの理不尽を抱えているのだと判った。
「手数をかけて申し訳ないが、少し相手をしてやってくれませんか?!次代を担う1人なので」
「承知致しました。参りましょう、ルーラ姫。省の中をご案内致します」
彼女等が出て行って暫くして、幾つかの書類を片付け、もう、随分な時間が経ったが…と、思った次の瞬間、アデールの制止の声に続いて、おざなりともとれる慌ただしいノックと共に、ドアが空いた。
「失礼致しますっ!!」
「ルーラ、行儀が悪いぞ」
「叔父様っ!!エステサロンやりましょうっ!!」
「えすて…」
勢いにたじろいでいる間に、ルーラの手がぴとっと頬に付けられて、スリスリと撫でさする。キャパシティが崩壊した。
「ほらっ!ステキにすべすべ!」
「?!…!!」
両手を私の頬に置いたまま、スウッと息を吸い込んで、ふんふんと鼻を蠢かせる。
「とっても良い匂い。これってロズィエ・ドレス?!」
「春の王」
「ええ?!だって…」
「落ち着きなさい、ルーラ。なんの話をしている?!」
そこへ彼女を追って、開け放されたままのドアから、クリストファーと、ルイザが、息を弾ませて部屋へ入ってきた。
「ルーラ!!」
「…待って…」
ルーラの足が早すぎるのか…自分を見ている様で気が滅入る…
相変わらず捲し立てるように、見解を言い募るのを聞いていると、漸く全体の話が見えてきた。
要するに、クリストファーが既に省での位置を決めているのが不満で、自己アピールしているようなのだ。
倍も年上のクリスをライバル視する辺りが、彼女の抱えるジレンマらしい。
「要は、ローズオイルを躰の内と外から効果的に使うフェイシャル・コースを、ブライダルエステに組み込め…と、言うことかね?!」
ルーラの顔が歓喜に輝き、クリスが今後を思い遣って天を仰ぎ、遅れてやって来たアレンが、面白そうに笑う。
私はと言うと、とんでもない姪っ子に辟易としていた。
「リント伯爵の初仕事が、シャトー・ホテルのグランドオープンのイベントだと伺ったわ。私なら、愉しいことが10程は無くちゃって思うわ」
「10…か」
未だ8歳とは言え、心身共に大人びた女の子で、ホテルの期待するリゾート客の対応年齢には、この中では一番近い。
「そう!だって幾つかじゃあ、次に来る楽しみが無くなっちゃうもの!その1つとして、叔父様にはぜひ、キャラクターに成って頂く必要が有るのよ」
「私が?!キャラクター?!」
くそ!アレンが笑いを堪えてやがる。
「そうよ!お父様と双子だなんて到底思えないわ。お父様だって同級生のお父様方と比べてもずっとお若いのに」
「これはもう、ローズ・オイルのお掛けだと思うんです!」
たじろぐほどの積極性に半ば目眩がするようだった。
「ルーラ。君はとんでもないな」
「じゃあっ…」
捲し立てかけたのを睨んで留め、やる気で溢れすぎのじゃじゃ馬を抑えるために、言を募った。
「リント伯爵が実績を残すことが危うくなった時には、考慮の範囲に入れておく。加えて、その時には、君の入省が期待できると言う事実が有っての上でだ」
そう言って、少し厳しい視線で見据えても、彼女の精神がたじろぐ気配が無い。
「…仕方ないわ。承知致しました」
ふ…と、一応の成果を得て、今に成って王家の姫に立ち戻る。
「ご機嫌よう。叔父様方」
私とアレンに手を振りながら、クリスとルイザに引き摺られるようにして部屋を後にした。
溜息を付いた私に、アレンが笑う。
「私はあんなか?!」
「現れ方は全く違いますが、似ていますね」
兄の娘で有る彼女が、双子の弟で有る私に似通っていても、なんの不思議も不都合も無いが、一筋縄ではいかぬ性向までもが似通っているのは厄介な話だと溜息が出た。
横で面白そうに笑ってばかり居るこいつが、自分の後継者として決めている事実が有る上は、手綱を取らざるを得ないからだ。
「私をキャラクターだと。センスの無さも似ているようだな」
「センスが無いのでは無くて、必要が無かった為に、発想が無いんです」
「それに、あの子は見なければならないところは見ていますよ。きちんと磨けば貴方が衆目を集める事は間違い有りません。でも、俺は反対です」
「?!」
「切り売りはしない」
「…ぅ」
「プロの手で磨けば、俺だけが知っている貴方が表に出てしまう。だから…NOです」
聞いているだけで恥ずかしくなる。
「…お前さ…」
「ピンクゴールドと真珠で創られたように成るのを知っていますか?!」
「ピンクゴールドと真珠?!」
「俺でイッた後のあなたが」
「殴るぞ、馬鹿っ」
「だから、そう言う所も似てるんですって」
「何がだ?!///////」
「性格もだけれど容貌もそっくりで、とても綺麗だし、妙齢に成れば絶世の美姫に成りますよ。自分以外への認識はしっかり有るのに、己には向かない。彼女の中の何かが自己評価を貶めている」
「そこがあの子の美点で有り、弱点だ。貴方によく似ている」
はぁ…驚いた。なんだこいつ、いつの間に私を客観視するように成っていたんだ?!
「なるほどな。じゃあ、上手く育ててやるんだな、パパ。イライザ宜しく」
「ヒギンスは俺では無く、クリスに」
「お前…策士だな?!」
「俺は実の叔父で、あれは養女ですし」
「嫁には出来ないしな」
「論外です。俺に他に目をやる気はありません。嫉妬させるなと泣いた癖に。何を言っているんでしょうね?!」
「///////」
お読み頂き有難うございました!
何時もよりも登場人物が多くて、話も長くて間延びがちになってしまっているのかな、不安が過ります。今少しお付き合い下さいませ!