ルーラ姫
『ルーラ姫』に望まれるのはらしい女の子。『私』が、何を考えていようと、何を感じていようと関係ない。
そう、では無い『私』はどうすれば良いんだろう?!
「ルーラ・シオン。お顔を何とかなさいまし。お爺様、お祖母様がご心配なさいましょう?!」
「お目に掛かる迄にはちゃんとして居てよ。ミス・ヴォルフ」
「ご機嫌をお直しなさいまし」
「叔父様の跡目を継がれる事がお気に召しませんか?!」
「叔父様の事とか、カーライツの事とかを気にかけているのでは無いわ」
「では何が?!」
「男と女の事よ」
「ひ…姫様?!」
「あら。単に性別の話よ」
余りにもわたわたと慌てすぎて、携えていたタルトの箱を落としそうに成ったのを支えてやると、私達姉妹の家庭教師であるミス・ヴォルフが、ほっとしたように、優しげな眉を更に下げて、礼を言いました。
可愛いわよねぇ…10より上のこの人でもこんなに可愛いのに、私と来たら…
双子で産まれて、遺伝子的には全く同じで有るにも関わらず、姉のローラ・ヴィオレとは性格が全く違う。可愛くないのよ。
こんな嫌な性格にうんざりしている時に限って、度々言われるのが『公に生き写し』でした。公とは、オルデンブルク公爵コンスタンツ・アウロォラと言い、父の双子の弟で、『碧の貴公子』と異名をとる政界の切れ者です。
『生き写し』とは褒め言葉なのです。
先ずは見た目が似ていると言うの。
確かに淡い金髪、碧の瞳。面差しも似ているんです。
王宮に有る、お父様の、8歳の立太子の記念に描かれた肖像に。
でも、本当の所は、幼い頃にご両親を亡くされて、6歳でオルデンブルク公爵家の事実上の当主と成られた事が、双子で産まれて、現在8歳の私に重なっているだけなんじゃ無いのかしら?
アウルの叔父様に聞いて頂けば、答えが出るのかしら?!とも思えないわ。
だって、あの方男性だし…私に使われる場合は褒め言葉とは思えないのよ。可愛げの無い女って言われてる気がする。
「ルーラ・シオン」
「きゃ~悪口じゃありませんの!ご免なさい!!」
「え?!何が?!」
アウルの叔父様がおいでなのを知らなくて…じゃ無かった!クリストファー・ハインリヒ!
「ご…ご機嫌よう。リント伯爵」
「お久しぶり。ルーラ姫」
「姫は止めて下さいとお願いしませんでした?!」
「そうだった?!それは、申し訳ない。今日は?!お爺様孝行にいらしたの?!」
「何時までもお菓子をねだる子供じゃ有りません!!」
つい言うと、ぷっと吹き出されてしまいました。だからこの方苦手なのよ!!
叔父様の息子だもの。そっくりな声で間違えちゃったじゃ無い!!
「アレンの叔父様をお訪ねなの?!」
「ええ。修行中の身です」
「姫様」
タイミング悪くミス・ヴォルフが私を呼びにやって来たました。姫と呼ぶなと言っておきながら、変わらず呼ばれているのを知られてしまった。
これでは単なる嫌がらせじゃない?!
「お爺様がお呼びのようですね。では、また」
「はい。ご機嫌よう」
恥ずかしくて赤くなった顔を見られたくなくて、ふいと回れ右をすると、彼に会釈をするミス・ヴォルフを放って、さっさとお爺様のお部屋を目指して歩き始めました。
廊下に出ようとする私と、入れ替わりに、母の弟であるアレン叔父がやって来るのに出くわしました。
「やぁ。ルーラ姫。ご機嫌よう。良くおいでだね、父が待ちかねているよ」
う~ん…この叔父様のお顔を拝見する度に、幼年学校の友人の言葉を思い出します。「ルーラの叔父様のような殿方を、『美丈夫』って言うのよ」
アレンの叔父様は姉で有る王妃の供をして、行事のために私達姉妹の通う学校を訪れていました。
警護の者を連れて仰々しくしたくないという母の気持ちを受けて、SPの代わりに叔父様が付いてみえて居たのですが…騒ぎに成る事は避けられなかったのです。
彼女の評価によると、背が高くて、スーツが似合う良いスタイルで、顔だってハンサムの代名詞みたいなブロンドに、蒼い目ってもう最高!だそうで。
でもね、今はこうでも、小さい頃は女の子の母よりも、女の子女の子して見えたんですってよ!!
「ご機嫌よう叔父様」
「お後をお引き受けせよと申しつけられました。何れ大学を…オックスフォードかソルボンヌを出てきたら、内務省へ入れて下さる?!」
問答無用で他家へ遣られてしまう事が納得できなくて、昨夜、沸々と悩んだ末を、思い切って口に出してしまいました。
「ルーラ?!」
「だって、私はカーライツの首長に成るのでしょう?!」
「あ…う、うん。でも、ほら、ルーラはまだ8つなんだし…」
「9月から聖アルバートに上がりますもの、準備が要るわ!叔父様も、クリストファーもスキップして16で大学へ入って、19で入省するのよね?!」
「なぁに?!女の子だからお婿さんに任せれば良いって仰るの?!」
「いや…そんな事は…君がそう言うなら」
美丈夫の叔父を少しへこませて、溜飲を下げたと思ったのに、気が付いたらリント伯爵のクリストファーに見られていて、くす…と、笑われたのを見てしまった!
やっぱり私の黒猫だわ。この方!
ぷいと、方向を変えて歩き出したというのに、ミス・ヴォルフは後を振り返り振り返りして、ぽ~っとしてるの。
「どちらも、いつお目に掛かっても気がひけてしまいますわ。カーライツ伯爵も、リント伯爵も」
「リント伯爵…クリストファーも?!」
「ええ。お父様のオルデンブルク公爵の元を離れられ、お母様のリント伯爵家をお継ぎになって、一回り逞しくおなりのようですわ」
そう…婚姻の内では無いというハンデを負いながらも、お母様の遺志を継ぐために、お父様の庇護の元を16歳で離れざるを得なかった彼からすれば、呼び名が変わると言うだけの事に、これ程煩わされている私の事を笑わざるを得ないでしょう
お読み頂き有難うございました!
今回は少し長くて、登場人物が多いので、物凄くまどろっこしい始まりになってしまいました。
どうぞ最後まで宜しくお願い致します!