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コールネーム   作者: みすみいく
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 洗礼

 国の方向を変える為に、迅速に事を進める必要が有って、まだ、大学に入学が決まったばかりのクリストファーにも、重大な役を振らなければならなくなっていた。

 彼にとっても、逃れることの出来ない生来の役目で有った為に、恐れながらも踏み留まるほか無いのだった。

 16の誕生日を境に、オックスフォードへの進学も決まり、何より、呼び名が変わる事になった。と、言っても、これが初めてでは無く、産まれたときから、幼年学校を出るまでは、メルダース。次はオルデンブルク。そして、16に成った春からは、リント伯爵と呼ばれるようになった。


 まだ学生の身で、シェネリンデというこの国を、カーライツ伯爵と共に2分して支配していた家を掌握しなければならなくなった。

 幾ら正当な後継者であり、当代の曾祖父から正式に継承されたと言っても、リントの一族から見れば、所詮、自分達の既得権益を奪った者の息子で有り、何れ、2つの名前を重ねて吸収してしまう首長で有る事実には変わりが無かった。


 「何も難しく考える必要は無い。お前が関わる前から変化は既に始まって居たのだ。私の血を引くお前が、リント伯爵として内務省の次席に座れば、新体制の中に一族の活路が有ると納得するだろう?!」


 笑いながら、事も無げにオルデンブルク公爵で有る父が、言う。


 僅か9歳で設けた俺と並ぶと、兄弟で有るという方が相応しい。だが、5月までは24歳という若さで有りながら、職歴は既に18年にも及び、10代の頃から『碧の貴公子』と異名をとる気鋭の政治家だった。


 1種の貫禄と威厳を備えたこの国の重鎮である者に、いきなり代われと言われても勤まるわけが無い。


 「次席に俺が?!じゃあ、アレンが抜けるの?!それとも…まさか父様が?!そんな事!!俺には無理です!!」

 「父上と呼ぶんだ。クリス。判っているのだろうが、公の場では自分の事は私と。社会の決まり事を踏襲しない者は低い評価に甘んじなければならないからな」

 「19で大学を出て来るまでは、試用期間だと思えば良い。心配するな。アレンが維持する。悪いが、お前にしか出来ない事で、お前がやるべき事なんだ」

 「一族の安寧の為?!」

 「リント伯爵家を治めねばならない。粛正を持ってすれば国が疲弊する。第1は母の遺志だ。私には出来ない」


 思わず息を呑んだ。

 俺は事ここに至って、漸く自分の産まれてきた位置と、意味というものを目の当たりにした。

 父が時折口にする『私はこういう者に生まれついた』という言葉の意味を、今、理解した。


 「私は6歳で今のお前と同じ職に就いた。その事を思えば、お前の失態など何と言うほども無い。それに…この国のこれからの鍵は、お前でも私でもない、アレンだからな」

 「え?!それって…」

 「じきわかる」


 父に言われた、そのままを、どう考えれば良いのだろうかと、一族の掌握を習うべく、ついて貰っているアレン叔父に聞いてみた。

 オルデンブルクは公爵家で、元々王家の後宮の様な機能を持った家だった。分家の様なと言えば理解しやすい。

 俺が継ぐリント伯爵家は、独自の自治領を持って王家に仕える家なので、公家に生まれ育った父では無く、アレン叔父に学ぶしか方法が無いのだった。


 「成る程な。アウルやお前は王族だからな。王を差し置いては下せない決断が有ると言う意味だろう」

 「詳しくは教えて貰えませんでした」

 「アウルで有るから感じる必要だな」

 「俺は知らない方が良いんですか?!」

 「直判ると言われたんだろう?!」

 「王政を廃止する心積なんでしょうか?!」

 「そう言って終えば、アウルは反逆の汚名を着る事に成る」

 「そんなの!有る訳が無い!!」


 その昔、俺の母で有ったリント伯爵令嬢ロザリンドと、叔父貴の姉、カーライツ伯爵令嬢ゾフィーとが、先王により、権力の偏りを正す政策として、何方かが王家を引き継ぐオルデンブルクの双子の婚約者と定められた。

 先王のご意向は父をこそ跡目にであったが、兄を差し置く訳にはいかないと、王太子の地位を辞してしまった。

 王家の外戚を目論んでいたリント伯爵によって、王の崩御の後、婚約は破棄され、母はフランスへ追いやられ、父は曾祖父の差し向けた懐柔者に抵抗して、傷を負ってしまった。

 10にも満たない子供に、命に関わる傷を負わせ、療養所と言う牢獄に傀儡とするために隔離したのだ。

 国家権力と言うものにどれ程の価値が有れば、人を物のように扱う事が許されるのだろう?!それが、実の曾祖父の所業だった事実に慄然とさせられた。

 この事情を承知している俺ですら、反逆を危惧するのだから、他の誰もが疑惑を抱いたとしても無理は無いのだ。


 「もちろん。王の権利を制限し、責務を軽くする…と言う事だよ。国の体制を王命で左右する事が出来る内は、王は国と運命を共にし、関わる人々は己の人生等持てはしない」

 「アウルはおろか、お前の人生も、自身のもので有る前に国家のものだ」

 「王位を掛けた恋などは、存在してはならないのだ。責務を果たさぬ権利など無いからな」

 「ただし、一時に総てを変えてしまっては、変化について行けない者も多く出て来る。価値観が180度変わる事に、人はなかなか順応出来ないものだ」

 「王政を廃止するのでは無く、王権の一部を国民と議会に移譲する?!」

 「王の象徴化だな」


 …だから、(悪いが)なんだ。

 移譲が叶うまでは、俺にも自分の人生を生きる事は諦めろと言う事だった。

 だから、すべき事なんだ。


 「有難う御座いました。何とか理解できたよ」

 「お前は凄いな、クリス。対処の仕方がアウルに良く似てきた」


 そうだろうか?!

 何も無い所から、ここまでこぎつけた父と違って、段取りとサポートの上に立っている俺では、次元が違う気がしたからだ。


 見られて居ると気が付いて、思惑から戻って上げた視線の先に、和やかな叔父貴の顔が有った。


 「それで良いんだ。お前の為にも、急ぐ積もりだ。俺も、アウルも」

 「はい」


 涙が出そうになった。

 俺は彼等ほど強くなれるのだろうか?

 お読み頂き有難うございました!

 自分で書きながら、何処まで行くんだろうと、少々前途に不安を覚える次第です。

 もう暫くお付き合い下さいませ!

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