プロポーズ
一人で立とうと躍起に成っていたクリストファーが、身近な人達の存在に振り返る。
邪険に振り払うようにして内務省に戻ってきたのは、何も急ぐ仕事が有ってのことでは無い。
修復の必要は有るものの、あれ程手ひどい扱いをして置いて、どんな顔で今更頼みごとが出来るというのだ?!
途方にくれて、他に為す術も無い俺が逃げ帰って来ただけだった。
「リュポン様がお見えでございます」
アデールの声に、もう観念しなければと、更にため息が出た。
「どうぞ」
そうだった!もう一つ…
「オルデンブルク公爵の元へとお伴申して参りました。本日は公邸にてお過ごしに成り、明日、ローゼンブルク・リゾートへご一緒下さる旨承ってございます」
「判りました、有難う。レオノール。父に直接会ってきたんですか?!」
言うと彼の面に怪訝が過る。
「はい。お目に掛かって参りました」
「気付か無いことで悪いことをしてしまった。他の者をやっても良かったものを」
父との間に微妙な軋轢が有ると知っていながら、我が身の思いで手一杯で、彼で無くとも良い仕事をさせるとは、無神経にも程が有る。
「この国に有って、執事としてお仕えしている間は、私に対して公と私を分けて頂かなくとも宜しいですよ?!」
言われて、はたと気が付いた。
もの言いを変えていたのか…
「…いや。分けていたつもりは無かったのですよ。父が貴方の娘分だと言うことは、俺は孫に当たる訳でしょう?!単に切り替わって居たようです」
照れくささも手伝って、言い捨てるように言って終ってから、もう一つ溜息が出た。
だが、意外にも、執事の顔には驚きが浮かび、次いで、柔らかな微笑みが現れた。
「お父上が稀有で有られると思う所は、思考と手法が本物だと言う事ですよ」
「こうあるべきと思って成されるのでは無くて、真実そう有るのです」
「貴方は今正に同じ様に振る舞われた」
「紛れもなく『継ぐ者』で有られる」
本質が信頼に値すると思える人からの賛辞に、気がひけながらも、安堵に、気を張っていなければ、みっともなくも涙が出そうになった。
「お父上の御出来にならない次の段階へと、歩を進める方です」
「助けてくれるか?!」
「もとより」
底の知れない。頼もしい執事の断言に、信じ難い心地がしていた。
「それに…今回の私への抜擢は、お父上の私の伴侶へのお気遣いでも有るのです」
「闇へ沈まざるを得なくなっていた私を、伴侶は殊の外案じてくれておりました。それ故、私を掬い上げて下さったのです。結果、思いも寄らぬ心痛を蒙られてしまったのですが…」
「俺のために犠牲を払ってくれたと言うことですか?!」
「お父上と私とで申せば、お互い様と言えなくも無いのです」
「お…お互い様?!」
「これ以上は、私の一存では申し上げられません」
うわ~未だ、とてつもない過去が有るみたいだ…何やってきたんだか。
今更と言えなくも無いか…
「当面の問題だけを考えることにしない?!ルーラに話をすると、マリーエに約束したんだ。謝罪を受けて貰う必要が有る」
「はい。ルーラ姫にお会いに成らなければ。王宮へおいでになりますか?!」
「カーライツの家に居てくれないかなぁ」
僅かの望みを掛けて、北の執務室に出ていたカーライツの叔父貴に尋ねた。
「ルーラ?!何だか、学校行事とかで、この所寄り付かないが?!」
「え~と、幼年学校?!」
「いや、この9月で聖アルバートに上がったから。何だ?!プロポーズ?!」
「…なっ…仕事ですっ!!」
アレンの叔父貴に冷やかされて、余計に気が重くなった。が、他に術は無い!
その異様な光景に遭遇したのは、聖アルバート女学院の門に続く沿道に近づいた時だった。
?!?!?!
正門へと向かう沿道の両側に、延々と続く車列?!
「なっ…何だこれ?!」
黒塗りの送迎の車然としたものが多いのは確かだが、間には若い男の乗ったスポーツタイプの車も混じっている。
「女の子の環境って、男とは全く違うんだな…」
ルーラが突っ張る訳だと、今更に、どれ程彼女を傷付けたのかと、溜息が出た。
「車寄せまで参りましょう。此方は、デートの申し込みに来たわけでは有りませんし」
「やっぱり彼女待ちなの?!この列は?!」
「パブリックの女子校ですからね。婚約者と言う場合も有り得ますが」
「成る程。でも、登録者でないと取り次いで貰えないんじゃ…」
「ご自分が何者か自覚なさって下さい」
「え?!そうなの?!あ!従兄弟だから良いのか?!」
「そうじゃ無くて…」
「あ!出て来た!ルーラ!」
咄嗟に、手にしていた花束を掴んだまま、学生達の真ん中へ飛び出しかけた俺を、執事が辛うじて止めてくれた。
「そんなもの持って!本当にプロポーズになってしまいますよ!」
「えっ?!あっ!!ヤバい」
後ろ手に隠した花束を、そっと車にしまってくれながら、リュポンが溜め息を付く。
男子校で有る聖グラヴゼルと同様、女子教育を専門とする目的で創設された聖アルバートは、9月を迎えて、新しい活気に充ちていた。
瀟洒な鉄柵を巡らせた広大なエントランスを、ローウェストのセーラーカラーと言う、古風な制服に身を包んだ9歳から18歳迄の女学生達が、授業を終えて三々五々、帰路に就くもの、ラケットや楽器を手に、クラブ活動に備える者と、それぞれの目的に向かう姿が有った。
その中に有っても、真新しい制服がこの9月、入学し立ての一年生を際立たせている。少女へと移行したばかりの一際賑やかな一団が車列に向かってやって来ていた。
その中の1人が、此方に気付いて、足早に近づいて来て、微笑を乗せた声を掛けた。
「ご機嫌よう、リント伯爵。聖アルバートへ何て、どうなさったの?!」
「ご機嫌よう。ローラ・ヴィオレ。お久しぶりですね?!」
「生誕祝日以来かしら?!ね?!ルーラ?!」
王家の双子姫。
やっぱり迫力有るなぁ…
「ご機嫌よう。リント伯爵」
予想通り、ルーラの表情は微妙だった。
踏ん張るんだ!
「謝りに来たんだ。内務省での事、本当に申し訳なかった!この通りだ」
「少し時間を貰えないかな?!」
ちろ…と、俺を見たかと思うと、素っ気ない言いようで言った。
「宜しくてよ」
隣で聞いていたローラがひとつ頷くと、此方へ手を振りながら言う。
「私は先に帰っているわね。では、ご機嫌よう、リント伯爵」
「ご機嫌よう。ローラ姫」
ローラに別れを告げて、車へと向かい、リュポンがドアを開いてルーラを迎え入れようとした時だった。
それまで、周りで見守っていた女の子達の1人が、ルーラに声を掛けてきた。
「ねねね!ルーラ!その方何方?!」
一番乗りの子を皮切りに、後は、黄色い声の洪水が起こった。
「リント伯爵って呼んでらしたわ!」
「この前の叔父様じゃ無いじゃ無い!!」
「今度の方もステキ」
「お父様と同じ目の色よ!」
「お兄様は…いらっしゃらないわよね」
「ル~ラ~?!」
際限なく続くかと思った洪水を、ルーラのひと言が切って捨てた!
「フィアンセよ!」
呆然と固まる周りを気にも留めずに、さっさと乗り込み、呆気にとられて居た俺の手を引いてドアを閉じた。
ゆっくりと滑り出す車の外で、女の子達が楽しそうに騒いでいる。
「取り敢えず、家に向かって頂いて良いかしら?!」
ケロリとした顔で言われると、全面降伏するしか無かった。
お読み頂き有難うございました!
時代は確実に移っていって居ます。この話も行きつ戻りつしながら少しずつ前に進んで行きますので、宜しくお願い致します!




