綾乃
順調に段階を踏んできていた計画に、暗雲が兆したかのような事態が起こった。最後まで残っていたしこりのような、解決されない問題が掘り起こされる切っ掛けになってしまうのだろうか?!
クリストファーの執事の選定が決着を見たことで、ローゼンブルク・ホテル&リゾートの計画も前進を見た。
彼の執事として招聘したレオノール・リュポンは同時に、究極のサービスを提供するプロフェッショナルとして、ホテルマネージメントの任に就かせる事も計画の一部だったのだ。
改修と並行して、半年前から現役のホテルマンによる新人研修という形で、何れ職を失う可能性の有る貴族の家々の使用人の中から、年齢の若い者、見目良きものを選りすぐって、訓練を続けさせていた。
王政がその主権を手放すことに成れば、統治者の権力の保持を主な仕事にしていた者達や、東の禄を食んでいた主人に仕えていた者は生業の術を失う。
彼等が主人に仕えていたそのままに、『王の居城を訪れた招待客』に仕えるべく…だった。
未だ本格的なサービスを行うには経験値の足らないスタッフを、審査の目を持ちながら試して貰うために、事業の関係者やスタッフの親族などが招待されていた。
だが、それとは全く別に、関係者とも言えなくも無い客が、フランスから訪れていた。東を統括する『黒の公爵』ラルフの娘エステルと、昨年誕生した一粒種のルイ。
エステルに伴われた錦木綾乃だった。
オープン前なら好都合と、少々強引にも、跡継ぎを儲けた総領娘が息抜きをしたいと言うから頼むと、待望の男子に手放しのラルフが、既に爺馬鹿の片鱗を覗かせながら、俺に直接依頼してきたのだ。
結局は人生の師であった彼に、ぞんざいな態度をとるわけにもいかず、自分の車で迎えに出向いた。
駅に降り立った彼女等を乗せて、見物も兼ねて市街を巡った。
「初めて伺ったのだけれど、駅から距離が有るのね?!私達は貴方のお迎えに預かったから良いものの、他の方はご自分でいらっしゃるのでしょう?!」
「ラルフ爺に直接依頼されて、俺が動かないわけにはいかないでしょう?!ルイも居るんだし」
「私のためでは無くて、ルイの安全の為よ。立派な爺馬鹿」
「エステル。叔父様がお気の毒だわ」
「良いのよ、綾乃。父様が大事なのは母様とルイだけなんだから」
「まぁ!そうなの?!」
何だろうなぁ…
切望の果ての成就というものが、人となりまで、見る影もない程に変えてしまうのだろうか?!
人の思いの凄まじさを見せ付けられた様だった。
「初めていらっしゃる方は、王宮とか薔薇園とか評判の施設を見物されながら此方へおいでなんでしょうね」
「私も、あちこち楽しみにしてきたところが有るのよ」
「街を巡る間に現世を離れ、王国の一員に成って頂くのですよ」
「移動手段は花馬車とか、カナル・ボートとか、路面電車なんかもあるんです。工房巡りをしながら歩いても良いし、市街の中にも点を結ぶようにホテルを置いてある」
「なる程…ほら、エステル。ディズニーリゾートの前のイクスピアリの様な設えよ。そうでしょう?!」
「その通り、ようこそ!キングダム・オブ・シェネリンデへ」
ラルフの変化が不可思議で理解し難かったんだ。
だったんだが、ホテルのエントランスに車を着けて、彼女等のエスコートをベルボーイに任せた俺は、チャイルドシートから抱き上げようとしたルイが、両手を差し出したのを見た途端、疑問の総てに合点がいってしまったのだ。
俺の感情がでは無い。
俺を手にしたときの父、ダグラス・カーライツの感情に思い至ってである。
フロントへ向かう間も、少々の感傷が、幼子の共感を呼んだものか、ルイは頗る機嫌良く俺に抱っこされていた。
手続きを済ませた母親が手を差し出してもプイとそっぽを向く。部屋へ向かいかけた一行を、フロントを預かる支配人がガーデン・テラスでのウェルカム・ティーの用意が有ると案内に立った。
エステルと供に訪れた綾乃は、アウルのオックスフォードでの恋人だった…じゃ無いか、情人と、彼女の従兄弟にあたる藤堂政直の事をそう呼ぶ。
俺の手前…と言うことかも知れなかったが、事実、彼とアウルは互いに目的を持った共犯者と言えなくも無かったからだった。とにもかくも、綾乃はアウルにも関わりの有る人だった。
加えて、アウルがこの、ローゼンブルク・リゾートの責任者として据えた彼の息子、クリストファーが、就学のためにオックスフォードへ戻って不在であった。その代理としてこの席を設え、同席していたのだった。
秋の陽が落ちるテラスのガーデンカウチで、アフタヌーンティーを間に、リゾートの話題で一時を過ごし、アウルが暇を告げて席を外そうとした。
その時、車の中とは違う静けさで、ただ、相づちだけに徹していた綾乃が、意を決したようにアウルの背中に声を掛けた。
「失礼ながら閣下にお訪ね致したいことがございますの」
振り返ったアウルには、驚きも不信さえも微塵も無かった。
「何だろう?!席を変えますか?!」
「はい。出来ますれば」
俺には為す術も無かった。
気をとられて、2人を目で追うしかない俺を、ルイの小さな手が額を打った。
ぺちっと紅葉のような手に叩かれて、我に返った。
「ルイ!駄目でしょ?!叔父様痛いわよ!ごめんなさい」
「そんなの…綾乃はこっちに滞在してるんだね?!」
「ええ。彼女、華道の師範なんだけど、フラワーアレンジメントの勉強をしにパリに来ていてね、ホテル住まいしてたのを家に引っ張って来たの」
「ちょっと深刻だったみたいけど?!」
「彼女の従兄弟の…藤堂政直って知ってるでしょ?!彼が行方不明らしいのよ。日本で政界進出の予定だったのを反故にして消えたの」
「そう言う事か…でも、彼がここへ来たのはもう2年も前のことだけどね」
「綾乃もそう言っていたのよ。それ程手がかりが無いという事かしら?!」
言っていると、今度は紅葉が両手で掴みかかってきた!子供の共感力は凄い。
「わ!判った!ルイ。よそ見しないから。ほれっ!」
高い髙いをしてやると、歓声を上げて喜ぶ。そうしている間に、アウルと綾乃が何やら笑いながら戻ってきた。
「じゃあ、連絡が有りしだい貴女にお報せします」
「どうぞよろしくお願い致します。失礼を致しました」
「いや…では後ほど。失礼、エステル」
「はい。有難う存じます」
「アウル」
「王宮へ戻る」
その一言で、俺の追随を阻んだ。
お読みいただき有難うございました!
恐らくはアウルの心境の様に、何度繰り返しても答えの出ない問題に成ってしまっていたのですが、何とか方策を見つけたかなと思っています。
すみません未だうろうろしてるって事ですね…今少しお付き合い下さいませ!




