マリーエ
あの日と同じ場所から、未来へと歩を踏み出した私を、再び、飛躍を促されることに成るとは知らずに誘われるままに動き始めた。そこには、私の覚悟を超えて、1つの国の運命を変える仕事が待っていた。
旅立ちの地と成ったこの路地裏の店を過去に起き去りたくなくて、主な仕事場を他に移した今も、アトリエとして使っていました。
デザインは変わったものの、硝子扉を通してみえる街頭は、10年もの月日が過ぎ去ったとは思え無いほど変わっていませんでした。
「マダム。お着きになりました」
「そう。有難う。お茶をお願いね」
そうそう、ここから見える景色は変わらないものの、店自体は同じではありません。あの頃は、お見えになったお客様の来訪を取り次がせる必要など無かったのです。
手を広げ映画に携わる機会を得た私は、レセプションを開くために、両隣の店を買い取り、間口を広げ改装した結果、奥の部屋に引っ込むことになったからです。
その頃…まだチャンスをいただく直前、私は自分自身としても、業界人としても、転機を迎えていたのでした。
務めていたデザイナーズブランドを、対人関係のトラブルに見舞われて辞めざるをえなくなり、縁あって拾って頂いたこの店のオーナーの跡を継いだばかりでした。
職を失うのと同時に、職場に残るという夫とも別れざるをえなくなり、幼子を母に預けて必死に再起を図っていたのでした。
婦人服のオートクチュールで有った店に、子供服を置くことを始めたのは、離れざるを得なかった娘を思う心を慰めるためかも知れなかったのです。
子供服を置き始めて間もない頃、10歳前後の少女服を、次々とお求め頂くお客様がありました。
近くにお勤めだという、20歳を幾つも出て居ないだろううら若い女性が、けして安価とは言えなかった、クチュールメイドの子供服を…と言うのが記憶に残っていました。
店は公園の近くにあり、或る日、管理人なのでしょうか?!お年寄りが花木の世話をしている横で、10歳くらいの女の子が手伝っているところに行き会いました。
あの、若い女性がお求めだったドレスを纏った少女。
上質なリネンのドレスに引けを取るどころか、余りにも自然に、彼女のために誂えられたかのように似合っていたのです。
淡いブロンド、碧の瞳。
水色の細いリボンで額の上に結んだだけで…溜息が出たものです。
「また思い出し笑い?!」
「あら。バレまして?!」
戯けて言うと、困ったように笑みを浮かべられました。
「ここで閣下にお目に掛かっていると、どうしても思い出してしまいますの。余りに印象的で」
「貴女の記憶の中の私を、閣下と呼んで面映ゆくないの?!」
「ですわね。アゥロォラ様」
「…アウルで良いよ。眠り姫と呼ばれているようで、私が面映ゆい」
少女服がお似合いで有った、透き通るような美貌はそのままに、御年24歳におなりでした。
当時の経緯はハッキリと伺った訳で有りませんでした。僅か9歳で有られた当時、お国の覇権争いに巻き込まれ、閉じ込められておいでだった所を、この近くにお住まいの方に、ブルゴーニュの片田舎から救い出され、匿われておいでだったのでした。
少女と見紛う美貌を逆手に取って、私のドレスを隠れ蓑に、追っ手の眼を逃れられて居たのです。
お国はシェネリンデ。今は薔薇の王国としてその名を知られる観光立国でした。
今は、と、申しましたのは、つい10年ほど前は、主たる産業を持たない、他国の支援によって立つ国だったからです。
そうです。この方がお国に戻られ、政敵を駆逐する目的で辣腕を振るわれた結果でした。通常、革命と呼ばれる政変を経てのみ望むことの出来る革新でした。
若き気鋭の政治家で有り、華やかな容貌と背景をお持ちで有りながら、何処か憂いを含んだストイックな印象も持ち合わせた稀有な存在で有られたのです。
「遂にグランドオープンですのね?!フェスタのメインを私にお任せ頂けるなんて…」
感無量でした。
この方に関わる方々のお陰で、私は窮地を救われました。
「プロデュースから一任するよ。素材は何でも使ってくれて構わない。花でも建物でも」
「人でも?!」
「人?!」
「ええ。ローゼンブルク・リゾートはテーマパークの要素が強うございましょ?!で有れば、メインキャラクターが必要に成ります」
「で、人か。構想は既に有るようだね?!」
「コンセプトとしては定時の新作発表を踏襲して良いかと。勿論、志はわたくし自身の総てをかけさせて頂くレベルですけれど」
「擬人化した何かでも良いのですけれど、シェネリンデは王国なので、お客様は舞踏会の招待客でしょう?!ならば、ホストが要ります」
「成る程。流石はエンターテイメントの世界に生きている人だね。貴女のイメージに合致する者が居れば良いが…」
「目の前に」
「…!」
「モーヴのセットアップがお似合いでしたよ?!」
言いながら如何と、お見上げするより早く応えが有りました。
「却下」
「まぁ!何でもと仰せでしたのに!」
元々この方はご自分の容貌に全く頓着なさらない稀有な方でした。それでも、役どころは心得ておいでですので、照れたようにつむりに手をやられています。
「ローゼンブルク・リゾートの責任者は私では無く息子なんだ。今はオルデンブルクでは無く、リントを名乗っている。私は王宮にあがることにしてね」
元婚約者で、政敵の姫君との間に儲けられたご子息でした。ただ余りにお若い父君でしたので、数年前のレセプションの折に、お目に掛かって居りながら、当時既に少年で有られたご子息と、この方が結び継がずに居るのでした。
「クリストファー様。16におなりでしたわね。お父様譲りの美貌をお備えの花の容。王子様とお呼びするのに相応しい」
「印象が薄いようだね?!」
「ご子息というのがしっくり来ないだけですの」
否定的では無くて、何やら面白がって居られるような…あら!ひょっとして、ご子息をオルデンブルクのお家から離して差し上げるお積もりなのかしら?!
そんなことを思案してしまって思わず目を見張る私に、クスリと笑われます。
「貴女は本当に勘が良い。彼が私を背負う必要は無い」
私はこの方に関わる方々に救われて今有るのです。報恩の手段に何が出来るかと、これまで常々思って来ました。
「ご期待に添いたいと存じます」
「有難う。お願いする」
「スケジュールの調整をいたし、早々にお伺いいたします」
お読み頂き有難うございました!
暫くお休みを頂きましたが、またぞろ「シェネリンデ」の続編を書き出してしまいました。暫くお付き合いの程をお願い致します!