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しあわせ


 目の前のことが信じられなかった。

「どうして?」

 真っ赤に染まった愛しい婚約者。

 何ヶ月も離ればなれとなり、ようやく帰還したと聞いていつ会えるかと今か今かと待ち望んでいたというのに。

「でん、か」

 呼んでも彼は動かない。

 歩み寄り、血だまりの中、座り込み、倒れた彼の身を起こす。

 まだ、温かかった。心の臓が、短剣で貫かれていた。

 真っ赤な服。手が血で濡れていく。

 苦しむ暇もなく逝ったのだろう。顔は、きれいだった。

「殿下っ」

 どうして。

 どうして。

 どう、して。


『君を、この命を賭けて守ってみせる』


 私にはそんな価値はないから、そんなことは戯れでも言わないでください。そう言ったのは、いつの事だっただろうか。

 彼は巫山戯て、『なら、この命が失われても守る』なんて言ったけれど、言い直してもあまり変わりのない言葉……絶対に死なないと約束させればよかったと、もう意味のないことばかり考える。


「アルベルジュ殿下が、神子に殺された!!」


 そんな声が響いた。すぐに、まるで待っていたかのように第一王子や側近達、衛兵や侍女達が現れ、私と殿下を取り囲んだ。


「平民が」「殺せ」「いつかこうなると」「化けの皮が剥がれたな」「なんと、おぞましい」「神子でなければ死刑だというのに」「ジークハルト殿下、いかがなさいますか」「処刑だ」「投獄を」「神子の乱心だ」「これは、教会も黙ってはおりますまい」「神子と言えど、平民ごときが」


 もう、意味が分からない。四方から罵声を浴びせられ、私はただただ震えた。

「ちが、ちがいます」

 私は、アルベルジュ殿下を、私の婚約者を、殺してなどいないのに。

 声を上げようとすれば、言い訳を言うなとばかりにジークハルト殿下に殴られる。

「違う? 違うというのか? お前は、呼ばれてもいないアルベルジュの部屋で何をしていたというのだっ」

 ジークハルト殿下の言葉に、私は異を唱えようとした。

 私は、侍女に呼ばれたのだ。殿下が呼んでいると。ようやく会えると、思ってやってきたときには殿下は殺されていた。

 それを言おうとすれば、また殴られる。口の中を切ったのだろう、血の味がした。

「わたし、は……」

 なぜ、殺さねばならないというのか。

 殿下だけが、私を助けてくれたというのに。私を、救ってくれたというのに。

 どうして、これから幸せになろうと彼は言ってくれたのに。

 涙があふれてくる。

 その後も、絶えず怒声が浴びせられるが、その言葉の意味はもうよく分からなかった。もう、聞こえなかった。






 私が殿下と出逢ったのは、5年前まで遡る。

 当時、飢饉と寒さで文字通り凍え死ぬ直前、私は殿下に神子として見いだされた。

 神子とはこの国の守護女神に愛された子。国のために祈り、平穏をもたらす者。

 女神より神子の誕生を託宣された教会は、12年ほど国を探し回ったが、その神子の特徴を持つ者を見つけられなかった。それはそうだろう、その特徴を持っていた私は王族でも貴族でも中級層の者達でもなく、最下層のスラムで暮らす孤児だったのだから。

 ようやく見つかった神子だが、貴族達に歓迎はされなかった。私は孤児の娘。貴族達の受けも悪かった。平民の神子、薄汚い孤児の娘なんて言われていると、侍女達の悪口で知った。

 いくら私が祈り、災害が減って飢饉がなくなっても、何かあれば平民の巫女だからこんなことになるのだと嘲笑う貴族たち。

 今まで、平民が神子だったことがなかったため、貴族たちは私を受け入れられなかった。

 そんな私が、第二王子アルベルジュ殿下の婚約者となったのは、殿下が私を見いだしたからではなく、政治的駆け引きからだった。

 王国は今、二つの派閥に分かれている。第一王子ジークハルト殿下と第二王子アルベルジュ殿下、どちらが次代の王となるか、後継者争いが行なわれているのだ。

 第一王子の母は側室であるが、侯爵家の人間で常に侯爵家が彼を推している。よく言えば信頼する人の意見をよく聞き、悪く言えば操りやすい王子で、やがては現在の国王同様、飾り物の王になるだろうと言われていた。第二王子の母は伯爵家の出の側室で、幼い頃から文武両道、王としての素質を持つと言われ、今の王家と貴族達の政治を憂う者達が彼を王へと推した。王妃に子どもはいない。

 今の国は腐っている。癒着と横領が当たり前。領土を求め戦争を起こしては負け、民に負担を強いてばかり。

 守護女神の神子である私が婚約者となれば、教会から協力を得られると、彼は私を婚約者とした。

 政治的理由からの婚約者であるにもかかわらず、彼は優しかった。

 これから迷惑をかけてすまないと謝り、この先、第一王子派から私を守ると約束してくれた。


 彼は、私と婚約してから、無理難題を言われることが多くなった。

 第一王子派の者達が、彼を殺そうと危険な場所へと誘うのだ。

 負け戦のしんがりを務め、かつての都の遺跡を調査し、魔物の討伐を命じられた。

 それでも、彼は生還した。

 そして、最後に死者の魔王と呼ばれるバケモノの討伐を命じられた。

 魔王と呼ばれる魔を司る神の眷属。魔物の突然変異だったり、堕ちた魔術師の結末だったり、呪われた生き物だったりするソレ。死者の魔王は、死者を配下として従えるバケモノだった。

 その死者の魔王を討伐するのに、何ヶ月もの時間がかかった。殺しても殺しても蘇る死者達との戦闘に、多くの仲間が倒れたという。

 その激闘の末に、ようやく彼は帰ってきたというのに。


「どうして」


 私は、枯れた声でつぶやく。

 思い出すのは、彼の最期。もう光のない瞳。失われて逝くぬくもり。

 もう、立ち上がる気力のない私の姿は、ボロボロだった。服は乱れ、露出する肌は傷だらけ。

 周囲は冷たい石の壁。ここは、牢獄。特殊な人を閉じ込める、断罪の塔だった。

 小さな小窓と食事の出される窓の付いた重く閉ざされた扉しか外の繋がりのない部屋。

 私は、そこに閉じ込められていた。

 あの日から、どれほど経ったのか分からない。

 形ばかりの裁判の茶番、第一王子の一声で私は罪人として扱われ、神子であるが故に殺されることはなく、ただただ苦しめられてここに在る。私が死ねば、神の加護がなくなるからと、死なない程度に痛めつけられて。

 孤児の私に家族は居ないし、親しくしてくれた人もアルベルジュ殿下との魔王討伐でのきなみ殺されたと聞く。もう、生きる意味が分からない。

 彼の居ない世界で、どうやって生きれば良いのか分からない。こうして苦しんで過ごすことしかできないのだろう。

 私は、絶望していた。




 どこか、遠い場所から声が聞こえる。

 争う声。金属音。恐ろしい叫び。

 ぼんやりと、私はそれを聞いていた。

 寒い深夜の事で、声はよく響く。

 なにもする気も起きず、その声を聞いていた。

 それが、少しずつ近づいていることに気付くにはずいぶん時間がかかった。

 ようやく気付いたときには、塔の中に何者かが侵入していた。

 この国は、どこかにまた戦争をふっかけたのだろうか。そして、逆襲されて終に都を襲われたのかもしれない。国が、滅ぶかもと思うと、笑ってしまった。

 神子にあるまじきことだが、もうどうでもよかった。

 周囲で響き渡る戦闘音に私はぼんやり考える。

 扉が、乱暴に開けられた。

「ミア!!」

 その声は、絶対にあり得ない声だった。

 私は、痛む体を無理やり起こし、声の主を見た。

 驚愕に、声が出なかった。

「ミア……すまない、遅くなって」

 そこに居たのは、私の婚約者である、アルベルジュ殿下だ。

 いつもの殿下だ。優しくて、こんな私に笑いかけてくれる、アルベルジュ殿下だ。

 本当に?

 たしかに、目の前に存在している。幻ではないかと、思わず手を伸ばす。

 彼は、そんな私に駆け寄って、手を取ってくれた。

「こんなにぼろぼろになって……守り切れず、すまなかった」

 いいえ、そんなことよりも、貴方が無事であっただけで私はいいのです。たくさんの思いがあったけれど、どれも言葉にできなかった。代わりに、嗚咽だけが響く。

「もう、二度と君をこんな目に遭わせないから」

 彼は、私を優しく抱き寄せる。

 冷たい夜のせいか、彼の身体も冷たかった。



 あぁ、彼は、約束を守ってくれたのか。




次話完結です

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