炎の精霊王、ファイガの想い!!
─ファイガ視点─
「魔大剣! フーコ召喚!!」
そう叫んだ俺の目の前に広がる光景──
蟲魔神ベルゼバベルが居城──と言っても、地下迷宮最奥のこの場所。
木の精霊王レグノスの技により、瞬時に根を張り巡らせた巨木の影響で、ベルゼバベル自慢のアースラッド全土を見渡せるこの監視室が滅茶苦茶に破壊されている。
しかしながら、蟲特有の複眼を利用して作られた複数の監視用画面の幾つかから、破壊を免れたものがまだ光を放っている。
そして、炎の精霊王と呼ばれている俺自身の身体から──この程度ではないが、俺の体表を覆う炎が赤くメラメラと燃え盛り、周囲一帯を照らしている。
「どうした? 魔大剣フーコを召喚させるんじゃなかったのか?」
金銀の瞳を光らせた吸血鬼魔神のヘテロクロミア──その細く伸びる白い両足が、地面から数センチほどの距離を開けて浮かんでいる。
俺を挑発するようなオーバーリアクションで両手を広げ、ヘテロクロミアが小首をかしげて笑う。
俺の体表の炎は、ヘテロクロミアの吸血鬼特有ともいえる白金の牙を赤く光らせた。
蟲魔神ベルゼバベルと比べて、豊満とは言えないヘテロクロミアの華奢な身体の体表から白い霧のような靄が出ている。
臨戦態勢──準備万端というわけだ。
「フッ……。来ない、か……」
俺が放った召喚魔力は魔大剣フーコへと届き、呼び出しを掛けているが、フーコは応じようとしない。
俺の召喚の魔力へのフーコの反応が無い。
「もはや、主ファイガさんの手を離れ、シュンタロさんに懐いているのですかねぇ?」
破壊されたこの地下迷宮最奥の部屋──無機質な岩壁にもたれ掛かかったレグノスが、両手両足を組んでニヤニヤと笑う。
レグノスの全身を包みこむようにして巻きつくレグノス自慢の世界樹の鎧が、木の根のようにウネりながらも蠢いている。
レグノスの言うとおり、俺は全界の救世主シュンタロ殿に、魔大剣フーコを献上した。
所有者がシュンタロ殿に変わっても、フーコを生み出したのは俺自身。
フーコの魔力の根源は、俺にあると言っても良い。
しかしながら、フーコの魔力の供給源が俺にある訳では無く、俺とフーコは独立して存在している。
片方が倒れたからと言って影響を受け、魔力活動が停止する訳では無い。
そして今、フーコは、魔大剣フーコとして自立して活動し始めている。
シュンタロ殿と魔大剣フーコとの絆──信頼関係。
歩き出したのだ。シュンタロ殿とともに。
そのことも含めて確かめたかったのだ。
魔大剣フーコの生みの親として、俺は──
「フッ……。どうやら、フーコは親もとである俺の手を離れたようだ。召喚しようにも来ぬ。めでたいことだ……」
「ハッ! めでたいのは、ファイガ……お前の頭ん中だろ? 出でよ! 封印聖魔大剣!!」
ヘテロクロミアの金銀の瞳が、ひときわ鋭く光を放つ。
それとほぼ同時に、地面より数センチ浮かび上がっていたヘテロクロミアの身体全体が、一瞬にして霧散し俺の目の前から消え去った。
(ザン……──)
気がつくと、俺の胸から、ヘテロクロミアの封印聖魔大剣が突き出ている。
目の前から霧散して消え去ったヘテロクロミアは、一瞬の内に俺の背後へと回り込み、両手の手のひらから召喚させた封印聖魔大剣を突き刺したのだ。
「油断したか? フーコの感傷に浸ったお前は、隙だらけだったぜ?」
特に油断していた訳では無いが──
フーコの自立と、シュンタロ殿との微笑ましい光景が目に浮かび、ヘテロクロミアへの怒りも消え失せたのだ。
(伝わる……)
フーコ召喚の際に感じたこと。
俺は、目を細めてフーコを想う。
(喜ばしいことだ……。フーコよ……)
「コイツ、分身体だよ!? ヘテみん!!」
「知ってるぜ? ベルゼ!! 巧妙だが手応えが無い!」
ヘテロクロミアと比べて豊満な身体つきのベルゼバベルが叫ぶ。
それと同時に、包帯のようなもので全身を覆ったベルゼバベルのくびれたウエストの上で、玉のように大きな双丘が揺れた。
俺は、そう言ったことに一切興味が無いのだが──
「すまない。ヘテロクロミア。貴様が察したように、今の俺は分身体。いつになるかは、分からんが、次は本気で相手をしてやろう……」
「ハッ! 余裕か? 封印聖魔大剣で、お前の分身体ごと魔力を奪い取ってやるさ!」
特に構わないと、俺は想う。
今日は、戦闘が目的で、ここに来た訳では無い。
念のため、デウス神王様のご指示で、レグノスの分身体と俺はこの地に来たのだ。
「手土産だ。貴様に、くれてやる。減るものでも無いしな? 代わりと言っては何だが、貴様に頼まれ事がある。人間界のある国で王位継承権を持つ者が、花嫁候補を探す仮面舞踏会を開くそうだ。潜入に協力してほしい」
「ヌケヌケと言いやがる! ハッ! 知ってたぜ? その件。もとより、私たちは参加するつもりだったさ? ……協力?しないさ。私たちは自由に遊ばせてもらうぜ?」
「良いだろう。参加するなら、良し。だが、俺の炎の魔力を吸い取ったこと、忘れるなよ──?」
「ゲッ!? ヘテみん!? ファイガの魔力! ヘテみんに巻きついて吸収し切れてないよ!?」
「なっ!? くっ……!! ファイガ!! この糞野郎め……!!」
「随分と、エゲツナイ方法ですねぇ? ファイガさん? 自分自身の魔力をエサとして分け与え、魔神をも人質にしてしまうとは。流石ですねぇ──?」
流石も何も。レグノスよ。
これは、貴様との打ち合わせどおり。
予定どおりに事を運ばせただけのこと。
シュンタロ殿とマナシス様……フーコも、おそらく仮面舞踏会へと向かうことになるだろう。
ご武運を──シュンタロ殿、マナシス様……。
そして、フーコよ。
シュンタロ殿とマナシス様を守り抜くのだ。
今となっては、案ずるまでも無い事かも知れないが──
──フーコよ、我が最愛の魔剣にして最愛の娘よ……。
 




