異世界【アースラッド】
「?………マナさん…?」
………
マナさんの大きなエメラルドグリーンの瞳に、見つめられて、僕ぁ、不思議な気分になってゆく……。
少し前まで抱いていた高揚した気分は、何処へやら………。深く……深く……落ち着いてゆく……のが、分かる………。僕の心が……、本当に……、静かに……なって……ゆく………。
「シュンタロさん…良いですか……?今から……、シュンタロさんに……、私の……、生まれた世界のことを……少しだけ…お見せ致しますね……。いきます……ね………」
マナさんが、僕に、静かに、そう言うと………、僕の額が、マナさんの額に、そっ…と、合わせられた………。
「……っ!?」
「シュンタロさん……目を…閉じて下さい……。大丈夫ですよ………」
マナさんが、そう言うと、一瞬、ドキッ……と、したけれど……。
マナさんの、ひとこと一言に宿っている、『ぬくもり』が……、僕の心を……再び……穏やかに……静かに……静かに……それは……、深く……深く……マナさんの故郷へと……導かれて……ゆく………。
そして……………
………………
………
暗闇に落ちてゆく……。
体感時間にして……数分間……ともいえない……数時間……。
目を閉じているはずの、真っ暗闇の瞼の向こう側に、小さな光が、見える…………。
小さな小さな……暗黒に浮かぶ……天体……数多ある中の……その……ひとつが……、ひときわ、大きな最後になるであろう光を、一瞬……放ち……今まさに……消え入ろうと……明滅を……繰り返し……弱々しく……その……命の最期を……迎えようとしていた………。
数千年……
それは、人類の命により、計測された時間……。
その…暗黒に浮かぶ…天体………の最期の……刹那は……悠大にして悠久……永遠とも思える時間を……過ごしていた……人類にとっては…………。
ラピス……と呼ばれる……深く深く碧い広大な海洋……に包まれ、幾つもの文明が…、生まれた大陸……が、浮かぶ………………。
……
【アースラッド】
……
いつからか……どこからか……その起源は……古く……太古より……そう呼ばれ……存在していた……。神々を生んだ世界……。
遥か深い海洋ラピスに浮かぶ大陸がひとつ『ルーラシア(黄金大陸)』のとある小高い丘より遥か高く……広大なる雲海にそびえ立つ……空に浮かぶ大神殿……その内部に設けられた……小さな白い部屋『祈りの間』にて、聖女が、祈りを、捧げている……。
透き通る白い肌に金色の髪が、風に靡き、大きなエメラルドグリーンの瞳が、天を見つめ、輝いている……。
………
「マナ……さん?」
僕ぁ、俯瞰して、浮いている……ようだった……。
そう……。
これは、マナさんが、見せてくれている、マナさんの、世界……。
「お父様……っ!!」
「おぉ…マナシス…どうしたのだ……」
ガッシリとした体つき。金色のモジャモジャの髪の毛の下は、色白だが、掘が深く、幾つもの皺が、刻まれていた…。
壮年だが、威厳と優しさに満ちた人物……マナさんのお父様…。
マナさんは、父親に抱きつき、泣いていた………。
「お父様…もう…嫌です…。世界が、崩壊してゆく様を……感じるのは……悲鳴が……苦しみが……私の心と身体を貫くのです………。痛みを伴って………」
マナさんは、涙を、いったん、グッと、こらえて、それから……もう一度……話を続けた………。
マナさん………。
「お母様より、受け継いだこの力だけでは……私だけでは……この世界の崩壊を、完全に止めることは、出来ません………。世界は、いずれ、滅びます……。もう……幾許の時の猶予も……無いでしょう………。」
顔を上げて、父親の顔を見上げるマナさん………。
とても、辛そうだ……。
涙が、マナさんの頬を伝って落ちる……。
悲しい………。
マナさんのお父さんは、優しい眼差しで、マナさんを、見つめる……。
どこか、寂しげで、悲しげだ………。
「世界の崩壊が、始まって以来、数千年……。人界に生まれた者達にとっては、文明の歴史に同じ……。世界は、崩壊の始まりに、伴い、世界の元となる『力』を、各処に、放出し始めた……」
「それらを、ワシとマナシス…お前の母さんとの、3人で抑え、世界の治癒を試みておったが…………。母さんが、亡くなってからは、ワシの力も衰え、お前に、任せきりになった……」
……
なんだか、深くて、重い話だ……。
世界の崩壊に、治癒……。
なんとか、元どおりにしようとしたんだな……。
でも、マナさんのお母さんが、死んでしまったのか……。
「母さんには、異世界へと通ずる『力』が、あり、マナシス…お前も、その『力』を、受け継ぎ、扱える年齢になった……。近頃、神殿内の泉の水面や鏡面に、手をかざして、言葉を映しておったのは……知っておる………。」
……………っ!!??
マナさん……。
マナさん……この世界から、異世界である僕の世界へ、繋がろうとしてたのか……。
ありがとう……。
マナさん……。
でも、なぜ……?
「はい……。ご存知でしたか……。お母様が、『力』を使って、異世界へと渡り、異世界の神々の中から、お父様【神王デウス】と結ばれたように……………私も…………異世界へと渡ります…………」
「そして………【全界の救世主】………を、この世界へ連れて参らねばなりません………。それが、この世界の崩壊を止め、生まれ変わらせる唯一の方法なのですから……………」
その表情は、力強く、一切の迷いは、断ち切られていた……。
さっきまで、あんなに悲しそうに辛そうに、泣いていたのに………。
マナさん、強いっ!!
そして、マナさんは、僕の方を、振り向いて、ニコッと、笑った……。
まぶしすぎる、その笑顔で……。
……
…………って!?
えっっっ!!??
見えてるのっ!?
「シュンタロさん…。お願いします……!!」
神殿の白い大理石の床から……黄金の光を、放ち、マナさんが、フワフワと……浮いている………。僕を、見つめながら………。
相変わらずも、優しく、神々しい、その笑顔で………。
………
いつの間にか、異世界【アースラッド】へ、連れて来られてしまったようだ……。
マナさん……不安だよ………。
抱きついても良いですか?
っていうか、【全界の救世主】って………何?
それって………。
マナさんの後ろで、お父様…【神王デウス】…が、その巨軀に、腕組みをして、威圧する………。
邪悪な笑みを、浮かべて………ニヤリと、笑った…。