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条約の花嫁  作者: 十々木 とと
番外編
99/114

休暇計画(1)空回った


 護衛には長期休暇どころか、負傷でもしない限り休日がない。貴族のように大人数雇えれば交代制にできるが、庶民はそうもいかないのだ。雪江は毎日気を張っていると疲れが取れないのではと訊いてみたことがあるが、自宅警護中に適度に気を緩めているから問題はないという。一人ずつ休暇を出すよう提案しても、ワイアットだけでなく彼ら自身が却下した。


「ブラックだ、ブラック…いやでも給料はちゃんと払ってるからブラックではないの…? あれ? ブラックの定義ってなんだっけ」


 定義がどうあれ休日が無いのは駄目ではないだろうか。ぶつぶつと呟く雪江を、皆不思議そうに見ていた。


 ワイアットは年に三回は長期演習で家を空ける。今期最後の演習が迫り留守の間が心配だと言うので、雪江は一石二鳥の案を思いついた。アラベラの村に身を寄せれば、雪江は安全だから護衛達に休暇が出せるかもしれない。アラベラには迷惑かもしれないが、彼女の性質的に滞在費を出せば快く引き受けてくれそうな気がしている。あれこれ考えてワイアットの説得にかかると、村そのものに就いては反対されなかった。

 聞くところによると、アラベラ達の存在は遵法は勿論、村を訪れる盗賊の捕縛協力他、定期的な視察の受け入れを条件にアリンガム侯直々に容認しているのだという。雪江との繋がりができたので、懸念を潰すべく領内にいるうちにアラベラに聴取を行い、裏も取ったそうなのだそうだ。全日程に於いて演習の建前が死んでいた疑惑が持ち上がったが、生きていた日もあるから問題ないとのことだった。

 気になるのは現役盗賊の出入りだ。滅多にやってくるものではないらしいのだが、雪江もこれは怖い。アラベラに相談の手紙を出すと、雪江の滞在を歓迎する旨と対策案が書かれた返信があって、それに目を通したワイアットは、護衛達が頷けば休暇を出してもいいと言ってくれた。


「村の人達は皆顔見知りだしアラベラさんの傍にいれば安全だから、たっぷり休暇が取れますよ」


 雪江が上機嫌で長期休暇計画を言い渡すと、護衛達は三者三様に未知の言語を聞いたような顔をした。


「あ、あれ? 嬉しくない、ですか……?」

「統制とれてるかなんか知りませんが魔が差すってこともあるんですから、完全に気を許しちゃ駄目ですよ。俺は絶対警護外れませんからね」

「そうですね。お気遣いは嬉しいんですが、その間の奥様が心配で落ち着きません。目を離してはいけないと改めて確信しました」

「俺も長期はちょっと……そんな熱心に休暇勧められると要らないって言われてるみたいで傷付きますね」

「えっ!? 違いますよ!? いなくなられたら困ります!」


 ナレシュが半眼になり、エアロンが溜息混じりに首を振って、コスタスは苦笑いをする。雪江は愕然とした。護衛がいなくても村人達は何もしなかったことや、必要な人員だから休暇で英気を養ってほしいことを説明しても、誰も頷いてはくれなかった。

 社畜という単語が雪江の脳裏を巡りかけたが、事情が異なるから単純にそう括ってはいけないのだろう。以前コスタスから聞き齧った護衛になる経緯や本望の話を思い出す。護衛とは職業ではなく、彼らの誇りで、拠り所で、生き方そのものなのではないか。


「…じ、じゃあ……村で一緒にのんびり過ごしましょうか」


 何が彼らに適した状態なのかは、彼らのような生き方をしていない人間が判断することではないのかもしれない。

 ワイアットに結果を伝えるとそこはかとなく満足そうな顔をしていて、誰も頷かないと見越しての言だったのだと悟った。おそらく彼も村人達を雪江ほど信用していなくて、きっとそれが正しいのだ。雪江は悔しくてぽかりとその胸を拳で叩いたら、愛おしむような口付けとなって頭頂部に返ってきた。


 村へは貸し馬屋から馬を借り騎馬で行くことになった。良い機会だからと、乗馬技術向上を兼ねて雪江も一人で乗せてもらえた。人前でのローブ着用を条件に男装もできたので動きやすくて雪江は嬉しい。だがワイアットが同行していて職権濫用が心配になる。アリンガム侯領で演習に丁度良い地形が見つかったとのことで、小隊を引き連れているのだ。村にまでやってきて村長に挨拶がてら、その姿を見せることで村人達に対して脅しをかけていた。公私混同は確実だ。ワイアットに訊いても大丈夫だとしか言わないので、雪江は護衛達に意見を求める。


「配偶者の安全の為なら大体の事はまあまあ許される感じです」

「なんですかその緩い感じ」


 コスタスの言に雪江は思わず胡乱な目になった。


「建前が機能する範囲だから大丈夫でしょう」

「演習地近隣への挨拶って大事ですからね」


 エアロンもナレシュも大したことではないように頷いている。雪江はもやもやしてしまうのだが、国全体がそういう認識であるのなら本当に大丈夫なのだろう。基準が判らないからいちいち不安になるが、日頃の過剰に思える牽制が受け入れられているのだから、そろそろそういうものだと納得した方がいいのかもしれない。配偶者の安全の為なら大体の事はまあまあ許される。

 とはいえ程度は判らない。いつか雪江の所為でワイアットが職を失っても責任が取れるように、村での生活をしっかり学ぼう。護衛休暇計画ではなくなってしまったので、雪江はその為に来たのだと思うことにした。

 ワイアットは迎えにくる旨を周知しておくように村長に伝えて一通りの牽制を終え、演習地へと出立していった。






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