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条約の花嫁  作者: 十々木 とと
番外編
96/114

玉簪(5)受け入れることにした


 出来上がった試作品は例に挙げたもの以上に様々な種類があり、透明な硝子の中心に大輪の花を閉じ込めた水中花のように幻想的な物や、少ない色味で見事に夕焼けを表現した物、万華鏡のように何種類もの色が複雑に絡み合っている物など、想像以上に緻密で優美な仕上がりだった。タツィオは小さな球の中に様々な表現を閉じ込めるこの仕事が気に入ったらしく、作りすぎてしまったと笑っていた。軸の摩擦の調整以外に直すべきところが無く、価格交渉も円滑に運んだ。軸の途中、少し膨らませて平らにした部分に雪の結晶を模したマークを入れてもらう。ブランド化しておいた方がいいとルクレティアに勧められて作ったシンボルマークだ。

 職人達の様子から暫く難航することも覚悟していたのだが、タツィオの存在を教えてもらってからは順調に事が運ぶ。雪江は商品とは別に日頃お世話になっている女性陣やネヘミヤ、それからチタニアへ贈る物を各人に合わせて作ってもらった。

 チタニアには薄い空色から濃藍まで、青系のグラデーションで出来た渦の中に金箔を細かく散りばめ閉じ込めた物を。風をイメージしたのだが、ちょっとした銀河のようにも見える。女帝だから銀河の方が相応しいかもしれないと思ったのは胸の中に仕舞っておく。彼女にはどう映るのか、感想が楽しみだ。次に会えた時には今度こそルクレティアの店に案内する、と添えて送った。

 ネヘミヤには劇場のボックス席で渡す機会がある。雪江は開演前の観客が入り始めたざわめきの中で細長い箱を差し出した。


「タツィオさんが凄いの作ってくれたの。日頃のお礼だと思って受け取ってもらえる?」


 自分が作ったわけはないが、早く見てもらいたくて雪江はそわそわする。それくらい美しい仕上がりなのだ。


「私に? ありがとう!」


 丸くした目をゆっくりと瞬いて、ネヘミヤは受け取ってくれた。直ぐに開けられるように包装はしていない。


「へぇ、硝子でこんなのできるんだ」

「ふふ。陶器みたいでしょ。きらきらしたものはいっぱい持ってるだろうから、ちょっと風合いを変えてみたんだ。こういう落ち着いた感じのなら、一緒に使ってもお客さんに貰った物を食わないで済むでしょ?」


 ネヘミヤの目が目一杯輝いていて、それだけで喜んでくれているのが解った。つられて雪江の説明する声も弾む。艶を消して陶器のような肌のそれは、鉄紺、浅黄色、萌黄色、若草色、桑染色を使って孔雀の目玉羽をイメージした物だ。蕾のように幾つも重ねているから鱗のようにも見えて、ネヘミヤも鱗模様だと思ったようだ。豪華な鳥だからネヘミヤみたいだと思ったのだと告げると、聞いたことのない鳥だから絵に描いてと言われた。雪江は慌てて首を振る。


「無理。絵下手だから無理。猫を描いて蛙に見えるレベルだから!」


 孔雀の美しさなど、雪江には到底伝えられるものではない。


「でもユキエちゃんがデザインしたんでしょう?」

「口頭で伝えて、タツィオさんが形にしてくれたものです」


 デザインと絵の上手下手は別物なのだ。雪江は表情を引き締めて厳かに真実を告げる。


「クジャクどんなのか知りたーい気になって眠れなーい寝不足になるー体調崩すー」

「やめて脅迫しないで孔雀の品位を落とすから絶対嫌!」


 軽い調子で強請るネヘミヤは見るからに本気ではないが、雪江は孔雀の美は全力で守った。ネヘミヤは始終上機嫌で、そのまま髪に挿して帰るほど気に入ってくれた。



 ルクレティアには進捗状況を報告しにティーグ家を訪ねた際に渡した。


「ストールとかマント留めに使えるように、留め具をつけてもらったんです」


 ルクレティアは結えるほどの髪の長さがないから、少し工夫をしたものにした。対布用に軸は少し細めにしてある。


「素敵ね! ありがとう!」


 ルクレティアは編み目の荒いストールを持ってきて肩に羽織り、装着具合を確認して雪江に見せてくれた。


「わ、似合います!」


 亜麻色を基調とした淡い色合いの生地に、黒地に白と淡黄色の花を配したとんぼ玉は調和を崩さないままちょっとしたアクセントになっている。雪江がルクレティアの色彩感覚に感服していると、彼女は何度も軸を金具に出し入れしだした。


「ルーシーさん? 不具合がありましたか…?」

「いえね、これちょっと使えるんじゃないかと思ってたのよね」


 次第に滑らかに金具から玉簪を外せるようになり、先端を見えない何かに向ける仕草をし始めて雪江は気付いた。


「……ぶ、武器、に…?」

「折角の贈り物だもの。折りたくないから使いたくはないけど、万一があったらよ? 万が一」


 ルクレティアは金具に差し戻してストールの形を整え、満足げに微笑んだ。雪江は微笑み返したまま少し遠い目になった。


 ────そういえば簪を武器にしてた時代劇、あったなぁ……


 雪江が知らないだけで他の物語でもきっとあるんだろう。実際に創作物のようにいくかは判らないが、先端の尖っている物の有用性は、雪江だって本当は解っているのだ。ただ、美しく飾る目的で作られた物が血腥い道具だと思われることに抵抗感があるだけだ。



 マダム・プルウィットにも進捗状況の報告とともに渡しに行く。


「日頃お世話になってるお礼に此方、マダムに作ってもらいました」

「まぁいいの? 嬉しいわ」


 頬と胸元を手で押さえ笑みを広げるマダムが少女のように愛らしくて、雪江は和んだ。


「いつも落ち着いた色合いの髪飾りなので趣味には合うか判らないんですけど、濃い色の物も似合うんじゃないかと思って」


 赤地に金色がかった大輪の花を配した物だ。色味は濃いが少し紫がかった深みのある赤にすることで派手になりすぎず、上品な仕上がりになっている。マダムは早速髪に挿してくれた。茶系の宝石が嵌った唐草模様をモチーフにしたバレッタに足した形だ。


「まぁ! これ一つで本当に花が咲いたようになるわ。遠くから見たら実が成っているようにも見えるのかしら」


 姿見と手鏡の合わせ鏡で確認すると、マダムから感嘆の声が上がった。見栄えの良い位置を探して何度も挿し替える様はとても楽しそうだ。


「これは心強いわねぇ」


 マダムは一頻り楽しんだ後、ほぅ、と息を吐いた。

 装身具を身につけて心強いとは。玉簪に守護魔術は組み込まれていない。つまり。


「……………軸を金属にしたらもっと心強いですか?」

「そうねぇ。もうこの歳ですから、私にはそれほど必要ではないのだけれど。世の中には色んな方がいらっしゃいますからね」


 柔らかい微笑みを保ったまま仄めかされた内容に、雪江はぞっとした。マダムより高齢でも暴行の対象になったニュースも、実際に耳にしたことがある。故郷でだ。強盗の危険もないわけではないだろう。入り口の警備員は来店客を護る為でもあるのだろうが、当然その手の警戒を含んでいて然るべきだ。


「………金属工芸の職人、探します」


 認めよう。もう武器でも良い。職人探しにはまた苦労するかもしれないが、金属の物も作ろう。出来た暁には必ずマダムにプレゼントしよう。雪江は決意を新たにした。






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