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条約の花嫁  作者: 十々木 とと
番外編
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玉簪(4)巡り会えた


 タツィオは後援会では話題に上がっていなかった職人だが、彼の作品が並んでいる店を教えてもらい、グラスや動物を象ったちょっとした雑貨で仕事の確認ができた。

 彼が所属している硝子工房ヘマリも工房街にある。風通しを良くする為なのだろう、壁の三分の二が入り口になっていて、上に持ち上げた木戸を備え付けの棒で地面に支える形になっていた。通りからでも中の様子がよく見える。半円形の口をいくつか開けたドーム型の溶解炉には火が入っており、白い炎は相当な高温であることが窺えた。吹き竿の先端に着けた硝子を炉内で熱していたり、作業台で形を整えたり色硝子を加えたりといった作業中の人間には声をかけられない。


「すみません。此方にタツィオ・ヴァッカレッ…レッツァさんはいらっしゃ」

「へ、ええっ!?」


 入って直ぐの場所で粉末を天秤で計っている少年がいて、彼ならば手を離せないわけではなさそうだと雪江が声をかけると、驚いた拍子に麻袋の中から掬っていた粉末を床に撒き散らしてしまった。お陰で名前を噛んだ恥ずかしさは霧散する。


「ごっ、ごめんなさい!」

「いっ、いえっ! あっ、タマっ? お待っち、ください!」


 少年は用件も聞かずに溶解炉の方へ行ってしまった。炉の中で吹き竿を回している卵色の髪の青年に何事か捲し立てている。おそらく彼がタツィオなのだろう。青年が顔だけ振り向いたので雪江はお辞儀をしたが、頭を上げた時にはもう此方を向いてはいなかった。以前訪ねた工房では作業そっちのけで対応する職人がいて驚いたこともあって、好感がもてる。


「すみません、一段落するまで待っててもらっても良いですか」

「勿論です。邪魔にならないように外にいますね」


 戻ってきた少年は恐縮しているが、突然訪ねてきたのは此方なのだ。ちらちらと雪江を気にしている職人もいて却って迷惑をかけそうだった。外壁を背にした木製のベンチがあったので、ワイアットと使わせてもらう。別の工房から見に来た職人達がちらほら見えた。三人の護衛が雪江の数メートル前で扇状に展開し、ワイアットが鋭い眼光で牽制しているからだろう、近寄ってはこない。


「やあ」

 

 あまり長く待つようだと危なくなるだろうかと雪江がそわそわしていると、額に巻いていたタオルを外し汗を拭いながら先程の青年が出てきた。耳上五センチ辺りから下をすっきりと刈り上げ、上部の髪を纏めて後頭部で括っている。半袖のシャツに幅広のズボン、左手に軍手をし前腕に厚い布を巻いた作業着姿だ。

 雪江が立ち上がろうとすると、目立つからそのままでいいと手で制された。もう手遅れではあるのだが、彼は護衛達の間から雪江を覗こうとする通行人の視線を遮るように、ワイアットがいる反対側の斜め前に立ってくれている。


「お仕事中にすみません。ユキエ・カナモリ・スカイラーです。此方は夫のワイアット。タツィオ・ヴァッカレッ…ツァさんですか」

「うん。言いにくいだろうからタツィオでいいよ」


 雪江は噛みはしなかったが発音しにくいのがバレてしまった。気さくな人で助かった。


「君が玉簪の君かな。待ってたよ」

「えっ。チャニングさんが先に話を通してくださってたんですか…?」


 いつの間にか妙な渾名がついていることと、まるで知人が訪ねてきたかのような気安さに雪江は驚く。


「なんでチャニング? や、この界隈で話題になってるんだよね。皆次俺のところに来たら絶対物にする、って盛り上がっててさ」

「わぁ…」

「俺んとこ来てくれたらちゃんと仕事受けてやれるのになって思ってただけ」


 職人達の士気の方向性に怖じた分、暖かい目を持っていてくれたことへの感激が深い。冷静に考えると当たり前の対応をしようとしてくれているだけなのだが。


「まだ内容をお話してませんが…引き受けてくださるんですか?」

「うん。最近新しく出た髪飾りを硝子で作りたいんでしょ」

「内容も噂になってましたか…」

「面白そうだったから実際会った奴から聞き出したんだよ。宝石が素材のものと同じ物を硝子で作っても売れるなら、それは職人の腕とセンスへの評価ってことだ」


 詳しく説明するまでもなく仕事に意義を見出してくれていた。裏を勘繰ってしまいそうになるくらい今までとは段違いの話の早さだが、タツィオの深緑の目は単純に楽しげに細められている。雪江は何度か瞬いて邪推を散らした。


「庶民の手が気軽に届く玉簪を目指してるんです。価格設定もコンセプトも違うから純粋に宝飾店のものと比べられるわけではないんですけど、それでも良いですか?」

「ああ、それは勿論。そこで張り合っちゃうと見向きもされないだろうし、適正価格なら問題ないよ。同じ価格で売り出すなら宝石の顔をさせなきゃいけないしね。そういう仕事なら断るけど」


 なんでも、演劇の小道具として作った宝石を模した物があまりに精巧だった為に、お金に困った劇団員が宝石と偽って売ろうとして騒ぎになったことがあるのだという。


「職人としてはさ、張り切って本物に近づけちゃうよね。でもそういう使われ方されるのは迷惑だから、俺は近くで見たら直ぐ偽物って判る程度の質でしか作らないことに決めたんだ」


 道徳観も雪江の理解できるもののようだ。


「そこは問題ないです。宝飾店に並ばない球の形でお願いしたいんです。このくらいの大きさの丸玉に縞とか花とか模様を入れた物を作って欲しいんです。お店でタツィオさんの作品見たんですけど、小さな作品も細部まできちんと作り込まれてて、美しく仕上げてくれるんじゃないかと思って」


 雪江が髪から玉簪を引き抜いてタツィオに見せると、彼は手に取って大きさを測り、口角を上げた。


「良いね。この中にどんだけのものが表現できるかってことだろ。俺も楽しめるやつだ」


 彼の職人魂を擽る仕事のようだ。職人とはこうあって欲しい、という雪江の中の理想も満たされる。材料費は聞いたが、価格交渉は試作品を作ってからということになった。徐冷の時間が必要なので後日になる。


「そうだ、ちょっと厚かましいお願いなんですが…金属工芸の職人さんで、異性愛者ではない方をご存知だったら紹介していただけませんか」

「知らないなぁ。その軸作る職人だろ?」


 事情を理解している彼ならば気分を害せずに耳を傾けてもらえるとは思えども、雪江の中ではまだ違和感のある問いは躊躇いがちだった。道を尋ねられた時のような調子でタツィオが答えて、雪江はほっとすると同時に内容には落胆する。


「そこも硝子で作っちゃ駄目なの?」


 タツィオの問いにはっとした。雪江は透明な軸も見たことがある。詳しく調べなかったからそれが何だったか今となっては判らないが、ひょっとしたら硝子だったのかもしれない。


「駄目ではないですね。滑りやすさが気になりますが、それは金属でも同じでしょうし」

「んー、細かい凹凸付ければいいかな? すり硝子みたいに」

「いいですね! それでお願いします!」


 職人問題が解決してしまった。関わる人間は少ない方がきっとワイアットも安心の筈だ。雪江が喜んでいると、周辺警戒をしている筈のワイアットとコスタスが何やら目配せし合っていた。


「な、何? どうしたの?」


 不穏な動きでもあったのかと雪江は腰を浮かしかけるが、誰も緊張した様子はなく、ワイアットも座したままだ。


「強度と使い勝手を考えると金属が望ましい」


 雪江は首を傾げた。確かに強度も欲しいが、ワイアットはこれまで一度も装身具の細部に興味を持った試しがない。気にしていたのはせいぜい守護魔術が込められるかどうかだ。


「……武器として売るんじゃないからね…?」


 ワイアットとコスタスの組み合わせで気付いて、雪江は半眼になる。彼らは人体への刺さり易さを問題にしている。


「そう言われると凶器にしか見えなくなってきた……」

「装身具ですけど!?」


 やり取りを眺めて不思議そうにしていたタツィオまで感心したように唸ったので、雪江は愕然とした。






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