敵は父ではなかった件(1)
婚儀が終わり、雪江は控えの間で着替えを済ませる。昔は式を終えた足で赤を基調とした装飾を施された馬で街中を周り、お披露目を行っていたらしいが、例によって警備上の都合で行わなくなったという。雪江は折角の衣装がこの短時間で役目を終えてしまうことに寂しさを覚えて、花嫁の帽子に連なる石を名残惜しげになぞった。
「代わりにこれを」
チタニアがその帽子から首飾り部分を外す。
「こうしてかけて家まで帰るんだよ」
五重の石の重みが雪江の首にかかった。後からじわじわときそうな重さだ。
「魔術は込められてないけど厄除けの意味があるからね。道中、花嫁に災いが降りかからないように」
「他にも何か用途があったりしますか?」
「今日が終わったら役目は終えるよ。でも再婚の時にまた使うだろうから、大体皆とってあると思うよ」
作ってくれた本人から再婚に備えるのが当たり前のことのように話されては、雪江は微妙な気分になる。万一そんな事態になっても使い回しはしたくない。実母ではない彼女の想いがこもったものなのだ。
「私、結婚はこれきりにしたいんです。何か…普段身につけられるようなものに加工とかしてもいいものですか?」
ばらばらにするのは彼女の想いを踏みにじる行為だとか、厄除けの禁忌とか、何かしら障りがあるなら勝手はいけない。チタニアは不思議そうに瞬いた。
「構わないけど、石自体はあんまり価値のあるもんじゃないよ? その石、気に入ったのかい」
雪江は頷いて首飾りを見下ろした。
「ワットにもお義母さんにも護ってもらえるって、贅沢ですね」
この石には実際に護る効果はないが、そういう気分になれる。波模様の入った青緑の石の表面を撫でながら、雪江の頬が自然に緩んだ。大事に思われていることを感じるのはただただ嬉しい。チタニアがやけに静かだ。不思議に思って雪江が顔をあげると、眉を寄せて一心に見詰める濃藍の目と目が合った。雪江はえも言われぬ迫力に気圧されてふらりと一歩下がる。
「ごめんなさい、図々しかっ」
「あんたって娘は…っ」
「ひえっ…!?」
不快だったのかと慌てて雪江が謝ろうとすると、苦悶でもするように美しい顔が歪み手首を掴まれた。
「ついといで!」
「えっ…あっ…あっ…衣装」
牧場仕込みの膂力なのか、引きずられるようにして雪江は控えの間から出ていた。
「ワット、ウォーレン、荷物!」
チタニアは廊下で待っていた彼らに顎で室内を指し示し、その姿が見えなくなった途端、雪江の手首を掴んだまま走り出す。歩幅からして違う雪江はついて行くのがやっとで、気付けばワイアットの青毛馬にチタニアと二人乗りをしていた。貸し馬屋から借りている馬は三頭なので、追って来た護衛達も二人乗りだ。彼らの馬は二人乗り用の鞍ではないが、危なげはない。
「お、お義母さん! あの! お義父さんとワットを忘れてます!」
雪江は前に跨っているチタニアにしがみ付いて、駆ける馬の振動で舌を噛まないよう注意しながら声を張り上げた。帰り方にも何かしらの決まり事があるのかと思って促されるがままになっていたが、慌てて神殿から出てきたワイアットの「母さん!」と怒鳴る声が聞こえたのだ。結婚式と全く関係なさそうだ。
「ガキじゃないんだから自分達でなんとかするだろ!」
「えぇえ」
「いつも使ってる宝飾店に案内しな!」
雪江がぞんざいな扱いにたじろいでいる間にチタニアは雪江の護衛に指示を飛ばしていた。




