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条約の花嫁  作者: 十々木 とと
番外編
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テラテオス課のハクスリーさん


 私はプライス・ハクスリー。役所のしがない職員です。と言ってもテラテオス課に配属されるくらいには優秀だと自負しています。テラテオス課は我が国にとって大事なテラテオス人の生活を丸々サポートする役目を担っているので、要求される知識も能力も多岐に渡ります。更にその特殊性からより清廉潔白を求められ、細かい適性検査があるくらいです。私が配属されたのは、勿論能力を認められたからだと思っていますが、他者に性的欲求を覚えないことも大きかったでしょう。いくら優秀でも、異性愛者は配属されないのです。この点は、安心して相談しに来てもらえるよう開示されている基本情報です。とはいえ性的指向は自己申告ですから、入念に調査してもごく稀に虚偽を見抜けない事もあります。ご相談の際に不埒なことを行った職員がいた場合は、即座に通報してもらうようお願いしています。


 さて必要とされる適性には常識に囚われない柔軟性と、臨機応変な対処力というのがありますが、我々は主にこれを試されているように思います。離婚及び再婚相手探しや職に関するご相談が多いのですが、この間は娼館で仕事をしたいなどという方が現れて飛び上がりかけました。テラテオスでは合法な国もあると聞いたことはありますが、ユマラテアドでは、少なくとも此処、アルグスコフ王国では女性の性風俗従事は違法です。女性には健やか且つ安全に子を産んでもらえるように環境を整えることが法で定められています。詳しく聞けば場所が娼館なだけだというお話だったわけですが、だから良い、というわけにもいきません。流石に上司伺い案件でした。受け入れ人が常識のある方だったので、安全対策の一つとして訪れたようで……いえ、進んで協力しているのですから、常識があるのかないのか微妙なところです。何にしろそんなことが持ち込まれるわけですから、常識で凝り固まった頭の固い人間では務まらないのです。


 常識で凝り固まってはいけない。そう。世の中、もうそれ以上のことは起こらないだろうと安心していいものではないのです。後援会の会場に就いて相談された時には、お恥ずかしながら何をおっしゃられているのか直ぐには理解できませんでした。要は複数の男女を集めたお茶会です。自宮していたところで彼らは男です。いかがわしい催しかと勘ぐるのは仕方のないことです。話を聞くにつけ全くそうではなかったわけですが。考えてみればいかがわしいことを役所に相談するわけもない。役所内で行えば、参加者に邪な気持ちがあったとしても抑止にもなるでしょう。私もまだまだ常識に囚われていると、痛感した一件でした。幸いなことに後援会は現在に至るまでなんの問題も起こさず行われておりますが、おそらくきっと、これで終わりだと思ってはいけないのです。またきっと彼女達は斜め上や斜め後方からの相談を持ち込むに違いありません。


「ハクスリー、頼まれてた養子縁組の推薦状、できたぞ」


 何となく嫌な予感を覚えて供述でもするように自分の役割とここ最近の出来事を振り返っていたハクスリーは、課長の呼ぶ声で我に返った。


「ありがとうございます」


 自分の席を立ち、課長の執務机まで受け取りに行く。厳重に封を施されたその中身を見ることはできないが、子育てに適した人格を保証してくれるものだ。ハクスリーは感謝を込めて恭しく受け取った。


「大丈夫なのか」


 最近白髪と皺の目立ち始めた課長が、どことなく不安げにハクスリーを窺っている。


「何がですか」

「お前男にも興味ないんだろう」

「何か問題が?」

「いや、子供にちゃんと愛情注げているのかと思ってな」

「失礼ですね。性愛がなくても愛情を感じないわけではありませんよ。友愛とか、家族愛とかそういうものはあります」


 性愛が無いと知られると、奇異の目で見られる事も多い。ハクスリーはこの手の誤解には慣れていて、吐息混じりの言葉が刺々しくなることもなくなっている。ただ、長年共に仕事をしてきた人間に言われるとは思っておらず、少し残念な気持ちにはなる。


「そ、そうか」

「寧ろ私は子供の育成に向いていると思います。男児に邪な欲を覚える可能性もありませんから」


 ハクスリーは全方向に向けて安全な男なのだ。これは胸を張って言える。


「そ、そうだな」

「……課長。もしかして私が冷血漢とでも思っていましたか?」

「そんなことがあるわけないじゃないか」


 ハクスリーが目だけ笑わない笑顔で見ると、目を逸らされた。そんなことがあったようだ。推薦状の内容が不安になる反応である。今まで頼んでいた同僚が退職してしまった為上司に頼んだわけだが、人選を誤ったかもしれない。


「課長。今夜サシで飲みましょう」


 ハクスリーは手の中にある封書を握りつぶして笑顔で迫った。じっくり語り合って、適切な推薦状を書いてもらわねばならない。


 ハクスリーは実際、健全な子育てができていると思う。二人の息子は異性愛者だが、女性に無理強いするような思想は持っていないのがその証拠だ。ただ、誇らしく思う一方で、出会いがないのは不憫にも思う。その機会を与えてやりたいと思ってしまった時、同性愛者を偽ってテラテオス課に潜り込み、担当した女性を自分のものにしようとした元同僚の行動が少しだけ理解できてしまった。彼は自分の為であったから気持ちは解らないが、女性を欲するという事象は同じだ。

 それまでハクスリーは、女性を巡る事件や騒ぎを冷ややかに見ていた。女児出生率が上昇することが国家繁栄、皆の幸せに繋がるのだから、子種が誰ものもであっても結果は同じだし、周りの人間は円満な夫婦を支援し安心して子を産める環境を整えるのが最適な行動なのは明白だ。ハクスリーが養子を取るのもその一環だ。子供がある程度増えると、経済的理由で次の出産を控える家庭も出てくる。捨てられる子も多い。ならば余裕のある者が助ければ良いし、犯罪に手を染めるほど子供が欲しいなら尚更養子を貰えば済むことなのだ。女性にストレスを与え、場合によっては損なう上に、自分の身も破滅させるようなリスクを負ってまで争奪戦を繰り広げる人々が愚かしく見えて仕方がなかった。非効率、非生産的。なんならゴミを見るような目でそれらの人々を見ていた。それはきっと、性愛を理解できないから思えることでもあったのだろう。息子達を育てることで、性愛に限らず愛情そのものが厄介なものだと知った。

 身勝手な彼らのことはまだゴミのように思っているし、理解しようとは思わないが、自分も同じようになる可能性は秘めているのだと自覚して、気を引き締める今日この頃である。






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