36. おかあさんおちついて
結婚式当日。雪江一行は一般参拝客を避けて、裏口から神殿に入った。
雪江は控えの間でワイアットの母、チタニアと対面した。本来ならば実母に支度を手伝ってもらうところを、彼女が代わりをしてくれる。黒髪に日に焼けた健康的な肌の彼女は、くっきり吊り上がった目と眉を持つ迫力美人だった。髪を高く結い上げ花で飾り、白藤色一色のシックない装いが肌の色と美貌を引き立てている。成る程この人に叱られたら子供は怖かろう、と雪江自身も少し緊張しながら挨拶をしようとしたのだが。
「うっわ、何、ちっさ、お人形さんなの!? ちっさ、可愛い! ちっさ!?」
小さいを三度言われた。彼女のワイアットによく似た濃藍の双眸は大分上にあるので致し方ないが、雪江は数秒笑顔で固まった。
「初めまして、お義母さん。雪江です。ワイアットさんの妻として迎えてもらいました。花嫁衣装ありがとうございます。この通りなので、大分詰めてしまっ」
「おっ、お義母さん! お義母さんだってワット! ちょっと聞いた!? あたしに娘ができたよ! お義母さんって! 娘が! ワット! あんたあたしの娘乱暴に扱ってないだろうね!?」
舞い上がったチタニアが廊下に飛び出して行ってしまった。最後が急に凄んだ声になっているのはどうしたことか。ワイアットを見て突然体格差に気付いたのか。息子の方が実子なのだがその扱いでいいのか。雪江は変な冷や汗が出たが、好意的に受け入れてもらえたようで安心はした。ワイアットが出会った当初に言ったことは本当だったようだ。大喜び。だが懐に入れるのが早すぎやしないか。嫁姑問題で大変な苦労をしている人も多いというのに、これでいいのか不安になる程だ。
展開諸共取り残されてしまった雪江は手持ち無沙汰なので衣装を出す。皺になっていないか確認している間にチタニアが戻って来た。
「ごめんねはしゃいじゃって。あたしはとうとう産めなかったもんだから娘が嬉しくって。っはー。ちっさい…可愛い…」
小さいは褒め言葉なのか。子供扱いに通じる何かのような気がして雪江は微妙な気分になるが、チタニアにとっては子供になるのだから、これで良いのだろうと思うことにした。
「…花嫁衣装ありがとうございます」
「ああ、そうだったね、さ、着替えて。あたしのお下がりでごめんね。新調したかったんだけど、ワットじゃちゃんとしたものになるか不安しかなかったし、手紙で伝えるのも限界があってね」
雪江がもう一度お礼を言うと、当初の目的を思い出してくれた。チタニアが部屋の鍵をかけ、自分の荷物を開けている間に雪江は着替えた。
花嫁衣装自体はワンピースタイプの一人で着脱が簡単にできるもので、詰襟をきっちりしめて終了だ。胸のすぐ下で切り替えがあって、地面に引きずるぎりぎりまで真っ直ぐに落ちるシルエットになっていた。袖は二の腕の半ばから大きく裾が広がり、膝を越す長さがある。生地が真っ赤だから白が馴染み深い雪江には違和感があるものの、この国の伝統衣装だと思うと感慨深い。詰襟部分から胸元までと、袖やスカートの半ばから裾に向かって、金糸や銀糸で魔除の意味があったりおめでたいとされる動植物を象った刺繍が施されていて、マダム・プルウィットはそれを損なわないように上手く裾上げしてくれた。布が多く使われるのは豊かさを表すらしく、袖が長い分には問題がないからとそちらは直していない。
「私はお義母さんの衣装が着れて嬉しいです。家族だって、この世界の一員だって認めてもらえてるみたいで、凄く、嬉しい」
生涯番を替えない鳥、トゥヴィーを表すという胸元の刺繍を指でなぞり、雪江はこの衣装を身に纏える意味を噛み締める。チタニアは口を片手で押さえて小さく震えた。
「やだもうなにこの娘連れて帰りたい。う、うちの嫁にならない?」
「…も、もう息子さんの妻ですが……」
既にスカイラー家の嫁である。
「そうなんだけど、そうなんだけど…!」
チタニアがもどかしげに唸りながら雪江を鏡台に導き、髪を結い上げて化粧をする。口紅が衣装に負けないくらい赤く鮮やかだ。
「さ、仕上げだよ」
チタニアが自分の荷物から大事そうに扇状のものを取り出した。厚地の紙に刺繍された赤地の布を貼り、レースやビーズで装飾された鮮やかなそれを額から側頭部に沿うように当て、リボンで結んで固定する。額から下りる幾筋ものビーズが鼻先まで垂れ下がり視界を狭め、顔の両脇を繋いでいる五本のビーズはゆったりと流れ落ちて首から胸元を飾る首飾りのようになっていた。首飾りの部分は母親が娘の安全と幸せを願って石を選び自ら作るのだそうだが、これもチタニアが用意してくれた。濃淡様々な緑や橙の石が連なり、ネックレストップにあたる部分の大きめの石は、白い波模様が幾重にも入った球体になっている。悪いものを祓って、家族の絆を深める石だと言われているそうだ。
「ああ、ぴったりだね、よく似合うよ」
ビーズ越しに鏡に映ったチタニアの顔が見える。目元を緩めきっていて、そうすると微かに見える笑い皺が深まり迫力が少しだけ軽減されていた。
「こんな手の込んだものまで用意して頂いて……なんてお礼を言ったらいいのか…」
「いいんだよ、礼なんて。こっちが言いたいくらいなんだから。まさかあたしに花嫁の帽子を作る機会が巡ってくるなんてね」
雪江は胸が一杯になってしまって、言葉が見つからない。チタニアも感極まったように瞳を潤ませだして、まるで血の繋がった子供の門出を祝う場面だ。
「本当に、うちに来てくれてもいいんだよ。ワットに嫌気がさしたって、うちには沢山兄弟がいるからね。いつでも嫁いでおいで」
「!?」
式当日である。どこから突っ込めば良いのか判らない。滲みそうになっていた雪江の涙が引っ込んだ。
「あっ、ありがとうございます…?」
気に入ってくれたことだけは確かなのだからと、雪江は辛うじてお礼だけは絞り出した。




