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条約の花嫁  作者: 十々木 とと
第二章
80/114

33. 改めまして


「皆さんにお話があります」


 翌朝ワイアットの出勤を見送って直ぐに、雪江は護衛の三人を居間の長椅子に座らせた。普段座らない場所に座らされて、三人とも居心地が悪そうだ。雪江がいつになく表情を引き締めているから、ナレシュなどは何を言われるのかと緊張して不自然に姿勢が良い。足も閉じてしまっている。


「この三週間、ご心労をおかけしました」


 皆戸惑った顔をした。そんな言葉をかけられる立場ではないし、雪江がどこにも出掛けなかったから、どちらかといえば特別気を張ることのない楽な仕事になっていたのだ。


「私が引き籠もっていたのは皆さんを信用できないからじゃありません」


 コスタスがはっとして顎を引く。


「人が死ぬのが怖いんです。護衛という職種がどういうものかは理解しているつもりです。でも、私は私の為に人が死ぬのは怖いです。私には人の命は重いものだし、万一、そういったことになった場合、それを背負いきれる自信もありません。私が弱いという話で、皆さんの信用問題じゃないことだけは解っていただきたいです」


 雪江は彼らの誇りを傷つけたいわけではないのだ。彼らは思いがけない話を聞いたというような顔をして、内容を噛み砕いているのか、それぞれ思索しているようだった。


「解りました」


 始めに声を発したのはナレシュだった。


「何があっても死なないくらい強くなります」

「………」


 真顔でとても凛々しく言い放たれたが、雪江は沈黙してしまった。心意気は嬉しい。実際そうなってもらえるのが一番良い解決法だが、現実問題無理だ。その言葉に素直に感動できる歳を大幅に越してしまっていることに申し訳なくなってくる。気遣いとお年頃男子の繊細な心に対して即否定して良いものか迷って、助けを求めるようにエアロンとコスタスを見た。


「嘘を誓うな」


 溜息を吐きながらエアロンがばっさりいった。あ、それでいいんですね、と雪江は尊敬の眼差しになる。


「で、でもそれが一番だろ」

「間違ってはいないんだけどな」


 ナレシュが詰まりながらも反論し、コスタスが宥めるようにナレシュの肩を二度叩いた。


「…俺としては護りきって死ぬなら、それはそれで護衛冥利に尽きると思ってるんですが、そういうことじゃないんですよね?」

「すみません……そういったものを受け止められる器があれば良かったんですが」


 例えば物語の中の勇ましく格好良い主人公のように。貴方の死を無駄にせず使命を果たします、或いは幸せになります、と言えるような強靭な精神を持っていたならば。コスタスの言う護衛冥利も双方の満足がいく形で昇華できるのだろう。萎れている雪江に、コスタスが弱ったように眉を下げる。


「謝らないでください。ちょっと予想外だったもので…御配慮ありがとうございます。浅慮のあまり見当違いの行動を起こさずにすみました」


 矢張りコスタスは責任を感じていたのだ。雪江としては誤解が解けたようで何よりだ。


「その、なるべく、護りがいのある護衛対象になるように頑張ります」


 命までかけてしまうと言うのならば、それに相応しい人間になるのがせめてもの責任だと雪江は思った。断言してしまえないのが己の弱さだと理解しながら、今はそれで精一杯だ。真剣な決意表明だったのだが、向かいに座る三人はぽかんとした。


「ぉ、ん…?」

「いえ、…」


 何か返事をしようとして咄嗟には出てこないナレシュとコスタスの戸惑いが手にとるように判って、雪江は内心冷や汗だ。こいつ何言ってんだ、とはっきり言ってくれた方が優しい。でもおかしなことは言っていない筈だから、下がりかけた眉をきりっと上げ直す。絶句していたエアロンが表情を和らげて、ふ、と空気が抜けるような笑いを小さくこぼした。


「失礼」


 雪江は矢張りおかしいことを言ったのかとひやりとして、エアロンを見た。エアロンは片手を上げて咳払いをする。


「絶対に死なない約束はできませんが、より精進して最悪を回避できるよう努めます」


 真顔で最適解を導き出したエアロンに、雪江はほっと気が緩んだ。これなら頷ける。


「はい。お願いします」

「右に同じく」

「お、俺もです!」


 コスタス、ナレシュの順に続いて、雪江は安心した笑みを返す。


「少しずつ日常に戻れるように頑張りますので、引き続きよろしくお願いします」


 雪江は頭を深々と下げて、また護衛達の居心地を悪くさせていた。






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