21. 大規模護衛会議
夜も更け始め、出来上がった酔っ払い達の意味不明な大合唱が通りに響き渡る頃、イヴの微笑み亭を貸し切った一団がある。皆似たような革の防具を着けているから、一目で彼らの職種が丸わかりだ。
「皆お疲れ。今日は慣れない仕事をしてくれたお礼にと、うちの奥様の奢りだ。存分に飲み食いしてくれ」
コスタスが音頭をとって、思い思いにグラスを合わせたり掲げたりする。後援会に参加した奥様方の護衛達だ。彼らは職業柄もあって、酒の弱い者に無理やり勧める習慣がないから、果実水の者が多くても誰も気にしない。
「奥様なのかよ」
「個人収入があるからじゃないですか?」
「あ、聞いたことあります。檳榔館の」
「ああ!」
「クビにならなくて良かったな!」
「良い旦那様だな!」
最近の誘拐事件に思い当たった面々はスカイラー家の三人に同情的な目を向けたり労ったりと、疑問の回収が早い。
「そうか、あの奥様か。流石、次から次へと突飛なことを思いつくな」
「そうだろ、うちの奥様は可愛らしいだけじゃないんだよ」
呆れと感心が七対三なのに、ナレシュは嬉々として自慢した。
「褒め…てはないかな?」
「なんでだよ。あんたのとこの奥様だっていい気晴らしになったって喜んでたろ」
「あー、はいはいごめんね。こいつ奥様大好きだから耳が節穴なんだよ。目は大丈夫なんだけどさ」
ナレシュが睨むのを、コスタスが宥めに入った。ナレシュはコスタスを不服げに睨んだが無視される。
「それ護衛としてどうなの」
「仕事中は正常に働くからぎりぎり大丈夫だ」
エアロンがぎりぎりフォローする。
「なんだよどういうことだよ。え、もしかして俺首危ないの?」
狼狽え始めるナレシュを後でな、と流してコスタスはカウンターやめいめいのテーブルについている護衛達を見回す。各人に料理が行き渡る頃合いを見計らって、雪江に任されていたことを切り出した。
「皆の中には迷惑に思った者もいるだろうけど、奥様が今後の参考に今日の感想を聞きたがっているんだ。警備面の改善点も話し合って、より安全な会にしたいとのことでな」
「へぇ、しっかりしてるな」
「そうなんだよ。でもそれだけじゃないぞ。俺達にも優しいし、今日の気配りなんて完璧だったろ。俺見てないけど」
「お前の話はもう良いわ」
ナレシュがすかさず自慢し始めて別の場所から突っ込みが飛び、笑いが起きる。エアロンがお前はこれでも食べてろと、トマト煮込みハンバーグを目の前に置く。ナレシュの好物だ。
「会の成功は俺達の存在にかかっていると言っても過言ではないから、プロの目線で助言が欲しいと奥様が言っていた」
エアロンも付け加えると、各々顔を見合わせたり考え込んだりしている。危険な場所を避けたい護衛達は多かれ少なかれ今回の事に不満を持っている。だが会場入りして早々に自分達に向かって今日はよろしくお願いしますと頭を下げていたスカイラー夫人に、驚きこそすれ悪感情を持っているわけではなかった。その上純粋に能力を認められ頼られて嬉しくないわけがない。護りきるのは仕事だから当たり前で、態々貴方の力が必要です、などと言われたりはしないから余計にだ。
「でも、俺は施設警備の経験がないから今日の配置の良し悪しがわかりません」
「俺もだ。だが護るべきものが変わるわけじゃないし、各々が自分の護衛対象を護っていれば隙はできないだろう」
「それはそうだけど、護衛が犇いてるとちょっと護り難い気がする」
「あ、俺もそれ思った。何かあった時動き難いよな、動線の確保的な意味で」
「今回の場合だと同席は各一名ずつの方が良かったかもね」
「それはいくらなんでも少ないですよ。会場の方を広くした方がいいのでは」
「それよりケースごとに護衛間の役割を決めた方が良くないか?」
「上手く連携が取れれば効率的だが……毎回同じ顔ぶれというわけでもないんだろう?」
料理を突きながら討論が始まる。最終的にはある程度回を重ねたところでマニュアルを作って、参加者の護衛達に事前に配布したらいいのでは、という結論に達した。
「凄い! そんなことまで話し合ってくれたんですか」
翌日討論内容の報告を受けて、雪江は驚きと喜びをいっぺんに声に乗せた。
「ありがとうございます参考にさせていただきます! でもマニュアルの内容は皆さんに任せきりになるので、引き続きよろしくお願いします」
護衛としては面倒な仕事が増えた状態だろうに、エアロンは真面目な顔で、コスタスは弱い笑みを浮かべて頷いた。ナレシュは言わずもがな、雪江が喜んでいるので張り切る。「はい!」と良い返事をしていた。
「マニュアルできたらワットにチェックお願いしてもいい?」
元よりそのつもりだったワイアットも、言い出す前に頼られてそこはかとなく機嫌が良い。どこからも大きな反発がなく、幸先良いスタートと言えた。




