表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
条約の花嫁  作者: 十々木 とと
第二章
67/114

20. 第一回後援会


 女役への呼びかけはエルネスタに協力を仰ごうと思ったが、彼女が演技指導を行うと期待させてしまいそうなので、マロリーに頼んだ。それでも参加希望者が殺到した為、結局はエルネスタと雪江で面接を行い、架空の劇団をでっちあげた者、自宮に関する虚偽報告を行った者、素行の悪い者など、問題を起こしそうな者は弾いて名簿を作り、数回に分けて参加してもらうことになった。

 会場は役所の会議室を用意してくれた。ハクスリーに「憲兵沙汰にならないようにお願いします」ときつく言い含められている。

 女性参加者は雪江とルクレティアを含めた六名。護衛達も同席する。六名の護衛となると総勢十八名。内、ナレシュとルクレティアの護衛一名に廊下に立ってもらい、前後の扉を護ってもらっているが、それでも十六名。壁際にずらりと並ぶ様は空気技能を発揮していても圧迫感がある。


「…これは…悪さできる気がしないわね」

「結構怖いわね」

「部屋が狭く感じるわ…」

「私達は安心だけど、役者さん達は萎縮しちゃわないかしら」


 安全面を考慮して、女性陣には先に会場入りしてもらっていた。手探りの初回なので忌憚なく意見を述べてくれそうな人を集めてもらった結果、『怖い』で意見が一致した女性陣は早々と打ち解けている。


「そうですね……では、一名ずつ廊下で警戒にあたってもらってもいいでしょうか」


 雪江もこれは同意見だったので女性陣に提案すると、各々護衛と話をつけてくれた。護衛の中には渋々といった様子の者もいたので、後で彼らにも意見を聞く必要があるだろう。

 役者達が到着する時間になると、女性陣はルクレティアに任せて三人の護衛を伴い雪江が迎えに出る。控え室の様子を覗けば、会議室と同じように茶と茶菓子の準備が整っていた。一仕事終えて屈強な護衛二人と一服していたネヘミヤが席を立つ。


「そろそろ?」

「うん、お願い」


 玄関ホールに出ると、役者達は既に待っていた。女役だけでなく、護衛代わりの男性陣も数少ない女性との交流の機会にそわそわしている。彼らの殆どは雪江の隣のネヘミヤに目を奪われていた。ネヘミヤは自分の護衛を控え室に残して、歩幅の狭い歩き方や柔らかな仕草でまるきり女性然として佇んでいる。彼らの視線に恥ずかしげに目元を赤らめながらそっと目を逸らす。その細やかな演技を雪江は見ていなかったが、男性陣が頬を染めたり落ち着きがなくなったのが見えるので何かしら仕掛けたのは解った。男性陣の目を引きつける役をすると申し出られた時に、雪江は危険だと断ったのだが、ネヘミヤは屈託なく笑った。


「そのまま客にできるんだから、私としては得しかないんだよね」


 自主的に恋に落ちる分には違法な客引きではないと言うのだ。雪江はそっちの危険を慮ったのではない。襲われたらどうするのだ、という話だ。役所で堂々とそんな振る舞いをすることには不安しかないが、後援会を潰すようなことにならないよう細心の注意を払うと約束してくれたので、「程々にね」としか言えなかった。


「スカイラー夫人! 本日は本当にありがとうございます」


 女役はマロリーを含めた五名。事前に話し合ってくれていたのか、代表してマロリーだけが進み出てくる。


「女性陣も楽しみに待ってました。でも、今回は試運転のようなものですから、今後続けられるかは皆さんにかかっています。くれぐれもルールを守っての交流をお願いします」


 女役達が神妙に頷き、各々の付き添いを肘で小突いたり、目配せしたりしている。ネヘミヤに見惚れている男性陣に危機感を覚えたのだろう。だが彼らは隔離され、ネヘミヤの強面護衛達と茶会をすることになるので概ね問題はない。


 会議室の机は二列に向かい合う形で並べられている。役者達が空いている片側の席に着席するのを待って、主催者として雪江が口を開く。


「ティーグ夫人やマロリーさんから事前に聞いていると思いますので繰り返しにはなりますが、身体的接触は禁止します。これは旦那様方に参加を許可してもらえるよう出した条件ですが、不要な誤解を招かずこの会を継続させる為に必要なことですので、ご協力をお願いします。これを破った方は強制退場とさせていただきます。今後の参加も一切お断りさせていただきますのでご了承ください。それさえ守っていただければ堅苦しいことのない席です。この出会いとお茶を存分に楽しんでください」


 役者達は意欲を持っての参加で、女性達も交流や情報に飢えている。挨拶さえ済ませば自主的に自己紹介が始まり会話が弾む、賑やかな場になった。雪江はホスト役に徹することにしている。ネヘミヤが手伝ってくれてはいるが、給仕をしたり問題がないか気を配りながらの交流は、器用ではない雪江には難しい。


「ね、気になってたんだけど、そのスカートお洒落ね。見たことない型だけどどうなってるの?」


 雪江が紅茶のおかわりを注いで回っていると、翻るスカートに目を止めた役者の一人が話しかけてきた。今日の雪江は上衣と下衣の分かれた衣装を身につけている。白い立襟ブラウスの首には守護魔術入りのチョーカー。中央にオーバルカット、その下に吊るされる形でペアシェイプカットのブルーサファイアが配されている。下衣は足首丈のキュロットスカートだ。巻きスカートに見えるので、保守的なユマラテアド女性でも比較的手に取りやすいデザインだと、ルクレティアが見立てたものである。

 雪江は紺青の巻きスカート部分を捲り、グラデーションで藍色になっている中の生地を見せた。


「これ、実はズボンになってるんですよ。風が吹いても裾を気にしなくていいし、動きやすいんです」

「へぇ! 面白い!」

「私も今日それを履いてきたわ。街歩きの危険を考えると、こっちの方が安心なのよね」


 一人が食いつき、女性陣の一人も立って見せて加わると、瞬く間に話題になる。それどこで売ってるの? の言葉を引き出せれば雪江としてはミッションコンプリートだ。


「オリオールというブランドの服です。ティーグ夫人のお店なんですよ」


 ルクレティアの協力の条件は彼女のブランドの服を着ての参加だけだったが、日頃お世話になっている礼も兼ねて、雪江は宣伝もしっかりする。ルクレティアも客層を広げるチャンスを逃さず、しっかり売り込んでいた。

 

 約二時間の会は無事に終わり、役者達が付き添いを連れて帰って行く。男性陣も強面護衛が主催する茶会が抜け出しにくかったのか、廊下の護衛の人数で諦めたのか、問題を起こす者はいなかった。安全上解散時間をずらす目的とは別に、女性陣には少し残ってもらって本日の感想や意見を聞く。


「こんな大勢で集まったの何年ぶりかしら!」

「ほんと、楽しかった」

「年甲斐もなくはしゃいでしまったわ。煩くなかったかしら」

「やぁね、歳なんて関係なく女が集まれば自然と煩くなるもんよ」


 心なしか皆肌艶が良くなった気がする。心から楽しんだようだが、全員がテラテオス人だからこそかもしれない。皆もそこは気になったようだった。


「生粋のユマラテアド人はいなくていいのかしら」

「それは今後の課題なんですよね。私達は色々ハードルが低いですけど、此方の方はあまり良い顔はしなかったんですよね?」


 雪江が頷きルクレティアに確認すると、彼女は難しい顔をしていた。


「興味はあるという人はいたんだけど、夫を説得してまでとは思わないらしくて」

「そうねぇ、私の言動である程度は慣らされてるうちの旦那とは訳が違いそうだし」

「楽しそうにしているのを見れば好奇心で若い娘が釣れないかしら」

「まず出てきてもらうのが難しいんだから、観劇好きの活動的な娘さん達の間で話題になるのを待つしかないのじゃない?」

「夫が情報を遮断する場合もあるから、長期戦だわね」


 同じ女性とはいえ育ち方が大きく違うので、役者達のことを考えるならユマラテアド女性も参加してもらえるのが望ましい。皆頭を悩ませてくれたが、良い案は出なかった。無理に引っ張り出しても何か起きた時が怖い。互いの為にも自主的に参加したいと思ってもらえるのが良いだろうということになった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ