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条約の花嫁  作者: 十々木 とと
第二章
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19. 雲泥の差


「本当?」


 恒例になりかけている護衛帰宅後の話し合いの場を準備していた手を止めて、雪江は顔を上げた。まだ再度の説得を試みていないのに、ワイアットが後援会に参加していいと言うのだ。


「ネヘミヤを連れて行くことが条件だ」

「…もしかして、ネヘミヤが説得してくれたの?」


 無邪気に喜ぶとワイアットは頷いたが、笑もうにも笑めない苦さがほんのり見えて、雪江は首を傾いだ。ワイアットは誤魔化すように雪江の手から薬缶を取り上げ、ティーポットに湯を注ぐ。ワイアットは茶葉が蒸れるのをその場で待つように流し台に腰を預けて腕を組んだ。


「もう一つ。新しい守護魔術を身につけること」

「…髪飾り、あるよ」


 婚姻当初からずっと続いている攻防が再燃した。


「魔術は一つしか残っていないだろう。それでは心許ない」

「そもそも発動しない可能性が高いんだから、一つでも十分です」

「だが実際は二つ使っただろう」

「そうだけど……それよりも私が技術を身につける方が有効だと思うの。私でもできる一撃必殺のも教えてもらってるし」


 ワイアットの眉間の皺が不服を表すように深くなった。


「できる備えを怠る理由にはならない」

「そうかもしれないけど、そう簡単に宝石買っちゃ駄目」

「何故だ。お前の身を護るためのものだ。いくらあっても足りない」


 ワイアットは純粋に雪江のことだけを考えているものだから、ちょっと気を抜くと雪江は絆されてしまいそうになる。


「嬉しいけど、それより貯蓄に回した方が良いと思うの。この先、お金が沢山かかるでしょう?」


 ワイアットには心当たりがないようで、目で問われた。


「そ、その…」


 なんとなく口にし難くて雪江の目が逸れる。逸れた先にティーポットがあった。忘れるところだった。雪江は二つのティーカップにハーブティーをゆっくりと注ぐ。


「子供が出来たら、沢山入用になるでしょう」


 口にしたら気恥ずかしくて、雪江の顔がじわじわと赤くなってきた。ワイアットは始めから家の増築スペースを確保していたから、ユマラテアドの普通に則って雪江に沢山子供を産ませるつもりがあるだろう。そんなに沢山産めるかは判らないが、雪江も子供は欲しい。雪江がもじもじしていると、注ぎ終わったティーポットを手から抜き取られて顎を掬い上げられる。ワイアットの眉間の皺が消えていて、目元が緩んでいた。


「そんなことか。心配するな。女が生まれれば祝金が出る。もし足りなくなったら宝石は売ればいいんだ」


 雪江の赤い頬を愛でるように親指が行き来している。売ればいいと言われればその通りで、雪江は断る理由がなくなってしまった。


「何が欲しい」


 金持ちとして育っていたら宝石を財産として所持する発想があっただろうが、雪江には無駄遣いに思えてしまって頷き難い。口を引き結んで意地になっていると、口を割れとばかりに親指で唇をつつかれた。睨んでも意に介さず突かれ続けて、ツボの指圧のようになっている。それが段々唇の隙間を割るように撫でる色を含んだものになりつつあって、雪江は慌てて両手で止めた。観念して目線を斜めに落とす。


「………指輪。私の故郷では婚姻の証は指輪なの。でも。毎日つけてたいから、宝石はない方がいい」

「わかった。魔術を込める装身具は何がいい」


 悪足掻きをしたら、一分の思考の間も無く別枠と捉えられた。


「男の人も指輪をするの。そっちを私が買っていいなら、選ぶ」


 女が金を出すという概念がワイアットにはない。困らせてやろうという少しばかりの意地悪と、自分で稼いだ金で大事にしてもらえる贈り物をしたいという欲で、雪江は妥協案を提示する。ワイアットは戸惑ったように目を彷徨わせ、暫し考え込んだ。


「…武器が扱い難くなる。首に下げてもいいか」

「それなら守護魔術入りの指輪にするね」


 指にしないのならお守り感覚だ。それなら実際に使えるお守りにしたい。雪江とてワイアットの身を案じているのだ。身を危険に晒す職業なのだから、彼にこそ必要なものだ。


「すまん、それは駄目だ。防御魔術との相性がある」

「防御?」

「ああ。昔は騎兵も鎧を着ていたんだが、重くてな。今は馬の負担を考えて鎖帷子と魔術で対応している」


 そう言われてみれば誘拐事件の時、実戦を想定していたのに防具らしきものが見えず、雪江は随分軽装だと思ったものだ。隊員達は皆体格が良かったし、その上で槍や剣を装備するとなると、馬にとってはそれだけでも重いのだろう。


「あ」


 雪江は根本的なことに気付いた。


「一度攻撃されたら直ぐ無くなっちゃうね」


 意味がないわけではないが、直ぐにただの指輪になること請け合いだ。


「都度、買い換えると破産するな」


 ワイアットの肯定には容赦がない。雪江は落胆して、倒れ込むようにワイアットの鳩尾の辺りに額をつけ、腰を抱き込む。直ぐに太い両腕で囲まれ、頭が撫でられた。


「俺の気持ちが解っただろう」

「桁が違うと思うの」


 荒事に携わる人と同列で語るものではないだろう。雪江の拗ねた声に、吐息で笑う気配が頭上でした。何処か嬉しそうで雪江は腹立たしいが、それを見逃したのは少し悔しい。






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