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条約の花嫁  作者: 十々木 とと
第二章
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17. 網は広げておくもの


 説得が必要な男共の中には勿論ワイアットも入っていて、雪江は敢え無く却下されていた。その話を聞いてネヘミヤが笑う。


「自宮してたって女役は護衛代わりに他の役者も連れてくるだろうから、尚更だろ」

「付き添いの人用の控え室を用意する!」

「対処早」

「やりようはいくらでもあるもの。口数少ない人の説得って難しいね。糸口が掴みにくい」

「口数の問題じゃないと思うよ」


 雪江が溜息をつくと、ネヘミヤは可笑しそうな顔をした。


「でもさ、それなら企画だけして当日はティーグ夫人に任せたらいいんじゃないの?」

「それも考えたんだけど、私も参加したいの」

「うまくいくか不安?」

「うん…企画だけして見届けないなんて無責任だし、私も奥様方と交流したくて」


 ルクレティアが息子達の為にしていることを話すと、ネヘミヤはテーブルの下になって見えない雪江の腹部に目線を落とした。


「できたの?」


 雪江はほんのり頬を赤らめて首を振る。


「ううん。気が早いとは思うんだけど、色々考えちゃって。同世代の女の子と出会える機会くらいは作ってあげたいと思うの。既婚者を攫うようなことにはなって欲しくないし」


 ルクレティアの言うように、男児が産まれても同性愛者や両性愛者ならばその心配は薄くなるのかもしれないが、性的指向は状況によって変えられるものではないだろう。

 雪江は性的指向に就いては寛容なほうだ。理解があるというより、身近にそういった人間がいなかったから好悪を抱く機会がなく、単純にそういう人もいると受け止めている。だから公娼が男性だということも、内実は別として、男女比故の必然という理屈は直ぐに納得していた。ネヘミヤのことも、女友達のように思ってしまうこともあるが、基本的にはネヘミヤという生き物だと認識している。きっとまだ見ぬ子供がどの性的指向でも受け止められる筈だ。それよりも犯罪の方が受け入れられない。


「向こうには略奪婚ってなかったの?」

「あるけど物理的に攫うのは物語の中くらいじゃなかったかな」


 雪江は詳しいわけではないので曖昧に首が傾く。


「…そういえば。未婚女性を攫う誘拐婚はどこかの国にあった。世界中から非難されてたけど。誰だろうと誘拐は駄目だけど、少なくとも既婚者じゃなかった。私の知ってる範囲では不倫は後ろ指差される行為だし、婚姻は一定の抑止力を持っているの」


 左腕の腕輪を無意識に撫でて、雪江は溜息をついた。


「……ユキエちゃんの警戒心のなさの理由の一端がなんとなく解ったわ」

「うん…全ての男性警戒しなきゃいけないのって、結構しんどい」


 一日や二日なら、人気アイドルってこんな感じなのかな、大変なんだな、程度にしか思わなかったかもしれないが、日常となるとじわじわと神経が磨耗していく気がするのだ。


「こっちの女みたく家に閉じこもっちゃえば解決するよ」

「…それはそれで鬱々としちゃう。私が引きこもり体質だったらワットにも心労かけずに済むんだけど」


 自分さえ我慢すれば丸く収まる。だが一方だけが我慢している状態だと、いずれ破綻するのも目に見えている。互いに程良い落とし所を見つけていくしかないのだと雪江は思っている。


「夫婦って大変だね」


 両頬杖をついてじっくりと雪江を見ていたネヘミヤが妙に感慨深げに言うものだから、雪江は何とも言えない気分になった。これでは流石に給金をもらい難い。


「ごめん、参考にならない話に時間とっちゃって」

「ううん、興味深い。既婚者相手に役立ちそう」


 邪気の無い笑顔だ。どう役に立つのか、雪江にはさっぱりわからない。気を使ってくれているのかと腑に落ちないものを感じていると、ネヘミヤの視線が少し落ちていた。その焦点はテーブルの上には無い。先程妊娠の有無を確認したときの目線だ。


「ねぇ、子供さ。産まれたら私にも抱かせてくれる?」


 いつもの明るく、軽薄にならないぎりぎりの軽さではなく、そっと繊細な場所に触れるような声音だった。躊躇いがちなそれに拒否を恐れるような気配を感じて、雪江は頷いていた。


「うん、いいよ」


 ふわりと、花の蕾が開くようにネヘミヤが笑った。






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