14. 惨殺事件は回避したい
「よっし良くやった!」
チャニングは帰宅後、雪江に会えて依頼できたことを報告すると、その場にいた全員に背中を叩かれたり頭を撫でまわされたりして揉みくちゃになった。
「痛ェって! おま、止めろ! 餓鬼の使いじゃねぇんだぞ!」
「いやだってお前あんなぼろっぼろになってたのによくやったよ本当!」
「こいつは赤ん坊が立った時くらいに褒めていい案件だ!」
「喧嘩売ってんのかてめぇ!」
いい歳した大人がそんな褒められ方をしても馬鹿にされてる気になるだけだ。チャニングは青筋を立てて頭を撫で回す手を払い落とす。
「おい俺達がどんだけ手を替え品を替えお前慰め持ち上げまくったと思ってんだよ」
「そうだぞ、これは俺達の労力を褒め称える行為でもある!」
「くっそ煩ぇな! 感謝してるよ! この感謝は脚本で返す! 散れ!」
劇団員達は吠え猛るチャニングを意に介さず互いの健闘を称え合った。苦労を共にすると結束は強まるのである。
「もう本当良かったぁ。んじゃ次は脚本直してもらうとして、いつ指導に来てもらえんの? 稽古場どうする? いつも使ってる倉庫でいいの? 小汚いし警備面も考えるとあそこに招くのはちょっとさぁ」
マロリーが目を輝かせて今後の予定をせっつくと、チャニングは言いにくそうに口元を歪めた。
「…指導はねぇぞ」
「は? なんで?」
「安全面に問題があるからだそうだ。略奪婚思いっきり警戒されてんぞ」
「あっ…」
「あー……」
心当たりしかない一同は気まずげにマロリーから目を逸らす。
「略奪したらきっと劇団メテオルドゥス惨殺事件が起こる」
雪江の夫を思い出してチャニングが微震した。脚本のタイトルみたいな言い方するなと誰もが思ったが、突っ込むより先にすることがある。
「すまんマロリー」
ワイアットにお目にかかったこともない劇団員一同が揃って謝った。
「うっそ! やだ困るよ! 脚本だけ良くなっても演者がへなちょこじゃどうにもなんないじゃない! そのくらい皆だって解ってるよね!?」
女役の実力はそのまま劇団の人気に繋がる。周りの役者がさほどではなくても、女役で持っている劇団もあるくらいなのだ。マロリーは自分の演技が想像の寄せ集めでしかないことは重々承知していたし、限界も感じていた。名女役として名を馳せるジュリアンの演技を観て勉強したくても、今の懐事情ではそう易々とチケットを買うことができない。そんな事情は劇団員に筒抜けだし、マロリーに一番重圧がかかっているから皆何も言えなかった。
「ドワイト! 私だけでも駄目なの!?」
「いや、俺に言われても。っつーかお前下取ってねぇから駄目だろ」
「そんなの言わなきゃわかんないでしょ! もー頼りになんないな!? 次んとき、私も連れてって!」
「ふっざけんなお前俺を殺す気か!? 旦那一緒だったらどうすんだよ!?」
「恋人で乗り切りなさいよ!」
「はぁ!? お前と!? せめてちょん切ってから言え!」
「金があったらとうの昔に落としてるわ! ふりぐらいでがたがた言うな!」
その日も劇団メテオルドゥス宅は暫く騒がしかった。




