6. 恐怖の嫁取り
家の希望を聞かれた雪江が震えながら「雨風が凌げればいいです」としか言えなかったばかりにワイアットが全てを決めた結果、郊外の庭付き二階建て4LDK。小さな厩もある。護衛の詰め所用に一階の一部屋を用意するのは普通だということだった。雪江とワイアットで二階の部屋を一部屋ずつ使う。ワイアットが購入した家だけに、彼が共に住むことには疑問を呈することができない。基本的な家具は備え付けで即日入居可能な状態だった。
「何から何までほんともうすみません…」
雪江は精神的に疲労困憊で、居間の長椅子に身を埋め小さくなっていた。隣にはワイアットが座っているが、金額なんぞ恐ろしくて聞けやしない。雪江が来なかったらワイアットは隊舎に住み続けていたのだろう。これで婚姻が成立しなければ多大な損失ではないか。
「気にするな。必要経費だ」
「………それでユマラテアドの女性は納得するんですか」
ワイアットは首を傾げた。
「少し手狭だから文句を言われるかもしれんな」
4LDKで手狭とは。
予想外の回答に数秒考え込んだ雪江は、何故条約が結ばれたのかを思い出した。ユマラテアドでは女児が生まれるまで頑張るから子沢山が普通なのではないか。だがちょっと待ってほしい。
────婚約もしてないのに見越して買っちゃうの? これ普通なの? ユマラテアド女子、メンタル鋼なの?
雪江は顔を両手で覆って項垂れた。
「増築スペースはあるから心配するな」
「そういうことじゃない」
子供を産む前提で話さないで欲しい。
雪江は思わず呻いてしまったが、言い方が失礼だったかと指の隙間から疲れた目をちらりと上げると、ワイアットの目とかち合った。眉を寄せているが、よく見るとその目に鋭さはなく困惑しているようにも見えて、不機嫌さを示すものではない。
「嫌か?」
真面目で、端的過ぎて言葉が足りなくて、ちょっとずれているけれど多分それは常識の違いのせいだ。事を強引に進めているように思えたが、雪江の気持ちが整理できていないからそう感じるだけで、落ち着いて振り返ってみるとワイアットは必要なことをしているだけなのだ。4LDKは別として。
「…常識が違いすぎて展開についていけないだけです」
「後は護衛が来れば生活用品も揃えに行ける。もう少しだけ我慢してくれ」
ワイアットが頷いた。彼は彼で、無理をさせていることに気付いているのだ。悪気があっての事ではない。
朝から休みなく環境を整えてくれているのにちゃんとお礼を言っていないことに気付いて、雪江は姿勢を正してワイアットを見た。
「色々整えてくださって、ありがとうございます」
今できるのは感謝だけだから精一杯微笑む。ワイアットは驚いたように瞼を擡げて一瞬止まり、僅かに口角を上げて目元を緩めた。思いの外優しげなその表情に、雪江は少しだけ打ち解けられそうな気がした。