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条約の花嫁  作者: 十々木 とと
第二章
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2. 子兎進化論争


 雪江は辛くも以前の起床時間を取り戻した。誘拐事件以来、温めていた計画を実行に移すことができる。脱子兎改め、噛んだら痛い子兎計画である。

 ワイアットの出勤を見送って門を閉めると、早速護衛の三人に剣術指導をお願いする。エアロンは良い顔をしなかった。


「それなら逃げることに特化してもらいたいです」

「帯剣して歩いてたら不審です。そんな女性はいないのでいい顔をされませんよ」


 コスタスも首を振る。


「なら男装で歩けば問題ないのでは。アラベラさんみたいに」

「あの人は例外です。旦那様も嫌がると思いますよ」


 実例があるので雪江は納得がいかないが、ナレシュまで渋面だ。


「ワットと出かける時だけ着替えれば良いのでは」


 男装の女と歩きたくないのかと思ったら、そうではないと首を振られる。


「扇情的なので止めておいた方がいいです」

「え、扇? え? 男装のどこがですか?」


 エアロンが思わぬことを真顔で言い出して、雪江は聞き間違いかと思った。寧ろ女性らしさが抑えられ、色気の類はなくなる筈だ。問い返されるとは思っていなかったのか、返答に困るエアロンに代わってコスタスが口を開く。


「あー…のですね。女性は皆下半身は隠れているでしょう。見慣れていない野郎どもには刺激が強いんです。臀部の形が分かるじゃないですか。この間ティーグ夫人のお店で購入した…スキニーパンツ、でしたか? あれは絶対に駄目ですよ。旦那様に見せて聞いてみたら良いです」


 扇情的の基準が随分違った。女性の定番服で気付くべきだったのだろう。ルクレティアは確か、脚のラインを綺麗に見せるという発想が此方では通用しないから、別のアプローチが必要だとは言っていた。スキニーパンツは暫く眠らせていたのを雪江の為に引っ張り出してきたようで、この先も眠りっぱなしかもしれないとも言っていた。コスタスが言うように、重ね着で使うとしても夫に見せてから履くかどうか決めるよう言われていたことも思い出した。


「魔術を組み込んだ装身具を複数身に付けておくので手を打ちませんか。頭、耳、首、腕、指…ああ、あとブローチもあるから、結構な数いけますよ」


 ナレシュが両手で指折り数えているが、指十本に指輪をつける計算になっている。


「それはもう物理いけるね」

「殴打用として使えないこともないですが、奥様の指が折れる可能性が高いのでお勧めできません」


 コスタスが呟き、エアロンが真面目に考察して首を振る。


「いえあの、狙われる理由が増えませんか」


 帯剣とは別の意味で目立つことになる。魔術を組み込むのは宝石なのだ。武器扱いならそれなりに大きな指輪を想定していないだろうか。それに以前髪飾りの真珠に組み込んでもらったものは、一つずつ発動する仕組みにするために三つ纏めてかける術だったそうなのだ。身に着けるもの全てに似たような術を組み込むとなると、一度に全部お買い上げしなければならないのではないか。そんな大金はいくらなんでも用意できないだろうと雪江は思う。


「なにも、一緒に戦いたいとかじゃないんです。貴方達と逸れてしまって、魔術も打ち止めになった時に身を守る技術を身につけたいんです」


 彼らを信用していないと言っているのではない。もしも、万が一がまたないとは限らないのだ。彼ら自身がよく解っていることなのだろう、当然の心配として耳を傾けてくれている。だがこの先を言うのが恥ずかしくて、雪江の目が泳いだ。


「そもそもですよ。……魔術が発動しないうちに捕まる可能性が高くてですね」


 皆一様に首を傾げた。


「発動条件が『危害を加える思念』なので、発動させるのに工夫がいりました。そんな気持ちにならないくらい私……舐められてるんです」


 屈辱の自己申告である。


「あっ」

「………………盲点」

「…」


 直ぐに得心がいったナレシュは賢明にも口を閉じたが、感情の篭った一音で何を思ったかを明確に表してしまっている。コスタスが天を仰ぎ、エアロンは無言だ。非常にいたたまれない空気が漂った。


「舐められるならそれを逆手に取れれば十分逃げる隙は作れるわけですよ」


 考え込んでいたコスタスが顔を正面に戻した。


「というわけで利点が死ぬので帯剣は却下です。身近な道具で一撃必殺のを教えましょうか」


 これにはエアロンもナレシュも賛成する。


「護身術の延長ですから直ぐ覚えられますよ。ああ、でもまず、テラテオスの護身術がどういうものか見せてください」

「えっ?」

「え?」


 知っている前提で進み出てくるコスタスに雪江が驚くと、三人とも不思議そうな顔をした。暫し顔を見合わせる。


「……………………護身術、習ってません」

「ん?」

「は?」


 雪江が言いづらそうに告げると、ナレシュが何を言われたか理解し損ね、コスタスが目を剥いた。


「…そうか、テラテオス人…」


 エアロンが遠い目で呟いたが、全テラテオス人を一纏めにしてはいけない。護身術どころか、きちんとした訓練を受けた女性警官も女性兵もいるし格闘家もいるのだ。


「…その、テラテオス人だからというわけではなく。非常に、治安の良い場所で育った一般人なので……ピンキリなんです……」


 雪江は彼女達の名誉の為に、小さくなりながらもなんとか絞り出した。


「わりました。みっちり仕込ませていただきましょう」


 一番乗り気でなかったエアロンが、重大な使命を与えられたかのような引き締まった表情で頷いた。






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