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条約の花嫁  作者: 十々木 とと
第二章
48/114

1. はじめが肝心とは言うものの


 雪江は結婚式に特別な憧れはない。絶対にやりたいというものでもなく、するなら身内で慎ましくでいいかな、白無垢が着たいな、くらいのぼんやりとした願望しかなかった。だからワイアットの両親が遠方の為、結婚報告の返事があってから予定を決めるから大分先になると言われても、すんなり受け入れた。

 アルグスコフ王国の平民の結婚式は参列するのは新郎新婦の両親のみで、披露宴に類するものはしないとのことだった。そういう文化なのかと思ったら、警備上の問題だった。行っていた時期もあるが、富裕層でもなければ警備員の数を揃えられず、花嫁が攫われる場になるので誰もやらなくなったという。


 雪江はワイアットの勢いに恐れをなして初夜は式の後にしないかと提案したのだが、いつになるか判らないからと、彼は雪江に対する自制を完全に解除してしまった。結局雪江は抗う理由を用意できず、婚姻届けが受理されたその日が初夜となり、次の日からは抱き潰され、数日繰り返された為にとうとう怒った。


「貴方とは体力が違うんです! こんなことがずっと続いたら私死んじゃうから!」


 夫婦用の寝室の大きなベッドで押し倒され、目に涙を溜めて訴えるという格好のつかない有様だが、ワイアットの口癖のような「嫌か?」は言わせない決意が目力と言葉に滲んでいる。流石のワイアットも死の一言には反応した。ネグリジェの釦を二つ外したところで手が止まり、雪江の首筋に寄せていた顔を上げる。


「すまん」


 ワイアットが眉間に皺を寄せて、涙が溢れそうになっている雪江の目元を親指で撫でる。


「だがお前をハンナにすると沢山のカーステンがお前を奪いに来る」


 ワイアットは瞳に宿る情欲もそのままに、苦渋に満ちた顔をした。


「……何それ怪談? 怖いんだけど」


 ハンナもカーステンも人名のような気もするが、それだとカーステンという人物が群れをなしていることになる。それはそれで怪談だが、カーステンは雪江の知らない妖怪の名前で、ハンナが何かの隠語なのかもしれない。ワイアットは少し考えて頷いた。


「似たようなものだ。お前が幸せでないと盗みに来る」

「え、怖い怖い。どういう言い伝えなの。本当に怖い」

「大丈夫だ。絶対に渡さない」

「そうじゃなくて説め、ぃ」


 ワイアットは顔色を悪くした雪江の唇を唇で塞いで言葉を奪う。雪江は鎖骨を這おうとした手を握って制止した。


「待って、幸せにする方法はこれだけじゃないから!」

「嫌か?」


 結局言われてしまった。目尻を吸われ、脇腹を撫で下ろされて雪江は口を引き結ぶ。それだけで体が熱を持ちそうになって困る。乞うように色気を含んだこの声音に、雪江は何度負けたことか。嫌ではないことを伝えると、それは彼にとって完全なる承諾になってしまって止められない。機微を伝えようとするとどうしても曖昧な表現になってしまって、都合の良いように解釈されてしまう。だがいつまでも負けてはいられない。ここのところ雪江は朝に起きられていないのだ。元凶のワイアットが朝食を作っていってくれるのだが、すっかりブランチになっているし、護衛達の出勤時間に間に合っていないから、どういう状況なのか察せられていると思うと雪江は羞恥だけで天に召されてしまいそうだ。


「あのね」


 雪江はワイアットの太い首に両腕を回して、その頬に頬を寄せる。


「私はこうして、抱き締めてくれるだけでも安心するの。愛情こもった言葉とか、キスとか、そういうことでも満たされるのよ」


 暫し無言の間があって、ワイアットは雪江の背に片手を添えて仰向けに転がった。上に乗る雪江の身体を抱き締める。


「これで十分なのか」

「うん」


 ワイアットはあまり納得がいっていないような声だったが、雪江はほっとして彼の首の下から手を引き抜いた。


「だから朝起きられるようにしてね」


 拒否では無いことは伝えなくてはならないのだが、この匙加減が雪江にはまだよく判らない。聞くなりワイアットは雪江ごと反転した。


「手加減する」


 冷めない熱を湛えたまま、ワイアットが雪江を見下ろした。






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