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条約の花嫁  作者: 十々木 とと
護衛達の独白
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エアロン


 第一印象からして幼いのだと思っていた。テラテオス人だからものを知らないことも手伝っていたのだと思う。少しするとその印象が間違いだったことは直ぐに解った。旦那様との意思疎通が拙い所為で感情が昂っていることも多いが、根は理知的で芯の強い女性なのだ。働いていた経験があるからだろうか、危なっかしいのに信頼のおける、奇妙な感覚がある。テラテオス人の護衛は皆この感覚になるのだろうか。


 幾人もの護衛対象を渡り歩いているのは、俺が堅物すぎるからでは、と同僚に言われたことがある。最初の護衛任務の時以外は全て途中解雇だったが、理由は尋ねていない。護衛対象の我儘を、危険を理由に退けた後に解雇されていたから、訊かなくても解る。俺は職務を全うしているだけだし、それで気に食わないと言われてもどうにもできないことだからだ。


 ナレシュと共に頭を下げた時も、これで解雇になったところで構わないと思っていた。職務に対する正当な評価を、何処かで諦めていたのだと思う。だから許された時、ナレシュの反応は大袈裟だとは思ったが、おかしいとは思わなかった。彼女は此方の常識は知らないが、道理は解る人なのだ。プロとしてはいけないことなのだろうが、護衛対象の人柄で士気が変わるのは人として仕方のないことだ。遣り甲斐を感じるのは初めの任務以来で、悪くない感覚だった。


 一瞬の差だった。ほんの一瞬、近寄るのが遅かったせいで彼女は拐われた。害意が見えなかったなどというのは言い訳にならない。彼女を失えば、俺はまた遣り甲斐のある仕事を失う。それこそ死に物狂いで追いかけた。初めの遣り甲斐は離縁で奪われた。護衛の立場ではどうにもならないことだった。だが今回は違う。俺の失態だし、俺の手を伸ばしていい、伸ばさなければならない事態だ。


 まさか手を伸ばした先で、その最初の護衛対象に再会するとは思わなかった。長年腹の底にあった靄がかった気持ちが、その人の晴れやかな笑顔を見て少しだけ晴れた気がした。盗賊にならなければならなかったような、どんなことがあったのかはわからない。苦労のせいか、眼光が鋭くなっていて俺の知っているその人より遥かに自立した、隙のない人間になってはいたが、快活な笑顔には昔の名残があった。その人に会えたことを、その人が彼女を保護してくれていたことを、俺は信じてもいない神に感謝した。


 漸く彼女を返す算段がついて、彼女と向き合った時、俺は恥ずかしくなった。俺は俺の為に彼女を追ってきた。なのに彼女は俺に全幅の信頼を寄せたのだ。利己的な動機を知っても彼女は同じように信頼してくれるだろうか。してくれるような気がする。希望的観測かもしれないが、そう思えるのだ。頭を下げるのは失態のことだけではない。彼女の人柄に甘えていることに対してもだ。その曇りない信頼と労りが俺にどんな痛みを生み、喜びを齎すのか、彼女はきっと想像もできないだろう。


 彼女が無事旦那様の元に戻った。それを見届けることができて、これで解雇なら納得もしようと思った。今までの経験から、ここまで明らかな失態を演じては契約の継続は望めないと思っていた。この時点で俺は旦那様を侮っていたんだろう。解雇にはならなかった。旦那様は事が起きた後の対処を評価してくれたのだ。勿論、彼女が無事でなかったら結果は違っていただろう。

 俺はもう、この二人の信頼に背くことはできないだろう。旦那様はひょっとしてそれを見越して俺を許したのではないだろうか。旦那様は小隊を率いている軍人だ。部下を上手く使う方法は心得ているだろう。この人に使われるなら悪くない。そう思わせるのが、上手いのかもしれない。






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