ナレシュ
今度の雇用主は軍人だっていうからちょっと興奮したね。あわよくば稽古つけてもらえるかもしれないだろ。いや、俺だって強いよ? なんたって寄宿学校出だからね。あそこは去勢で太りやすくて筋肉がつきにくくなった身体を鍛え上げることに特化した場所だから、きっと女の子でも強くなれるよ。でもやっぱり軍人と比べれば違ってくるよね。まぁ個人差だけど、元々の筋肉量も違うしさ。
ユキエ様は、そうだな。初めはさ、厄介だなと思った。だってテラテオス人だぞ? 絶対二倍、三倍の苦労するに決まってる。
前の護衛対象がさ、ユマラテアド人だったんだけど…ここだけの話、ちょっとでも気に食わないことがあったら直ぐ物投げる人でさ、俺寄宿学校卒業して直ぐの新人だったから、いつも怒られる役だった。ろくに運動もしてない女の投げるものなんて余裕で躱せるけど、そうすると余計機嫌を損ねるし、受けるしかなくてさ。置物とかだったらちょっとした打撲とか擦り傷程度で済むけど、食べ物投げられると最悪だったよ。卵とか、トマトとか。ミルクは臭いしワインなんてシミが落ちないから衣服代余分にかかっちゃってさ。
だからせめて、そういう癇癪持ちじゃなければいいなとは思ってた。そしたらなんだろうね、あれ。可愛らしい人だった。怒っても可愛いってどういうことだよ。全然迫力ねぇの。吃驚したわ。俺より年上? いやないね。それは絶対あり得ない。テラテオスの歳の数え方こっちと違うんだよきっと。あと色々変わってるけど、そこはテラテオス人だからそんなもんなんだろ。
初めの護衛対象がアレだったからほんとは俺、施設警備とかに鞍替えしようかと思ってたんだ。え、堪え性ないって? しょうがないだろ、俺漸く一人前になれる! 訓練の成果が発揮できる! って張り切ってたのに、護衛対象の的やらされたんだぞ? そんなもんになる為に頑張ってきたんじゃないんだ。女への幻想なんて吹き飛んだよ。
でも、ユキエ様なら理不尽な真似はしないし、なんでかわかんないけどクッキーくれたし、旦那様強いし格好良いし俄然やる気出た。それでもクビになるまでは頑張ろう、って程度だったんだけど……俺やらかしちゃってさ。ユキエ様との約束、破らなきゃいけなくて。いや俺も悪かったよ? 深く考えもしないで、…違うな、テラテオス人だってこと忘れて、詳しく話も聞かないで安請け合いしたのが悪かったんだけど。これで俺クビだなって思った。決めるのは旦那様だけど、護衛対象の意見が通ることも多いっていうからさ。流石にユキエ様も怒って、前の護衛対象みたいに物投げつけるくらいするんだろうなって思った。俺が悪いんだから、それもしょうがなかった。
でもさ。許してくれたんだよ、ユキエ様。嘘だろって思うだろ? しかも俺に辛い思いさせたって謝ったんだよ。意味わかんないだろ? 俺、護衛だぞ? ほんと、意味わかんなくなっちゃって気付いたら護衛人生捧げてた。いや、なんて言ったらいいのかわかんないけど、捧げるだろ、あれは。その時俺テンションおかしくなってて、おかしいこと言ってはいたんだけどユキエ様が怒ってさ。俺のこと考えて叱ってくれてさ。そんなん、もう駄目だろ。俺ちょっとおかしいのかもしれない。怒られるの嬉しいとかさ。俺クビになっても、もうユキエ様以外の護衛対象もてそうにない。
だから誘拐事件の時は、もう俺、死のうかと思った。いや死んでもしょうがないのは解ってるんだけど、そんくらい俺駄目だった。だってそうだろ、同じ部屋にいたのに、見える所に居たのに、護れなかった。俺もあいつに騙された。俺より何倍も経験積んでるエアロンも一瞬遅れたからって、そんなの言い訳にならない。どっちかがもっと警戒してたら防げてたかもしれないだろ。俺の所為だ。だから必死だったよ。実家なんて行きたくなかったけど、俺のできることなんてそのくらいしかないんだから行くしかないだろ。コスタスも行ったのは意外だったな。俺よりずっと頭いいしさ、そういう、自分が痛手を負うようなことは避けながらなんか上手いことやるんだと思ってた。コスタスも土下座とかしたんだろうか。なんかもっと賢いやり方したんだろうな。あとで訊いとこう。
そう、あとがあるんだよ、俺。吃驚だろ。クビにならなかった! 旦那様には感謝しかない。俺はまだユキエ様の護衛でいられる。
もしこの先解雇されたら? そうだな、イヴの微笑み亭にでも雇ってもらって、こっそりユキエ様見守ろうかな。旦那様懐深いから、そのくらいはきっと許してくれるんじゃないかな。
………まさか、斬られたりはしないよな?




