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条約の花嫁  作者: 十々木 とと
護衛達の独白
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コスタス


 おかしな女だと思った。

 護衛に敬称をつけて呼び、丁寧に話す。そのくせ俺達が敬称をつけて呼ぶことは嫌がっていた。せめて「さん」にしてくれと懇願するので、立場を明確にする為に必要なことだと説明したら渋々ながらも納得していた。テラテオス人は皆こんなものなのだろうかと思ったが、それにしたっておかしかった。何をどう間違ったら娼館で働こうってなるんだ。危機意識だけの問題じゃない。物を知らないのだ。いや、これは語弊がある。此方の世界のことを殆ど知らないのだ。当たり前といえば当たり前だ。折に触れて丁寧に教えていかなかれば、いつかとんでもないことになる。実際起きた女絡みの事件の手口は直ぐに護衛間で共有されるが、テラテオス人の割合が多い。その理由も聞いてはいたが、実物を目の当たりにして深く理解した。先が思いやられる。


 然し旦那様との会話を耳にするにつけ、圧倒的に説明が足りていない。旦那様の言葉が足りない所為ですれ違っているのを、何度突っ込もうと思ったことか。

 とはいえエアロンの言う通り、職務を逸脱すべきではないのだ。必要以上に心理的距離を詰めるのは旦那様に不安を与える行為に他ならない。護衛の心得としてしつこく習う事柄だ。世間は護衛対象と間違いを起こせないと思っているが、それは真実ではない。子をなせないというだけで、女を悦ばせることが不可能というわけではないのだ。だから立場を弁えねば間違いは起こりうる。テラテオス人だからなのか、ユキエ様は護衛との距離感が近く無防備に過ぎて、不心得者が護衛になったらすぐ手玉に取られそうで危険だ。幸いエアロンは勿論、ナレシュもその辺りは弁えている。勿論俺もだ。ハクスリーと言ったか、斡旋した職員がよく吟味した結果なのだろう。あれはできる男だ。


 などと思っていたら他ならぬエアロンが旦那様のフォローをした。そうあれは、娼館で旦那様がヤバさをアピールした時だ。ドン引きしているユキエ様に、流石にまずいと俺も思った。何せ彼らは結婚していない。旦那様は妻問いする前に振られるんじゃなかろうか。ユキエ様にまで恐怖を植えつけてどうするんだ。違う世界から来た人間に察しろは通じないぞ。いや、同じ世界でも通じない。女慣れしてないとかいう問題ではないだろう。エアロンは単に危機感を持ってもらう為だったようだが、俺も便乗して少し口添えをすることにした。


 だが状況はよろしくない。矢張り言葉が足りない所為なのか、はたまた顔の所為なのか、今一旦那様の気持ちが伝わっていないようだ。差し出がましいがちゃんとした口添えをしよう。俺の精神衛生の為に。あまりにも酷くて見ていられなかった。だが逆効果だった。俺自身が警戒されるとは。きっとユキエ様は知らないから俺を警戒する。何事も知識は必要だ。知らないから無駄な警戒をするし、本来警戒すべきことには気付けない。周知の事実を端折って説明することにした。


 然しそれに対してユキエ様は予想外の反応を示した。酷く不快そうな顔をしたのだ。

 俺も去勢された時は理不尽だと思った。心の準備ができるようにと物心ついた時から聞かされてはいたが、なんで俺が、とずっと思っていた。跡継ぎの長兄やスペアとして残される次兄よりも勉学に励んだし、社交界の知識も貪欲に学んで優秀さを示すのに必死だった。俺は残すかどうか悩みどころになる三男だったから、惜しいと思われれば考え直してもらえるかもしれないと思ったのだ。勿論将来護衛になる為にと習わされた剣術や体術も手抜きはしなかった。だが全ては無駄だった。

 今でこそ平気な顔ができるようにはなったが、兄達より少し遅れて生まれてきただけなのにと、本当は恨んだし、呪いもした。神だって信じていない。寄宿学校には信仰心のある者は殆どいなかったが、当然だと思う。恨み辛みで悲惨なことになる者も少なくはなかった。自分を上手く騙せたり、創られた選民思想に上手く乗っかれた者が護衛として立派な姿で卒業できたに過ぎない。

 そして立派に務めを果たしている姿を見て世間は思うのだ。貴族から出る自宮者は優秀で、人格者で、忠誠心が強くて信用できると。誰もその奥にある劣等感や拭いようのない喪失感、泥のように濁った思い、葛藤を想像したりはしない。皮肉なことだが、哀れまれないよう、蔑まれないよう精一杯の虚勢で立派に振舞う俺達自身が、長きに渡る努力で創り上げた幻想でもある。


 だが俺達を知らない世界から来たユキエ様に幻想は通用しなかった。考えてみれば当たり前のことだ。その不快そうな眉間の皺を見て、俺は認められた気がした。理不尽だという思いを。そう思っていてもいいのだと。

 そうか、そうだな。雇用主が誰でも、ユキエ様の側にいていいならそれはそれでいいかもしれない。






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