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条約の花嫁  作者: 十々木 とと
第一章
42/114

42. 事後処理・アリンガム侯領


 物の数分で捕縛は完了していた。

 雪江はワイアットが持参したローブにすっぽり包み込まれ、フードを目深に被った上でワイアットの胸に顔を押し付けられていた。そのまま馬上で部下の報告を受け、憲兵隊に盗賊達を引き渡すまでは良い。邪魔にならないように雪江もじっとしていた。だが揃った小隊員に礼を言おうとするのを阻止されては黙っていられない。感謝したところで演習の建前が崩れることはない筈だ。


「最低限の礼儀も弁えない人間を、ワイアットさんの妻にはできません!」


 腕の中から抜け出そうと胸板を叩く雪江の手が拳になっても微塵も揺らがなかったが、これは効いたらしく、漸く地面に足がつき顔を合わせて礼を言うことができた。隊員達は沸いた。即座にワイアットが雪江にフードを被せ抱き上げ、一同を睨め付け黙らせる早技が繰り広げられる。何事もなかったかのように現れ、護衛の位置で一連の光景をぽかんとして見ていたアラベラが、彼女にしては控え目に吹き出した。


「もしかしてとは思ってたけど、ユキエはテラテオス人かい?」


 護衛のうちの誰かが頷いたのだろう、次に聞こえたのも面白そうなアラベラの声だ。


「道理で。あんた達も倍は苦労するねぇ」


 雪江にとって聞き捨てならないことを聞いたので、一段落してから何か不味い事をしたのか護衛達に聞いてみた。


「ユマラテアドの女性は親族以外の男とはなるべく接点を持たないようにするんです。親族といっても夫の年頃の兄弟とも会わないくらいで、ああいう時でも直接礼を言ったりしないんですよ」

「ええ……直接じゃなきゃどうしてるんですか? 手紙、とか?」


 護衛達の頷きが返ってきて、雪江は愕然とする。


「直ぐそこにいるのに?」

「そうですね。今回のような場合だと、お礼をしたいなら夫が組織の代表にお礼状を送ることになると思いますが、旦那様が当人なのでそれもいらないんじゃないでしょうか」

「お礼状も自分で送れないんですか!? そんなばかな…凄く失礼なことをしている気になるんですけど」


 雪江が納得いかない顔をしていると、三人とも困ったように首を捻っただけで、同意も不同意も返ってこない。


「ええと……誰もおかしいと思わないんですか?」


 たとえ慣習でも、時代に合わなくなっている事はままある。もしもさしたる理由もないのなら、ちょっと騒ぎにはなったが気を悪くする人がいたわけでもなし、直接感謝するくらい許されるのではと、雪江は希望を込めて問うてみる。


「……いやぁ、今までそういうもんだと思って気にしてなかったんですが、無闇に男の気を引くことになりそうですし、やめておいた方がいいんじゃないですかね…?」

「お礼を言うだけで無闇に!?」


 感謝が秋波に相当するとでもいうのか。雪江は思わぬところで相容れない感覚に出逢ってしまった。

 その後、雪江達はまだ演習期間中のワイアットとは別れてロガルで宿をとった。雪江は落ち着いたところでコスタスとナレシュに頭を深く下げられ、今回の件の謝罪を受ける。まだ何も聞いていないから拐われていた間の事は分からないが、此処まで迎えに来てくれるくらいだ、何かしら仕事をしてくれていたのだろうと尽力してくれたことに感謝すると、ナレシュは鼻を啜り、コスタスは少し弱ったような微妙な笑み方をした。雪江はこれで全員の謝罪を受けてこの件はもう終わったとほっとしたが、終わってなかった。


「首になっても何かあったら絶対呼んでください。直ぐ駆け付けます!」


 ナレシュの言葉に雪江はぎょっとする。


「首なんですか!? そういう契約でしたっけ!?」

「そうではありませんが、事が事ですからその可能性もあるという話ですよ」


 コスタスが余計なことを言うなとばかりにナレシュの側頭部に拳の裏を当て、苦笑いをした。

 翌朝、雪江は様子を見に来たワイアットを部屋に引き摺り込んで開口一番に問い質す。


「護衛を首にするんですか?」

「そんなことはしない。対処が見事だった。あいつらは有能だ」


 ワイアットは深刻そうな雪江に不思議そうにしたが、そこまで言って、きまりが悪そうに首筋を片手で擦った。


「ああそうか、まだ言ってなかったんだな」


 捜索を優先して謝罪をさせてやっていなかったことを思い出したのだ。遠征準備が整うと、エアロンの目撃情報を集める為にコスタスとナレシュは先にアリンガム侯領に行かせて別行動だったし、エアロンと連絡が取れても直ぐに作戦会議に入っていた。謝罪に勝る十分な働きをしたことで、ワイアットの中では既に終わったことになってしまっていたのだ。改めて三人を呼ぶ。


「今回はよくやってくれた。帰ったらエアロンは二、三日休んで体力の回復に努めろ。復帰するまで二人体制になるが頼むぞ」


 これを以て契約継続を示し、結局謝罪の機を逸してしまった三人の護衛は複数の意味を込めて頭を下げたのだった。


 アリンガム侯領での雪江の事情聴取は、自分が同席できない事を理由にワイアットが阻止している。ドゥブラ伯領での聴取を共有することで折り合いがつき、雪江は煩わされることなく出立できる運びとなった。雪江としては大半はアラベラの村で羊と戯れていただけなので精神的にも疲労は殆ど無いのだが、ワイアットが早く家に帰したがったのだ。

 旅に必要な雪江のものを揃える際に、男ばかりでは不足だろうとアラベラが同行し、護衛気分を楽しんでいた。ナレシュなどは迷惑そうにしているが、雪江を保護した恩人なので邪険にはしていない。


「アラベラさん、本当にお世話になりました。もしタザナに来ることがあったら寄ってください」

「あんたもなんかあったら村に逃げといで。そいつらより良い働きしてやるよ」


 別れ際、雪江は名残惜しげに見上げたが、アラベラが雪江の護衛をからかうものだから少し慌てた。まだ傷口が真新しいので冗談になっていないのではと心配になって振り向くと、案の定。エアロンは微妙に困ったような苦笑いをした程度だったが、ナレシュが敵意剥き出しに睨みつけ、薄らと笑んだコスタスの目が底冷えしていた。


「ア、アラベラさぁん」


 雪江が情けない声で抗議すると、アラベラは快活に笑った。






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