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条約の花嫁  作者: 十々木 とと
第一章
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4. 先ずは衣食


 移動手段は馬だった。手綱を握るワイアットの前に跨がる形だったが、初めての乗馬に雪江の気持ちが少し浮上した。つぶらな瞳や、前後に振れて此方を気にする耳が可愛らしい。艶のある青毛を撫でる手を大人しく受け入れてくれるのが嬉しかった。慣れない雪江の為にゆっくりと馬を進めるワイアットの気遣いがくすぐったい。


「少し不便かもしれないけど、空気が汚れないっていいですね」

「どういうことだ」

「テラテオスには車…凄く速い乗り物があって馬は使わないんですけど、動力が空気を汚染する成分を吐き出すんです。燃料を変えたりして改善しようとはしてるんですけど、此処に比べたら空気は悪くて」

「動力に魔力は使われていないのか」

「はい。…そっか、此方には魔力があるんでしたっけ。魔力だと汚染物質は出ないんですか?」

「ああ。あそこに魔鉱石を使った農機具がある」


 実際に見るといいということなのだろうと、雪江は示された畑の中を見た。ワゴン車ほどの大きさの荷台が無人で移動している。通り過ぎた後には切り離された葉が残り、荷台の中の収納容器にはじゃがいもらしきものが積み上げられていく。土煙は上がっているが、駆動音は静かで呼吸器に支障が出そうな匂いは漂ってこない。


「わ、収穫してる! 凄い! 無人機!! 農家さん大助かりですね」

「魔鉱石を加工できる人間が多くはないから民間には出回っていない」

「え、じゃあ凄く高価なものなんですね」

「ああ、だからああいうものを狙って偶に盗賊が来る」

「…ワイアットさんも、その、そういう人達と斬りあったりとか、するんですか?」


 雪江はワイアットの腰にある剣をちらりと見た。軍人と言うからには鍛え上げられた体躯共々飾りではないだろう。


「…怖いか?」

「……少し」


 少し前まではしゃいでいた声が急に硬くなった自覚はある。雪江の故郷では銃刀法で取り締まられていて、日常的に刃物を腰に下げている者を目にすることもない。素直に口にすると沈黙が降りた。真後ろだと表情が見えなくて、黙られると気まずい。気を害したのではないかと雪江が緊張し始めた頃、頭頂部に何か柔らかいものが押し当てられる感触がした。


「!?」

「乱暴したりはしない」


 フード越しだから何とはわからないが、ワイアットの両手は雪江を囲うように手綱を握ったままだった。


「そ、ういう意味では、なくてですね、…荒事が身近ではなかったので状況がちょっと怖いという……えっ、と、あの…」


 頭の感触がなんだったのか、聞くに聞けなくて雪江は挙動不審になる。


「軍服が赤いのは畑の中で目立つようにする為ですか」


 話題転換が急だったのは私のせいではない、と胸中で言い訳をする羽目になった。




 街中に入ると踏み固められた土だった道が石畳になる。馬車の他に自転車もちらほらと行き交っており、煉瓦造りの建物に混じってモルタルの壁もある。道ゆく人の服装もブレイシーズが目に付いて流行が違うな、と思った程度で、テラテオスで見られる文化とさして違いがないように見えた。女性は殆ど見当たらず、偶に見かけても詰襟に長袖、足首丈のワンピースという極力露出を排した格好で、帯剣した男達に周りを固められていた。

 屋台で購入した朝食は甘辛く味付けされた肉と青野菜を薄いパンで包んだもので、見た目はケバブサンドに似ている。雪江が抵抗なく食べられるものだった。食生活が似ているのは大きな安心材料になる。


 女性を対象にした店は少ないようで、本部で教えてもらった店は直ぐに見つかった。近場の宿屋に馬を預け、雪江が再び抱き上げられて入店したのは普段着や帽子、下着、靴まで身に付けるものが一式揃う服飾店だった。厳つい男が二人入り口を固めていたが、応対に出たのが上品な老婦人で雪江は少し安心した。

 定番の型だという詰襟長袖足首丈のワンピースは、深緑を基調としたレースが少なめの大人しいものを選び、編み上げブーツは踵の低いものを用意してもらった。その他に替えのワンピースと下着、ネグリジェ、ルームシューズを包んでもらう。女性用のズボンはなかった。雪江が試着室で着替えてくると、ワイアットが支払いを済ませている。


「助かります。後でちゃんとお返ししますので金額を教えてくださいね」


 雪江が慌てて近寄り、こっそり話しかけるとワイアットは妙な顔をした。


「そんなことは気にしなくていい」

「え、結構な金額になりましたよね?」

「問題ない」

「ありますよ。払わせてください」


 押し問答が始まりそうな気配に、老婦人が小さく笑ってやんわりと間に入った。


「テラテオスの方ね? 黙って貰っておいたらいいんですよ、此方では男性に買ってもらうのが常識ですから」

「他人でもですか?」

「あら」


 ぎょっとする雪江に老婦人も目を丸くして、ちらりとワイアットを見た。


「今朝落ちてきたばかりだ」

「そう。出歩いている女性はあまり見なかったのではない? 他のお店も若い女性は働いていなかったでしょう。揉め事になるから、余程の条件が揃わないとどこも雇わないんです。内職はあるけれど、そう稼げるものではないから男性を頼らないと生きていけないんですよ」

「えぇ…? じ、自分の面倒もみれないとか…」


 雪江は女性が不足するとそんなに不自由を被るものなのかと愕然とする。男女共に働くのが常識の頭では、すぐには切り替えることができない。結婚していれば専業主婦と思えばいいのだろうが、ワイアットとはまだ夫婦ではない。恋人ですらない男性に貢がれて平然としていられる神経は持っていなかった。


「あの、ありがとうございます。内職でもして必ずお返ししますので後で金額教えてくださいね」

「テラテオスの方は本当に自立心が旺盛ねぇ」


 老婦人は可笑しそうに笑った。不機嫌に眉を顰めたワイアットが無言で雪江をローブで包み込み、入店時と同じように抱え上げる。


「ワイアットさん!? 靴履いてますけど!」

「いい」

「何が!?」

「これはサービスよ。またいらして。仲良くね」


 老婦人は購入品の他に小さな袋を渡し、噛み合わない二人を微笑ましげに見送っていた。






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