39. 責任は取れる
村から一番近い街に出るのに一日半掛かった。徒歩のうえに盗賊の目から隠れる為に道を避けたので、大幅に時間が掛かってしまったのだ。村の男達の協力がなければもっと掛かっていたかもしれない。エアロンは気が急きながら足早に憲兵隊の門戸をくぐる。
「ドゥブラでの誘拐事件の話は此方に通っていますか」
聞いた途端、憲兵達の目の色が変わった。エアロンは直ぐに奥に通され、小さな部屋に案内される。小さな机とそれを挟んで粗末な椅子が二つ。取り調べ室だと直ぐに察したが、エアロンは慌てることなく空気孔のような小さな窓があるだけの壁を背に座った。武器と荷物の没収にも素直に従う。この反応は悪くない。話が通っている証左だ。
「名前と年齢、住所」
「エアロン・カーニー、二十八歳。ドゥブラ伯領タザナ南区六番通り三の五」
「職業は」
「保安業です。女性の身辺警護をしています」
「雇用主は」
「陸軍第二師団第三騎馬連隊ティーグ中隊小隊長、ワイアット・スカイラー曹長です」
エアロンは即答を続け、尋問を最速で済ませる為に肩書まで事細かに並べ立てると、向かいに座っている取調官が手元の資料を確認するように視線を落とす。
「もう一人雇われている護衛がいる筈だが名前は言えるか」
「二人ですよ。コスタス・ウィッカム、ナレシュ・アクトン」
簡単な引っ掛けにも難なく答えれば、取調官は頷いて荷物一式を直ぐに返した。
「すまないな、人相は一致しているが、念には念を入れたかった」
「いえ。誘拐犯の居場所と詳細をお教えしますが、村を荒らすわけにはいかないので此方まで誘導することになっています。それと旦那様に連絡をお願いします」
この後エアロンは、ワイアットが小隊を率いてアリンガム侯領に滞在していることを知って驚くこととなった。
五日目に戻ってきたエアロンは首尾良くワイアットと連絡がとれて、作戦を摺り合わせてきたという。
「簡単な仕事になっちまったね」
することが大幅に減ってしまったアラベラは残念そうにしていたが、雪江は激震した。
「なっ!? なんで軍隊が動いてんの!? ワイアットさん何してんの!?」
平和な国出身の民間人にとってはとても恐ろしい事態になっていたのだ。雪江の故郷では災害時でもなければ民間人の捜索で軍隊までは動かない。この国にも警察に相当する憲兵隊があった筈だし、彼らも動いているという話をたった今聞いたばかりだ。雪江の知っている誘拐事件と違う。最早諦めずにいてくれて嬉しいな、などと胸ときめかせる次元の話ではない。不安になっていたあれやこれを力業で粉砕されてしまって、雪江は意味がわからなかった。
「盗賊は災害扱いなの? 実はあの人達物凄く凄くてなんか凄い災害級の盗賊団なの? 職権濫用じゃないの? 大丈夫なの?」
顔面蒼白でおろおろする雪江に、アラベラは吹き出しかけて踏み止まった。
「いいじゃないか、首んなったら旦那と一緒に村に引越しといでよ! 空き家はまだあるし、食い物は作ればいいし、農具は揃うまで貸してやるし、静かだし、のんびりしてて子育てには良い環境だよ」
「!」
村に愛着が湧いてきていた雪江は魅力的な誘惑に我に返った。何も問題は無い気がしてきた。
「…………………それ、いいですね。そっか、私が責任をとってワイアットさんをこの村で養えばいいんだ」
エアロンがもの言いたげな顔をした。ハイラムは微妙に生暖かい顔をしている。
「では。帰る準備をするとしましょう」
結局吹き出して笑っているアラベラに、エアロンが咳払いをして行動を促した。




