37. 姐さんが参戦した
食事と入浴を終えたエアロンは、ハイラムが村の男に借りてきてくれた服に着替えて雪江のベッドに腰掛けていた。
ブロードソードは檳榔館に預けたまま、ベルトポーチ以外に荷物はなく、ナイフは隠し持っていた小さな物。あちこちに真新しい傷があって、応急処置はされていたが手持ちが尽きていて包帯は何度も洗って使用した形跡が見てとれた。
雪江は新しい包帯を巻きながら話をした。村の成り立ちやリトラー達の元からこの家に移った経緯、雪江の発案にアラベラ達が協力してくれていることと、これからのこと。
「…その話、ユキエ様は信用したんですね」
「信用してしていいと思うし、するしかないと思います。だって、エアロンさんは一人だったからここを離れられなくて、知らせに行けていないんですよね。それに、二人で逃げても私は森に慣れてないから足手纏いになって直ぐに見つかります」
エアロンが万全の状態ではないことは、彼自身が一番解っているだろうから触れなかった。それでも自ら雪江を連れ出そうとしたのは、他に手が無かったということだろう。おそらく残りの体力との兼ね合いを考えてのぎりぎりの決断だった筈だ。雪江は言葉を見つけられないエアロンに、肯定を見る。
家の者がエアロンの存在を知っても、誰も始末しに来ないことが信用していいことを証明していると雪江は思うが、彼は違うのかもしれない。彼にはきっと、自分より多くのものが見えている。言葉を重ねるよりエアロンが考えを纏めるのを待った。エアロンは腕に包帯を巻く雪江の手をじっと見ていた。手当てを終えて道具を片付ける頃になって、エアロンはゆっくりと立ち上がった。
「ユキエ様を預けていい人間かどうか、見極めさせていただきます」
雪江は少しばかり緊張しながら、アラベラが待ち構えているだろう居間へと案内する。
「すみません、お待たせしました」
「全くだよ。と言いたいところだけど、護衛ってのは堅物が多いからね。もっとかかるのを覚悟してたさ」
コーヒーを片手に肘掛け椅子に深く埋まっているアラベラは、戯けた風に片頬で笑った。その顔がエアロンを見て固まる。エアロンも一拍置いて驚いたように目を見開いて固まった。時が止まったように見詰め合う二人に、雪江とハイラムは顔を見合わせて首を傾げる。
「あの…?」
互いに言葉を探しているような奇妙な見詰め合いに、雪江がそっと声をかけると、背凭れから背を起こしてアラベラが苦笑いした。
「驚いた。その堅物には見覚えがあるよ。久しぶりだね、エアロン。随分痩せたじゃないか」
「……アラベラ、とは。貴女のことだったんですね」
エアロンは食い入るようにアラベラを見続けている。アラベラの顔から笑みが消え、苦味だけが残った。
「積もる話は後だよ。あんたここに何しに来てんだい」
「そうでした」
アラベラが煙たそうに片手を振ると、エアロンも雑念を払うように首を振った。何処となく緊迫した空気に、雪江はハイラムのいる方に身を寄せる。ハイラムも近付いた雪江の服の裾を掴んだから、不安になったのかもしれない。
「俺が報告に行く間、ユキエ様の安全を保証してくれるというのは本当ですか」
「ああ。うちのを知らせにやろうと思ってたんだけど、リトラーが頻繁に様子見に来るからなかなか出せなくてね。あんたがいるなら適任だろ。ユキエはあたしに任せときな」
「では少し付け加えましょう。俺が村を離れたことに勘付いたら奴らも急ぎ離れる筈です。偽装工作をしてくれませんか」
「いいだろう」
話がとんとん拍子に進むところを見ると、エアロンの見極めは終わったようだ。知った仲のようだから為人は知っているということなのだろう。
「それと。あの人達と村を出てから逃げる手立てを考えたいんですが」
安心した雪江が小さく挙手をして希望を告げると、物凄い目でエアロンが睨んだ。
「何を言っているんです。ユキエ様は此処にいればいいんです。その間に奴らを捕縛すればいいだけの話ですよ」
「あんた、あたしの言ったこと気にしてくれてたんだね。いいんだよ。こいつらは護衛対象第一の人種だから、あんたの安全が保証できない案にはのらない」
アラベラが諦めたように笑ったが、捕物が行われたら、もし村人達が上手く避難できたとしても畑や家畜に被害が及ぶのではないだろうかと雪江は思う。盗賊達が周囲に気を使うとは思えないし、そうなったら憲兵隊も入り乱れて被害は拡大するだろう。すっかりお世話になっているアラベラ達に、なるべく損害がないようにしたい。雪江はエアロンの目力に縮こまりながら唸った。
「安全ですよ。私は商品ですから」
「襲われかけたんですよね?」
「今度はリーダーっぽい人が目を光らせているので大丈夫だと思うんです」
「信じるに値しません」
「じゃああんまり信用できない前提で考えてみましょうよ」
「お断りします」
「守護魔術がまだ一つ残っているので、これの効果的な使い方を一緒に考えてください」
余りに取り付く島がないので、雪江は話の角度を変えようと髪飾りを差し出した。だが余計にエアロンの表情が険しくなった。
「いいですかユキエ様。それは逃げる時間を稼ぐ為のものです。誰の助けも望めない移動中に使っても、相手を逆上させて状況を悪くするだけです」
助言どころか説教になってしまった。哀しげな顔をした雪江にアラベラが吹き出す。
「わかった、こうしよう。あたしも一緒の馬車に乗って行く。それなら安心だろ?」
可笑しげに笑いながら提案をするアラベラに、エアロンは胡乱な目を向けた。
「女性が二人になったところで状況は変わりませんが」
「あたしがあんたの知ってるあたしだったら、の話だろうが」
アラベラが鼻で笑って席を立った。一度自室に消えると、戻って来たその手にはブロードソードが二本握られている。アラベラはそのうちの一本をエアロンに放った。
「あたしは強いよ? 確かめたらいい」
エアロンが雪江を気にして得物を鞘に変えさせる。不機嫌を極めながらもハイラムが肘掛け椅子とテーブルを除けて場所を作り、手合わせは行われた。結果を言えば、互角だった。
エアロンは一週間以上に渡る潜伏生活での衰弱分、常の切れはなかった。それでも相手の力量を測るに不足はなかったようで、アラベラの腕を認めた。
「……随分とご成長されたようで」
「言いたいことは色々あるだろうけど、あたしは何も、後悔はしていないんだよ」
珍しく含みのあるエアロンの物言いに、アラベラは晴れやかに笑う。エアロンは苦さを逃すような弱い笑みをした後は、平素の表情に戻った。
「さぁこれで文句はないね! 作戦を詰めようじゃないか」
村に危険が及ばないとなると、アラベラは俄然張り切り出す。人の上に立ち率いてきた者特有の威厳と活力に満ちた空気が溢れ出していた。




