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条約の花嫁  作者: 十々木 とと
第一章
36/114

36. ご飯発令


 雪江が外に出るようになって三日経つ。村に滞在して六日目になるから、あんたの護衛はサバイバル技能が高いね、とアラベラに感心された。リトラーが移動を言い出さないのでその通りなのだろうが、生死の他にも食生活が心配になってくる。

 

 雪江はアラベラの畑だけでなく、放牧の手伝いにも出るようにしていた。放牧は広範囲を動くから、いい具合に監視が釣れているようだ。村人と交流するうち、事情も少し見えてきた。大部分の大人は元盗賊だが、子供は流れ着いた孤児だったり、人買いから自力で逃れてきた者で、住人が拾ってきた者もいる。


 夜は寝室の明かりをつけて星を見上げる体で窓際に立つ。護衛に居場所を教える為だ。室内が明るいと暗い窓の外の風景は見え難いし、露骨すぎやしないかと雪江は思ったが、罠だと思われないようにできるだけ物憂げな様子で、と指示された。物憂げとは、と考察するうちに物憂げになってくるので演技は必要なかった。


 今宵は雨で、星は見えない。雪江は雨が窓を濡らして流れてゆくのを眺めるのにも飽きて、二つがただの真珠に戻り、オパールのような輝きが中央の一つになってしまった髪飾りを眺め、ワイアットを想う。離れて暮らした方が良いと言ったのは雪江だが、こんな形での実現を望んだわけではない。探してくれているだろうか。彼の庇護下にいたのだから責任を感じてきっと探してくれているのだろうとは思う。ただ、彼は軍人だから、それ程時間を割けるわけではない筈だ。負担になってはいないだろうか。ネヘミヤは大丈夫だろうか、彼の所為ではないから何事もないだろうが、同じ建物の住人として取り調べを受けていたりするかもしれない。このままだと、ルクレティアの店へ連れて行ってもらう約束も果たせなくなるのかもしれない。追ってきているかもしれない護衛達は、今日も盗賊達に見つからずに済んでいるだろうか。


 取り留めもなく考え出すと、悪い方向へ思考が走り出しそうだった。今日はもう寝ようとカーテンに手をかけた時、窓が控え目に叩かれる音がした。雪江は驚いて窓の外に目を向けた。室内が明るいせいで映り込んだ自分の姿が視界の邪魔をする。窓から身を引いてカーテンを握りしめた。リトラー一味の誰かが忍んで来る可能性も皆無ではないとアラベラは言っていた。その場合は叫べば直ぐ駆けつける約束をしてくれたが、覆い被さってきた痩躯の男が思い出されて体が強張る。またノックの音がして、雪江の肩が跳ねた。恐る恐る腕だけを伸ばして鍵を開け、扉の方に下がる。窓は外の誰かがそっと開けた。


「ユキエ様」

「…エアロンさん!」


 フードで隠れて顔が見えないが、潜められた声はエアロンのものだった。追っ手は護衛だったのだ。雪江がつい喜色の浮いた声をあげて窓辺に駆け寄ると、エアロンは片手で声量を落とすように示して周囲を気にする。


「ご無事で良かった」

「エアロンさんも。無事で良かった…他の二人も?」

「俺だけです。さ、早く此方に」


 雪江を受け取るべくエアロンは両手を差し出した。雪江は安堵で滲んだ涙を拭いながら首を振る。


「エアロンさんこそ中に入ってください。あの人達、追っ手を始末するまでここに留まるそうなんです。追っ手ってエアロンさんですよね。エアロンさんが捕まらなければ時間が稼げます」

「部屋に潜んでいろと? 旦那様にはアリンガム侯領に入ったことまでしか報告できてません。この村は見つけ難い立地になってますから、自力で辿り着くのは困難ですよ」

「その辺のことも相談したいんです。風邪引いちゃうから早く入って!」


 エアロンは外と部屋の中を注意深く見回し、押し問答を続けて見つかるよりはと部屋に上がり込んだ。窓とカーテンを閉め切って振り返った雪江は、フードの下から現れたエアロンの顔に驚いた。元々引き締まった顔はしていたが、頬の肉が削げて明らかに窶れている。


「エ、エアロンさん、ご、ご飯は…」


 雪江はよろよろとエアロンに近づき、マントに隠れた腹部を確かめた。筋肉の存在は確認できるし触ったのは初めてだが、これは絶対に痩せていると確信する。


「最低限のものは口に入れています。それより」

「ハイラム君ハイラム君ハイラム君! ごはぁあああああああん!!!」

「!?」


 雪江の行動に戸惑いつつも、本題に入ろうとしたエアロンの声は雪江の叫びにかき消された。ぎょっとしたエアロンが反射的に雪江を背に庇い扉に向けてナイフを構えると、誰かが廊下を駆けてくる音がして扉が蹴り開けられる。ハイラムが鍋を持って現れた。


「ハイラム君! 急に呼びつけてごめん、ありがとう! 鍋置いてってくれていいよ! 後ついでにお風呂も沸かしてくれると嬉しい!」


 ハイラムは驚いて固まっていたが、自分に凶器を向けている男が雪江を庇っていることから察したのだろう。頷き、鍋を置いて廊下の向こうに消えた。


「!? ユ、ッキエ様? これ、は、どういう」


 状況を把握し損ねたエアロンが、構えも解かぬままハイラムが消えた場所と雪江を交互に振り返る。


「ご飯! 食べましょう! それからお風呂に入って温まって、話はその後です!」


 雪江の必死の形相と叱りつけるような勢いに気圧されて、エアロンはぎこちなく頷いた。






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