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条約の花嫁  作者: 十々木 とと
第一章
34/114

34. 根回し大事


 エアロンからイヴの微笑み亭に連絡が入った。本人からではなく、ドゥブラに戻る際に通りすがりに頼まれたという同業者からだったが、本人の生存とおおまかな方向が判ったのはワイアット達にとっては朗報だった。ただ、頼まれたのは一日前だということだったから、現在の状況は定かではない。


「コープランド男爵の事業所、アリンガム候領には二つありますね」


 ランソムが読みが当たったと各領の憲兵隊への連絡に走り、ワイアットは他領への遠征手続きを急ぎ行う。


 小隊長室で地図を広げていると、カーステンが覗き込んできた。


「アリンガム候領か。入って直ぐは森が深いんだよな」

「どの辺を予定してるんだ」


 反対側からもう一人の小隊長、タデウス・ウォルトンも覗き込む。二人とも小隊演習の日程調整を持ち掛けられて、事情を知っているのだ。


「南の街道から入ったということだから、ここからこの二つの事業所までの道のりで目立たず移動出来るルートを探している」


 ワイアットが一つ情報を出すと、二人の小隊長は直ぐに地形考察で盛り上がる。


「候補二つあんのか。離れてるな、そこ絞れればなー」

「待て、この街は共通して通るぞ」

「ここ。待ち伏せするのに丁度良い丘があるな」

「こっちの街道も分隊に分かれればいける」

「道を通るとは限らないだろう」

「いや、女を運ぶなら道を選ぶだろう。売るなら野営も避けたい筈だ」


 二人の話を聞きながら考え込んでいたワイアットが、首を振って再び口を開いた。


「アリンガム侯領に入ったのは昨日ということだから、その辺りはもう通過してる筈だ」

「憲兵隊が捜索してくれてんだろ、幾つか道封鎖して誘導しちゃどうだよ」

「範囲が広いからな、ある程度の情報がないと動かせんだろう」


 タデウスの一言でワイアットは難しい顔になる。情報はエアロン頼りだが、アリンガム侯領内に入って以降の連絡手段が不確定なのだ。


「そこを通る情報が入ったとか何とか適当に理由付けちまえばいいんじゃないか」

「カーステン、お前はまたそういう手を…」

「……いや、悪くない。理由付けは憲兵隊に任せて、演習地で偶然遭遇した盗賊を追い込むと連携を示唆すればいけないか。手柄は憲兵隊にくれてやるんだ、悪くない話だろう」


 タデウスは呆れた声を出したが、ワイアットはカーステンの案を採用した。


「………忘れてたわ…お前意外と手段選ばないよな」

「……結果が出せるなら何も言わないが…」


 カーステンがしみじみとし、タデウスが黙殺を決め込む。


「演習は成功させると約束した」


 ワイアットは力強く頷いた。





 ワイアットとランソムはそれぞれイヴの微笑み亭に地図を持ち込んだ。ランソムが持ち帰ったアリンガム侯領内の生きた情報を取り入れてルートの割り出しを行う際に、憲兵隊との連携をランソムが掛け合えないか交渉する。


「それならアリンガム侯に直接持ちかけた方が早いかもしれません」

「…そうか! 噂か!」


 コスタスの助言にナレシュが光明を得たかのように表情を明るくし、ワイアットとランソムは怪訝な顔をした。


「どういうことだ」

「貴族というものは穏やかに談笑していても隙あらば相手を出し抜こうとしている生き物です。噂一つで相手を没落させるなんて、やりようはいくらでもある。アリンガム侯にも砂蜥蜴との不名誉な噂が立ってるわけですから、真偽はどうあれこれを払拭したがってる筈です。失敗したところで、捕物に関わったという事実が残れば良いわけですから、頷くのではないかと」

「成る程……真だった場合でも、軍曹がここ数日アリンガム候領の憲兵隊に働きかけているのが生きていれば、肝心なところで横槍が入る心配はないか?」


 ワイアットの視線を受けて、ランソムは少し考えて頷いた。


「向こうさんは砂蜥蜴を自分達の手で捕まえられる好機だと士気高揚しとります。上で妨害が入ったとしても現場レベルでは収まりがつかんでしょう。噂に拍車を掛ける形になりますから、まともな思考を持っていれば妨害は得策ではないと判断できるでしょうな」

「アリンガム候は至極まともな人物らしいです。万一砂蜥蜴と繋がっていたとしても、女性の売買には関わっていないのではないかと」


 ナレシュが補足し、コスタスも頷く。


「寧ろ持ちかけた方が静観は確実だということだな。……貴族への書簡には何か決まり事はあるのか?」


 ワイアットにも貴族との接点はないこともないが、それは軍務に就いている次男か三男で、職務上の付き合いだ。書簡を送り合うような仲ではない。話を聞くにつけ、一筆認めるのは貴族特有の言い回しや礼法を知っているコスタスに任せられた。


 翌々日、セオドアが異例の速さで他領遠征の許可が下りたと驚いていた。


「ある程度の自由な移動まで許可されちゃったよ。君、何したの?」

「書簡を送っただけです」


 ワイアットは真面目くさった顔で演習計画書を提出し、スカイラー小隊は出動する。


「今回の演習は変則的になる。実際に現地で情報収集を行い情報に応じて野営地を変える、より実戦的な演習だ。途中、盗賊の捕縛を予定しているが、相手は本物と想定して動くように。以上」


 建前が殆ど建前になっていなかったが、小隊員は誰も突っ込まなかった。






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