32. 四面楚歌
喉に突きつけた髪飾りを握りしめる手が震えているのが、自分でも分かる。この後の手が何も思い浮かなばい。守護魔術は後一度きり。上手くいって一人の隙を衝けたとしても、逃げ切れる人数ではなかった。男達の囲みの隙間から見えるのは緑茂る畑で、助けを求められるような家も見当たらない。この脅しが効かなければ、本当に喉を掻き切るしかない。雪江は追い詰められていた。
「そんなもんじゃ深い傷は作れねぇよ、ほれ、危ねぇからそれ渡しな」
男達は魔術を警戒して不用意に手を出してこない代わりに、本気にもしていない。一人が目線を合わせるように蹲み込んで、雪江に手を差し出してくる。
「でも商品価値は下がる!」
雪江が噛みつかんばかりに吠えても、困った者を見る目で見返されるだけだ。体格で劣り、怒ったところで迫力のない女など、子犬が吠えている程度のものなのだろう。雪江は悔しさで目に涙が溜まるのも止められなかった。興奮で息も上がり、食いしばる歯の隙間からふーふーと荒い息が漏れる。
「あれ、震えちゃってんの? かっわいいな、やべぇ滾るわ。安くなったら俺でも買えるかな」
監督でもするように見守っていた長髪の男が男達の間から顔を出した。雪江はその一言で値を下げても無駄だと悟らされる。おそらく半端に傷をつけて生き残った方が酷い目に遭う。
「おやおや、穏やかじゃないねぇ。こりゃどうしたことだい」
勢いを失った雪江に蹲み込んでいる男がもう一歩近づいた時、男にしては高く、女にしては低い声がした。
「何をしている」
「女が隙をついて逃げ出そうとしただけですよ」
次いでハンチング帽の男から厳しい声が放たれて、男達は過程を省いた説明をした。
「本当かい」
「襲われそうになったからよ!」
雪江を無視して話が進みそうな気配に、怒りを込めて叫んだ。囲みの外にいる男女が格上なのなら、彼らに制裁でも受ければいいと思った。
「躾がなってないようだね」
銀髪の女が呆れたようにハンチング帽の男を見る。視線を受けた男は苦笑いをして、囲みを開かせた。
「あーあ。これじゃあ見られたもんじゃない。どれ、あたしのところで預かろう」
進み出た銀髪の女が雪江の姿を見下ろして溜息をついた。
地面に転がったとはいっても手と服が土で汚れているだけで、他には数日風呂に入っていない所為で乱れた髪が少しベタついている程度だが、商品としてはいただけない。
「そこまで面倒かけられません」
「なに、綺麗にして返してやるよ。あんたらじゃやり方もわからんだろう。大体、野郎に見張らせて無事に済むもんかい。また同じことが起こるよ」
ハンチング帽の男は渋ったが、最終的には銀髪の女の言に頷く。
「あんたも風呂ぐらい入りたいだろ。それとも野郎共に見られながら川で水浴びでもするかい?」
選択肢はあってないようなもの。雪江は銀髪の女に従った。




