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条約の花嫁  作者: 十々木 とと
第一章
29/114

29. 守護? いいえ攻撃です


 雪江は目を覚まして直ぐに着替えさせられた。フリルを多用した紅梅色のワンピースは、丈は合うが胸元がきつい。レーニアを思い出させる。不思議なことに、服装よりも身元がはっきり辿れる婚姻の腕輪は奪われなかった。

 それ以来、時々食事の為に起こされる他は眠らされていた。ぼんやりと意識が覚醒しかけては薬の匂いで深い眠りに落ちる。その繰り返し。せめて食事の回数で日数を知ろうとしたが、時間が不規則で、目覚める度に時間感覚がおかしくなっていった。


 薄暗い中、木目が剥き出しの天井が見える。雪江はまだぼんやりとした頭で周囲を見渡すと、カーテンは閉められているが隙間から漏れる日の光で部屋の様子が判った。自分の寝ているベッドの他には丸椅子と小さな書き物机があるだけの六畳ほどの部屋だ。

 体を起こそうとして手首が縛られていることに気づく。柔らかい布で痕がつかないように加減して縛ってあるから、縄抜けの心得がなくても抜けられそうな緩い拘束だ。自分は売られるのだろう。商品だから大事に扱われているのだと察した。何度目かの食事で髪飾りを思い出して、何故守護魔術が発動しなかったのか疑問に思ったが、それで納得する。目的は受け渡しだから窓から突き落とした時に害意はなく、受け取った男も怪我をさせないよう注意を払っていたから発動しなかったのだ。今は取り上げられたり落としたりしないように、髪飾りをワンピースの隠しに仕舞ってある。

 雪江はゆっくりと身を起こし、ベッドから降りて足音を忍ばせ窓に近寄る。カーテンに手をかけ、そっと外を見ようとした時、背後の扉が開いた。咄嗟に振り返り壁に背を押し付けたが、窓から離れておらずカーテンも揺れているので、何をしようとしていたのかは直ぐに勘付かれそうだ。


「お。起きてたのか、丁度良い。メシだぞ」


 見たことのない男だった。いつもは髭もじゃの大男が雪江の世話をしていたが、食事のトレイを書き物机に置いた男は痩躯で、髭がないから人相もはっきり判る。ぎょろりと大きな目が揺れたカーテンを見て、直ぐに雪江に向けられた。


「あの。いつもの髭の人はどうしたんですか」


 雪江が注意を逸らそうと咄嗟に話しかけると、男は口端を歪めるようににやにや笑う。


「なんだ、おっさんがいいのか? 道中、かわいがってもらってたんだろうなぁ」


 雪江の頭の天辺から足の爪先まで舐めるように男の視線が巡る。嫌な視線だ。緊張で体が強張る。一度下りた視線が上ってきて胸元に固定された。縛られたままの両手を胸の前に持ち上げ、壁伝いに横にずれても視線は追ってくる。ごくりと唾を飲む音が男のものと重なって肌が粟立った。


「そういったことはされてません」

「本当か? そんなことはねぇだろう。どれ、俺が確かめてやろうか」


 逃げても狭い部屋だ、男が動けば直ぐに距離は詰まる。


「い、いいです、大丈夫でっ……!」


 壁を伝えば幾らも歩かないうちにベッドに辿り着く。ベッドの側面が膝裏に当たり、シーツの上に尻餅をついた。


「いいねぇ。誘われてるみてぇだ」

「そんなわけッ……!」


 目の前に立ち塞がられれば奥に逃げるしかない。だが狭いベッドの上、奥にあるのは壁だ。ワンピースの裾を膝で踏み、覆い被さった男が下卑た笑みを浮かべた。


「おい止めろよ、殴られるだけじゃすまねぇぞ」


 第三者の声がして痩躯の男が舌打ちし、首だけで振り返る。痩躯の影から雪江に少しだけ見える戸口では、椅子に座っているような高さから四角い顔の男が振り向く形で覗いている。見張りのようだった。


「ちょっと味見するだけだ、大目に見ろよ」

「商品だぞ。変な傷つけるな」

「いいだろ、既婚者だぞ。生娘じゃあるまいし。ちょっとくらいバレねぇって」


 痩躯の男の影になっていれば見張りからも見えにくい筈だ。雪江は口で布を噛んで必死に手首の拘束を解いた。


「馬鹿か、暴れられたら傷がつくって言ってんだよ」

「じゃあ押さえるの手伝えよ。本当はお前だって我慢してんだろ」


 雪江は自由になった両手でシーツを握りしめる。犯罪者相手とはいえ、意志を持って人に危害を加えるのは初めてで怖い。雪江はぐっと口を引き結び、痩躯の男の股間目掛けて力一杯膝で蹴り上げた。


「ぅあ゛ッ…!?」

「おいっ!?」


 股間を押さえて蹲る男の下から雪江がなんとか這い出すと、四角い顔の男が立ち上がっていた。雪江は髪飾りを取り出して握り締め、膝の感触の気持ち悪さに涙ぐみながらそこに突進する。四角い顔の男は難なく雪江を受け止め、抱え上げた。


「悪かったよ。あいつにゃもう乱暴させねぇから大人しくしとけ、な?」


 あまつさえ宥めるように声をかけられた。まるで相手にされていないのだ。これでは守護魔術も発動しない。


「無理に、決まってんでしょ!」


 部屋を替えようとでもいうのか肩に担ぎ上げられ廊下に出たところで、雪江は四角い顔の男の後頭部に肘鉄を喰らわせ、膝で胸を蹴る。踏ん張りもきかない体勢からでは大した打撃も与えられないだろうが、どうにか怒らせたかった。


「ってぇ、優しくしてるうちに黙れよ!」


 落とすように床に下ろされ、雪江の首筋に気絶を狙った手刀が落とされる。雪江が咄嗟に頭を庇い目を瞑った瞬間、握っていた髪飾りから熱を感じた。バチィ! と火花が散るような音がして男の腕が弾かれる。


「っぁおあぁああいってぇええ…!」


 雪江には何事もない。

 恐る恐る目を開けると、弾かれた腕を握り蹲っている男がいて雪江は青褪めた。袖が焼き裂かれ、そこから見えた肌は赤く腫れ上がっており、皮膚が焼けた臭いがする。こんなに攻撃的な効果だとは思わなかった。守護というくらいだから、雪江は何かしらの結界が所有者を中心に展開され、触れられなくなるようなものだと思っていたのだ。だが怯んでいる場合ではない。雪江は踵を返して駆け出し、階段を一気に下りる。商品として大事にされているうちは機を見計らっていられた。だがもうそんな保証もないことを実感してしまっては、一分一秒でも留まっていたくなかった。

 一階に下りると直ぐに、居間のように広い空間が現れた。三人の男がテーブルを囲んでカードに興じていた。雪江は目もくれずに見つけた扉に向かって走る。丈の長いワンピースの裾が足に纏わりついて走り難い。


「っお!? おい、女が逃げる!」


 慌てて立ち上がった一人が乱暴に雪江の腕を掴もうとして、守護魔術に弾かれた。


「っぎぁ!」


 他の男達が怯んでいる隙に扉を抜けると、雪江の視界が広く開けた。外に出たと思った瞬間、景色が反転した。雪江が足を引っ掛けられたと悟った時には、踏み固められた土の上に転がっている。


「っと、なんだ、これ。商品だよな? 捕まえていいやつ?」


 咄嗟に足が出ただけ、といった軽さの声。雪江を無感動に見下ろす長髪の男も一味らしき台詞を口にした。


「おう、気を付けろ、そいつ魔術使うぞ!」

「はぁ? じゃあなんでここまで大人しく捕まってたんだよ。魔道具かなんかだろ。それなら何度か襲っときゃそのうち打ち止めだ」


 雪江は外に出てきた男達に直ぐ様囲まれる。おまけに長髪の男に見抜かれた。


「いやでも…」


 焼け爛れた仲間の腕を見て男達は躊躇っている。


「何日かすれば治んだろ。痛いのは今だけだって」


 長髪の男が仲間を押し出し、遠巻きだった包囲がじりじりと狭まる。互いに目配せして先に行くよう促し合う彼らは恐れている。おっかなびっくりに手を出されては魔術は発動しそうもない。雪江は容易に捕らえられる未来が想像できた。


「それ以上近づいたら喉を掻き切る!」


 切羽詰まった雪江は髪飾りの留め金を自らの喉元に押し当てた。






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