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条約の花嫁  作者: 十々木 とと
第一章
28/114

28. 決断はお早めに


 一同は檳榔館の応接室に集まった。顔ぶれはワイアット、ネヘミヤ、コスタス、ナレシュ、憲兵隊の捜査官ランソム軍曹とその部下二名だ。ワイアットとネヘミヤが対面で長椅子に座り、他は立っている。

 ナレシュもワイアットも馬を飛ばしたが、ワイアットが到着するまで四十分かかっている。その間にネヘミヤとコスタスがレーニアから聞き出した情報は、犯人の一人が最近大仕事を成功させた盗賊団の一員であり、レーニアの常連客だということ。檳榔館に出入りしている女がいることを話すと仕事を持ちかけてきたこと。雪江を無事売り払って纏った金を手に入れられたら、次の来店時に身請けしてもらう約束をしたことだ。

 レーニアの関与が露見したことは、エアロンの一言で犯人にも気付かれている可能性が濃厚だ。次の接触の可能性はすこぶる低いが、コスタスは急ぎ憲兵隊に赴き、檳榔館への出入りはできるだけ秘密裏にしてもらえるよう頼み込んだ。結果、隊服を脱いだラフな格好の憲兵が出入りしている。レーニアは使い道を鑑みてまだ憲兵隊では引き取っていない。ギャビンに見張らせてレーニアの部屋で拘束している。但し頭は丸坊主、睫毛も根こそぎ抜かれているのでかつらを作らせる必要がある。ネヘミヤは小刻みにいくか一気にいくかで悩んだが、一気に根元から切って良かったと思った。地毛が使える。又、拷問の序盤も序盤で吐いたから身体的欠損も無く、少し装えば人前に出せる状態なのは幸いだった。

 報告を終えると、ネヘミヤが重々しく自責の念を吐き出した。


「ごめんスカイラー氏。私のだって明言しておけば良かった」


 ネヘミヤは三大美姫と言われる檳榔館のヒエラルキーのトップだ。三人の間の力関係は外部の人間には判らないが、他の男娼を抑えるには効果的なやり方で、それにはレーニアも含まれていたということなのだろう。それを察すれば所有物発言に引っかかる者は誰もいない。ワイアットが目を瞑って黙っていると、苛ついているナレシュが噛み付いた。


「なんでそうしなかったんだよ」

「新規開拓したいみたいだったからさ。囲い込んだら誰も寄ってこなくなるから、邪魔したくなかったんだ。私のとこに出入りしてればお気に入りなのは皆察するし、十分だと思っちゃったんだよね。…レーニアを見誤った」


 肺の底から溜息を吐き出し心底項垂れる様子を見れば、ナレシュも責め立てる気持ちは薄れる。喉奥で唸って黙り込んだ。ナレシュ自身はワイアットに会った瞬間失態を詫びようとしたが、現場に駆けつけることを優先して、後にしろと一蹴されていた。コスタスは状況的にまだ謝罪はしていないが、どんな結果であれ処分は覚悟している。


「身請けされると思えばお前の影響力など気にせずに済む。どの道防げなかった」


 ワイアットが断崖のように深い眉間の皺もそのままに目を開き、淡々と事実を口にした。ワイアットもレーニアとの仕事を止めなかったのだ。言い出したら切りが無い。そんなことより打つ手を考える方が先だ。反省は後だとばかりにランソムへと目を向ける。


「エアロンの目撃情報は」

「歓楽街の西側出口で幌馬車から振り落とされたのを最後に情報はありません」


 ワイアットはその目に隠しようもない怒りを湛えているが、そのくせ酷く冷静に情報を処理するので、被害者家族と捜査官ではなく捜査官同士のような空気になっている。


「ならまだ追跡してると見做そう。コスタス、エアロンとの連絡手段はあるのか」

「寄宿学校出身者が経営している店がいくつかあって、現役の伝言を受け付けてくれています。ドゥブラ伯領内でしたら店同士が魔導線で繋がっていて、万一の時にはこの辺りで一番近いイヴの微笑み亭という酒場に届ける手筈になってます」


 魔導線は元々軍事通信用に開発された技術だ。タイムラグが殆ど無い定点を結ぶ通信手段として世界に広まったが、費用の問題で民間にはあまり普及していない。


「イヴの微笑み亭に捜査員を一人、交代で張り付かせろ」

「あ、待ってください」


 ランソムの指示で出て行こうとした部下をコスタスが止めた。


「護衛じゃないと利用できないんで一緒に行って話通してきます」


 許可を求める目にワイアットが頷く。ランソムの部下とコスタスが出て行った。


「この手の案件では娼館と貴族とどっちの可能性が高いんだ」


 ワイアットはランソムに目を戻す。


「一概には言えませんが、伝手さえあれば貴族が選ばれる傾向にあります。金払いはいいし、徹底的に痕跡を消す為に実行犯の国外逃亡まで手助けするようですから。尤も、その過程で不慮の事故で死亡するケースも多いんですがね」

「…その場合、憲兵隊は手が出せないな?」

「ええ。ですから売られるまでが勝負ですな。検問が間に合っていればいいんですが…せめて方角を知りたい。その辺も含めて、我々にもレーニアの取り調べをさせてくれませんかね」


 ランソムは言葉の最後にはネヘミヤを窺った。許可を得る必要はないが、檳榔館側が協力的な態度でいるうちはなるべく高圧的な態度を取らないようにしているようだった。


「いいけど、見えるところ傷つけないでよ。まだ使い道あるんだから……スカイラー氏、あいつ温存するだろ?」

「勿論だ。だがまだ何か出るなら俺がやる」

「駄目ですよ。民間人…いえ、管轄外の方に尋問はさせられません」


 軍服を見て律儀に言い直したランソムを、ワイアットは射殺さんばかりに睨み上げた。ランソムは口髭を蓄えた恰幅の良い威厳のある四十絡みの男だが、少しも引けをとらない。ランソムの顔に緊張が走る。


「捜査権があってもそんな目をした人は参加させられません」

「私も旦那は駄目だと思う……実際どうするか知らないけど、惨殺しそうにしか見えないもん」


 預かり忘れていた腰の剣が怖い。無くても素手でいけるだろうが、こういう時こそ預かっておくべきだったとネヘミヤは後悔した。


「そう見えるなら後ろで黙って立ってるだけで口の滑りが良くなるんじゃないでしょうか」


 ナレシュがワイアットの心情を慮ってそっと口添えをした。


「黙って立っていられるかを問題にしてんの。素直に激しそうなあんたじゃなくてさっきの兄さんだったから、私安心して尋問できたんだよね。それと一緒。段取りってもんがあるんだよ」

「そちらにも相応の手法はあるでしょうが、我々はこの道のプロです。憲兵隊の威信をかけて手がかりを聞き出しますので任せて頂きたい」


 平然と拷問を尋問と言い換えたネヘミヤが冷たくナレシュを牽制し、ランソムが頑として譲らない姿勢を見せる。ワイアットは人相の悪い顔を両手で撫で、そのまま太腿に両肘をついて重い息を吐き出した。


「いい、ナレシュ。その通りだ。揉める時間も惜しい。ランソム軍曹、時間をとらせてしまってすまない。頼んだ」


 騎馬連隊でも盗賊や不審者を捕らえた際に尋問を行うことはあるが、基本的なことを聞き出して護送する機関を定める為のもので、細部は専門機関に任せている。事件捜査数や前科者情報、市井の情報等、圧倒的に知識と情報量が違う上に、微細にわたる取り調べは憲兵隊の方が経験値が上なのだ。結果を欲するなら最善を選ぶ。いくら気が昂っていようとも軍人の習いだった。


 その後直ぐに、貸し馬屋から馬を奪った男がエアロン・カーニーを名乗ったという情報が憲兵隊に入った。

 届けを受けた隊員曰く。


「リダタンメ通りを南に走って行ったとのことです。憲兵隊に届けろと自ら名乗ったようで、これはただ事ではないと被害者が急いで届けたみたいですね」






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