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条約の花嫁  作者: 十々木 とと
第一章
27/114

27. 女優レーニア


 レーニアの部屋に入るのは緊張する。折角お題を出してくれたので女でしか体験できないことに就いて事前に考えてきたが、それだってレーニアの求めるものか判らないのだ。雪江は今日の為に、緊張を和らげる効果があるというマダム・プルウィットのスペシャルブレンドハーブティーを用意してきた。扉をノックする前にマダムの優しい笑顔を思い浮かべて深呼吸する。

 レーニアの促す声に従い、コスタスを廊下に残してエアロンとナレシュを伴い入室すると、レーニアは開け放たれた窓辺に佇んでいた。今日もフリルたっぷりのふわふわ衣装を身につけ、見返る姿は相変わらず可憐だ。外からの淡い照り返しを受けて銀髪が柔らかく煌く。直射でなくとも日焼けを心配するくらい白い肌だが、レーニア自身は気にした様子もなく雪江を手招いた。


「良いものを見つけたの」


 透明感のある声には少し親しみのような柔らかさが含まれていて、仄かに笑んでいる。随分と態度が軟化していて、前回のことを考えれば意外にも思うが、雪江はほっとした。持参したバスケットをテーブルに置いて、招かれるままにレーニアの隣に立つ。身長は同じくらいだと思っていたが、並ぶとレーニアの方が少し高い。


「向かいの建物の屋根の下にね、シニナヴァリの巣があるのよ」

「それはどういう生き物ですか?」

「知らないの? まぁ、知らないのも無理はないかしら、この辺りじゃ珍しい鳥だから。全体的に真っ黒なんだけど、胸のところが青緑に光って美しいのよ」

「へぇ、鳥!」


 雪江は珍しくなくてもテラテオスにいないものは知らないのだが、滅多に見られないものなら尚更見てみたい。好奇心で心躍る。


「あ、ほら親鳥が戻ってきたわ」

「どこですか?」

「あそこよ」


 レーニアの指差す上空をよく見ようと、雪江は少し伸び上がって窓から身を乗り出した。レーニアが場所を譲るように雪江の斜め後ろに体を重ねると、豊かに広がる銀髪で自らの上半身共々護衛達からの死角が作られる。

 一瞬のことだった。

 身の乗り出しすぎを心配した護衛達が近づくより早く、レーニアがそっと雪江の腰を持ち上げ、同時に長い裾に隠れた爪先で雪江の不安定な足を引っ掛けた。


「ひゃあ!?」


 雪江は為す術も無く窓から落ちる。


「ユキエ!?」

「ユキエ様!」


 レーニアは持ち上げた動作が不自然にならないように、雪江を掴もうとした風を装って手を伸ばす。エアロンがそれを押し退けて窓の下を見下ろすと、同じく見下ろそうと駆け寄ったナレシュがレーニアを受け止める形になった。叫びを聞きつけてコスタスも部屋に踏み込んできている。

 雪江は幌馬車の幌の上で見知らぬ男に受け止められていた。落下の衝撃から立ち直る隙も与えられず口元に布を押し付けられ、意識を失う。同時に馬車が走り出し、直ぐに幌の細工から荷台の中に下されて雪江の姿は見えなくなった。


「そいつ確保しておけ! ユキエ様を突き落とした!」


 エアロンが窓から飛び降り様に叫ぶ。


「何を言っているの!? 私がそんな」


 髪や衣服で隠しても、不自然な身体の傾きや僅かな浮き沈みで見抜けるものだ。レーニアは演技抜きで青褪めた。護衛の観察眼を甘く見ていたのだ。


「おい! どういうつもりだ!」

「きゃあ!? 何するの!? 痛い! 離して!」


 即座にナレシュがレーニアの手を捻り上げて床に引き倒し、暴れる体を片手と片膝で押さえつける。エアロンは馬車を追い、幌に手を掛け乗り込もうとしていた。気付いた男が幌の中からエアロンを突き落とそうと拳を繰り出している。コスタスが窓枠に足を掛け、エアロンに続こうと見下ろした時にはその光景はもう遠かった。自分は間に合わないと悟るや、馬車とエアロンに応戦する男を記憶して室内を振り返る。


「ナレシュ、二頭立ての白い幌馬車。犯人は少なくとも二人。茶髪に鷲鼻、髭で人相ははっきりしない。上は白いシャツ、下は薄茶、体に厚みのある大男。御者は見えなかった。二番街に向かってる。憲兵隊と旦那様に知らせろ、俺が吐かせる」


 コスタスが腰から捕縛用の紐を取り出し、レーニアの手首同士、親指同士を縛り上げながら早口に情報を伝える。誘拐を示す言葉に目を剥いたナレシュは即座に頭を切り替え立ち上がった。今は感情に振り回されている場合ではない。


「てめぇ許さねぇからな!」


 それでもレーニアに一言吐き捨て知らせに走っていくと、騒ぎを聞きつけたギャビンが入れ違いに駆け込んできた。


「おい何してやがる! 商品に手ぇ出すなつっただろ!」


 慌てたギャビンが近づく前に、コスタスは椅子を投げつけて牽制した。


「此方も言った筈だ。ユキエ様に何かあったら命を貰うと」


 いつもの柔和な雰囲気は影も形もなく、眼光は鋭く声は地底を這うように低い。だが防御に上がったギャビンの小指は健在だった。彼は関与していないということだ。


「なっ!? レーニア、何をした!」

「何もしてない、何もしてないよぉ、ギャビン助けてぇ」


 コスタスに銀髪を鷲掴みにされ引きずり起こされたレーニアは、愛らしい顔を涙でぐちゃぐちゃにして庇護欲を掻き立てるようなか細い声を出す。


「助けたら駄目だよ、ギャビン」


 冷ややかな声が割って入った。


「俺も見たんだ。ユキエが馬車に連れ込まれるの。あれは計画してなきゃできない」


 開け放たれた戸口に集まってきた少年達の中央に、目の据わったネヘミヤが立っていた。ギャビンに続いて部屋に入ろうとしていた警備員を、突きつけた鋏で止めている。ネヘミヤは勿体ぶるようにゆっくりと室内に足を運び、手にしている鋏をコスタスに見せつけるように指先で回した。


「ねぇ、俺にやらせてよ。同業のが、されたくないこと知ってるよ?」


 ネヘミヤは表情筋だけで笑った。






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